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よみがえるエトワール  作者: yoshinoya ussie


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第44話「流星エトワール」

 数週間後。


 昼の部が終わったAtelier Étoileでは、スタッフが慌ただしく動き回り、配信の準備が行われていた。


 すでに制服に身を包み、メイクも終えたみらいとひなたは、ステージの上で最後のリハーサルを行っている。


 曲を途中で止め、ひなたが小さく息を吐く。

 みらいが、その横顔を見る。


「ひなたちゃん、大丈夫だよ」


「うん……」


 ひなたは一度だけ足元を確認してから、顔を上げた。


「振りはもう不安ないけど」

「やっぱ、緊張するね」


「私も緊張してるよ」


 みらいは、少し笑った。


「でも、ここまで練習したし」

「大丈夫だよ」


 少し前までなら、その言葉を自分に向けて言い聞かせていた気がする。

 今は、隣にいるひなたへ自然に言えている。


「二人とも、もう振りの方は大丈夫やから」

「あとは楽しんでやるだけやで」


 その隣にいた希望も、小さくうなずく。


「ひなたさん、練習の成果はしっかり出ていると思います」


 少し間を置いて。


「あとは、ひかりさんの言う通りです」

「楽しんでください。みらいさんも」


「はい……希望さん」


 ひなたが素直に返事をする。


 その時、入口のドアが開いた。

 ひなたが何気なくそちらへ視線を向ける。


 一瞬。

 表情が止まった。


「……え……中村さん?」


 カメラバッグを肩にかけた中村が、店内に入ってくる。


「あ……来たみたいですね」

「今日のステージ写真を撮ってもらおうと思って、お声がけしていたんです」


「希望さん……」

 ひなたは少し驚いたまま、希望を見る。


 希望はそれ以上何も言わず、ひなたに軽く目で合図すると、中村の方へ向かった。

 少し話したあと、中村がステージの前まで来る。


「だいぶ練習してたって聞いてたし」

「今日は楽しみにしてるよ」


「……はい」


 ひなたは、少し照れたように笑った。


「頑張ります」


 中村がカメラバッグを下ろし、希望と短く打ち合わせを始める。

 その様子を見ながら、みらいがひなたに近づいた。


「ひなたちゃん、よかったね」

「中村さんも、今日のステージ見たかったと思うし」


「……ありがとう」


 ひなたの頬が、ほんの少し緩む。


 その時、また入口のドアが開いた。

 今度は、みらいが振り向く。


「……え!」


 一瞬置いて。


「直人!?」


 思わず声が大きくなる。

 直後。

 横にひかりがいることに気づき、みらいはぱっと口元を押さえた。


「……三浦……さん?」


 ひかりは、そんなみらいを見て、微笑みながら言った。


「ステージのチェックしてもらおうと思ってな。呼んどいてん」

「まあ、三浦くんもみらいのステージ見たいやろ」


 みらいの頬が少し赤くなる。


「ひかりさん……」


 それから、小さく頭を下げた。


「ありがとうございます」


「うん」

「それじゃ、ステージ頑張ってや」


 直人が、ステージの近くまで歩いてくる。


「ひかりさんが呼んでくれて」


 少し照れくさそうに笑う。


「この後のステージ、楽しみにしてる」

「緊張してると思うけど……頑張って」


「うん、頑張るね」


 短いやりとり。

 それだけなのに、みらいの表情は少し柔らかくなっていた。


 直人がステージから離れていく。

 その背中を見送っていたみらいに、ひなたが小声で話しかけた。


「直人さん、初めて見たけど」

「ほんといい人そうだね」


 ひなたは少し考えてから、笑う。


「なんか、みらいちゃんの好きになった人って、納得な感じ」


「……ありがとう」


 みらいは少し照れくさそうに笑った。

 そして、もう一度ステージへ視線を戻す。


「なんか、私も緊張してきちゃった。頑張ろうね」


「うん、二人で頑張ろ」


 二人はもう一度、立ち位置を確認する。


 右。

 左。

 サビ前の移動。

 最後のポーズ。


 その様子を、少し離れた場所から希望と翔太が見ていた。


「ひなたさん、思ってた以上っすね」

「未経験から1ヶ月でここまでって、なかなか凄いですよ」


