表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よみがえるエトワール  作者: yoshinoya ussie


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/45

第41話「努力と才能」

 エトワールのメンバーが決まってから、数ヶ月が経ったころ。


 いくつかの練習曲と、小さなミニライブ。

 慣れないステージを重ねながら、五人は少しずつ「グループ」になっていった。


 そして、その日。

 事務所のレッスン場には、いつもとは少し違う緊張感が漂っていた。


 初めてのオリジナル曲、 『流星エトワール』。


 メジャーデビューも見据えたその曲は、これまでの練習曲とは明らかに扱いが違っていた。

 振り付けを担当したのは、有名アイドルグループの振り付けも手がけるダンサー、AYAKA。


 メンバーそれぞれが、事前に振りを覚え、個人練習を積んできていた。

 今日は、その成果を初めて五人で合わせる日だった。


「それじゃ、最初から通します」


 AYAKAの声に、五人が位置につく。


 ひかり。

 こころ。

 ほのか。

 まゆ。

 そして、のぞみ。


 レッスン場のスピーカーから、『流星エトワール』のイントロが流れ出す。


 最初の一拍。

 五人がそろってステップを踏んだ。


 Aメロ。

 Bメロ。


 それぞれの動きが、音の上で少しずつ重なっていく。

 まだ完成には遠い。

 それでも、練習を積んできた分だけ、誰もが必死に食らいついていた。


 サビ手前に入った、その時だった。


 のぞみの足元が、半拍遅れた。


 本来なら、ほのかが入るはずの立ち位置。

 そこに、まだのぞみの身体が残っている。


「ストップ!」


 AYAKAの声が飛び、曲が止まった。


 空気が、一瞬で張り詰める。


 のぞみは、すぐにほのかへ頭を下げた。


「……ごめん」


 ほのかは、のぞみにちらりと視線を送る。

 怒っているわけではなかった。

 ただ、のぞみの顔ではなく、足元を見ていた。


「もう一回。サビ前から」


 再び曲が流れる。


 のぞみは、さっきより早く動き出そうとした。

 頭では分かっている。

 どこへ行けばいいのかも、誰と入れ替わるのかも、全部覚えている。


 それでも、身体が遅れる。


 二回目のサビ終わり。

 ひかりのソロパートに入るところで、のぞみはまた、次の立ち位置に入りきれなかった。


 曲が止まる。

 AYAKAは、少しだけ息を吐いて、言った。


「高橋さん、ちょっと外れてください。横で見ておいて」


「……はい」


 のぞみは、短く返事をした。


 AYAKAが、のぞみの代わりに立ち位置へ入る。


「通しでいきます。最初から」


 イントロが流れた。


 四人のメンバーとAYAKAが動き出す。

 ステップの位置。

 身体の向き。

 移動の距離。

 視線を上げるタイミング。


 さっきまで自分がいた場所で、別の人が迷いなく踊っている。


 のぞみは、レッスン場の端に立ったまま、その姿を見ていた。


 屈辱だった。


 演劇で、立ち位置や段取りを覚えることには慣れているつもりだった。

 誰がどこから出て、どこへ移動するのか。

 相手との距離。

 照明の位置。

 台詞の間。


 そういうものを覚えるのは、苦手ではなかった。


 今日だって、何もしてこなかったわけじゃない。

 何度も動画を見て、立ち位置を確認して、自分なりに練習してきた。


 それなのに、身体が動かない。


 頭の中では間に合っているのに、足が追いつかない。

 追いつこうとすると、今度は腕が固まる。

 焦れば焦るほど、音から身体が離れていく。


 涙が出そうになる。

 

 でも、まだ泣くのは早い。

 ここで泣いたら、本当に足手まといになる。


 のぞみは、奥歯を噛みしめた。


 のぞみが外れたまま、四人は最後まで踊り切った。

 その後も何度か通しで振り付けの確認が行われ、全体練習は終わった。


「はい。次の全体練習は来週です」

「それまでに、今日話したポイントを修正してください」


 AYAKAはメンバーを見渡し、最後にのぞみへ視線を向ける。


「高橋さんも。いいわね」


「はい、分かりました!」


 のぞみは、深く一礼した。


 メンバーが帰ったあとも、のぞみはレッスン場に残っていた。


 レッスン着のまま、スマホから曲を流す。

 鏡の中の自分を見ながら、何度も同じ場所を繰り返す。


 できないところだけを、何度も。


 床に落ちる汗を拭う余裕もなかった。

 曲が止まるたびに、すぐまた最初へ戻す。


 遅れを取り戻さないと。

 次の練習までに、絶対に追いつかないと。


 その言葉だけが、頭の中で何度も回っていた。