「そうですね」

「努力のたまものでしょう」


 少し間が空く。


「……あと……」


「あと?」


「……いい先生に恵まれましたね」


 翔太がきょとんとした、その時。

 入り口のドアが開いた。

 金髪の女性が入ってくる。


 ひなたがすぐに気づいた。


「HONOKAさん……!」


 HONOKAは軽く手を上げ、そのままステージに近づいてくる。


「二人とも、今日はじっくり見させてもらうわ」


 ひなたの肩が少し上がる。


 HONOKAは、その反応を見て小さく笑った。


「そない緊張せんでええ」

「ここまで来たら、楽しんだもん勝ちや」


「はい!」


 みらいも頭を下げる。


「頑張ります」


「うん」


 HONOKAは二人に軽く手を振ると、ステージから離れた。


 しばらくして。

 配信の準備はほぼ終わり、ステージにはトーク用の椅子が三脚並べられている。


 みらい、ひなた、ひかりの三人は、ステージ上で簡単に段取りを確認していた。


 その時。

 入口の方が少しざわついた。


 ひかりが振り向く。


「あ、間に合ったみたいやな」

「もりっち、お疲れ」


 森下誠司が、店内を見渡しながら歩いてくる。


「ああ、なんとか間に合ったわ」


 誠司はステージ前まで来ると、二人に声をかけた。


「みらいさん、お久しぶり」


「お久しぶりです」


「ひなたさんは、初めましてですね」

「この店のオーナーの森下です」


「朝倉ひなたです」

「今日はよろしくお願いします」


 みらいとひなたが、それぞれ頭を下げる。


 誠司はステージを一度見上げた。


「『流星エトワール』は、私にとっても思い出がいっぱい詰まっている曲なんです」

「今日は、お二人のステージ、楽しみにしています」


 誠司が後ろに下がる。

 その時。

 壁際に立っていた希望に気づき、足を止めた。


「あ……」

「のぞみ、久しぶりやな」


「…あ……」

「も、……森下さん!……お久しぶりです!」


 誠司が、不思議そうに笑った。


「なんや、えらいかしこまって」

「もりっちでええで」


 希望は一瞬だけ視線を落とした。


「いや……」

「あの……今は……立場も違いますので……」


「そうか」

「相変わらず真面目やな。のぞみは」


「……はい」


 短い返事。


 そのやりとりを、少し離れたところで翔太が見ていた。


 ——誰だろう、この人。


 店のオーナー。

 それだけなら分かる。


 けれど。

 こんなに言葉に詰まる希望を、翔太は見たことがなかった。

 さっきまでいつも通りだった表情も、ほんの少しだけ硬い。


 気になる。

 けれど、今は何も聞かなかった。


 スタッフから声がかかる。


「そろそろ始めます!」


 空気が一気に切り替わった。

 ひかりがみらいとひなたを見る。


「じゃ、楽しんでいこ」


「はい」


 照明が整えられる。


 前回と同じく、ステージ上の椅子に、みらい、ひなた、ひかりの3人が並んで座っていた。


「こんばんは!」


 ひなたがカメラに向かって笑う。


「今日もAtelier Étoileから配信しています!」


 最初は、前回の配信についての話から始まった。


「前回、ひかりさんに『流星エトワール』を披露していただきましたけど」


 ひなたがひかりを見る。


「配信のコメント、すごかったですよ」


「ほんと?」


「はい」


 みらいが笑う。


「お店でも、めっちゃ言われてましたよ」

「ひかりさん、やっぱすごかったって」


 ひかりは、少し照れたように手を振った。


「久しぶりなんで、すごい緊張してたし」


「全然そう見えなかったです」


 次の話題は、ここ数週間のみらいとひなたの練習について。


 ひなたがダンス未経験だったこと。

 最初は足を動かすだけで精一杯だったこと。

 みらいも一緒に練習しながら、自分の振りを見直したこと。


「最初、ほんとに右と左だけで混乱してました」


 ひなたが笑う。


「でも今は?」


「……たぶん大丈夫」


「たぶんか」


 ひかりの返しに、三人が笑った。

 店内の空気も、少しずつ和らいでいく。


 そして。

 配信も後半に差しかかった頃。


 ひなたが、一度姿勢を整えた。


「では」


 一拍おいて。


「そろそろ今日のメイン企画です」

「今回は、私とみらいちゃんの二人で」


 ひなたがカメラを見る。

 

 「前回ひかりさんがパフォーマンスした『流星エトワール』を披露させてもらいます!」


 みらいとひかりが手を叩く。


「私は少しだけダンスをやったことあったんだけど」

「ひなたちゃんは、さっきも話してた通り、今までダンス未経験で」


 みらいがひなたを見る。


「すっごい練習したので、みなさん楽しみにしていてください」


「うん、すっごい練習した」


 ひなたの返事に、ひかりが大きくうなずく。

 そして、話しはじめた。


「この曲をはじめてやった頃は、まだエトワールもグループになりきれてなくて」


 少し懐かしそうに笑う。


「全員が振りを覚えて」

「ステージで何回もやってるうちに、一つにまとまっていった」

「そんな、思い出のいっぱい詰まった曲」


 店の後ろ。

 希望とHONOKAが、静かにひかりを見ていた。


「正直、エトワールはそんなに売れたグループじゃなかったし」

「この曲も、知らない人の方がずっと多いと思う」

「でも」


 隣にいる二人を見る。


「こうやって、今また二人が歌ってくれるのは」

「私は、すごく嬉しい」


 ひかりはにこやかな顔で、言った。

 みらいが静かにうなずく。

 ひなたも、少し照れたように笑った。


「それじゃ」

「私も今日は、見る側で楽しませてもらうね」


 ひかりがステージを降りる。

 スタッフが素早く椅子を片づけていく。

 照明が落ちる。


 暗くなったステージの上。

 みらいとひなたの輪郭だけが、淡く浮かんでいた。


 一瞬の静寂。


 その中で、二人はそれぞれ息を吸う。

 みらいが、ほんの少しだけ隣を見る。

 ひなたも、こちらを見ていた。


 次の瞬間。

 照明がステージを照らす。

 二人が、同時に一歩目を踏み出した。


 右へ。

 左へ。

 重心を移す。


 何度も、何度も繰り返してきたステップ。


 最初のパートは、ひなた。

 一歩前へ出る。

 少し前なら、足を動かすたびに頭の中で数えていた。


 でも今は。

 音が聞こえると、身体が自然に動いていた。


 少し離れた場所に、中村が見えた。

 一瞬だけ視線が重なる。

 ひなたの表情が、少し柔らかくなった。


 その瞬間、カメラからシャッター音が響く。


 次のパート。

 みらいが前へ出る。


 これまで何度も、この曲を店のステージで歌ってきた。

 一人で。

 ひかりの姿を思い浮かべながら。


 けれど、今日は違う。

 隣に、ひなたがいる。


 腕を伸ばす。

 身体の向きを変える。

 視線を上げる。


 その先に。

 直人がいた。

 まっすぐこちらを見ている。

 少しだけ胸が熱くなる。


 視線を落とさず、笑って。

 そのまま次の振りへ入る。


 ひなたとすれ違う。

 視線が合った。


 みらいが笑う。

 ひなたも返す。


 そして、サビ。

 二人が同時に前へ出た。


 腕を伸ばす。

 星を描くような、大きな振り。

 足を運び、立ち位置を揃える。


 完全に同じ動きではない。

 みらいは、少し柔らかい。

 ひなたは、少し大きい。

 それぞれの癖が残っている。


 それでも。

 二人で並ぶと、不思議と一つに見えた。


 ステージの前。

 ひかりは、自然に身体でリズムを取っていた。

 何度も踊った曲。

 何度も歌った曲。

 でも今、そのステージにいるのは自分ではない。

 それが、少し嬉しかった。


 その隣。

 誠司は静かにステージを見ていた。

 表情は、いつもと大きく変わらない。

 けれど。

 視線は、一度も二人から外れなかった。


 直人は、みらいを見ていた。

 店で働いている時とも。

 二人で過ごしている時とも違う表情。

 誰かと並んで。

 ステージの上で笑っているみらい。

 その姿を見ながら、直人はほんの少しだけ目を細めた。


 中村は、カメラを構え続けていた。

 一枚。もう一枚。

 みらいとひなたが同時に笑う瞬間。

 ひなたがターンを終え、正面へ戻った瞬間。

 少し息を切らしながら、それでも前を向いている表情。

 ファインダー越しに、静かに追っていく。


 HONOKAは、腕を組んだままステージを見ていた。

 足。

 重心。

 腕。

 視線。

 何度も直したところ。

 ひなたのステップに、もう大きな迷いはない。

 みらいも、隣にひなたがいることで、いつもより身体の力が抜けている。

 HONOKAの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


 その横。

 希望も、何も言わずにステージを見ていた。


 何度も合わせた立ち位置。

 足が追いつかなくて、何度も残って練習した。


 ひなたも、そんな自分と同じように。

 何度も練習して。

 何度も失敗して。

 それでも、笑ってステージに立っている。


 希望の目が、ほんの少しだけ細くなる。

 どこか遠くを見ているような横顔。


 翔太は、それに気づいた。

 さっき、森下と話していた時とは違う。

 希望は、何かを思い出しているように見えた。

 翔太は何も聞かず、もう一度ステージへ視線を戻した。


 曲は、最後のサビへ入る。

 みらいもひなたも、少し息が上がっている。


 でも。

 動きは止まらない。


 ひなたが一歩前へ。

 みらいが隣へ並ぶ。

 視線が合う。

 どちらからともなく笑った。


 最後の振り。

 二人が、同時に腕を伸ばす。

 照明が、ステージいっぱいに広がった。


 一瞬。

 静かになる。


 そして、拍手。

 ひかりが、一番に手を叩いていた。

 それに続くように、店内にいたスタッフたちも拍手を送る。


 みらいとひなたは、少し息を切らしながら、その音を聞いていた。


 目の前にいる人たち。

 カメラ。

 その向こうにいる、顔も知らない人たち。


 二人は並び、深く頭を下げる。

 

 顔を上げた、その瞬間。

 みらいとひなたの視線が重なった。


 ひなたの目元が、少し滲んでいる。

 みらいも、同じだった。


 でも。

 二人とも笑っていた。


「ひなたちゃん、やったね」


 ひなたが一度だけ鼻をすすって、小さく笑う。


「うん」

「みらいちゃん。ありがとう」


 みらいは首を横に振った。


「私も」

「ありがとう」


 二人は、もう一度並んで頭を下げた。


 店内に、再び拍手が響く。

 ステージの照明は、まだ二人を照らしていた。


 みらいとひなたは、その光の中で、

 もう一度だけ、顔を見合わせて笑った。

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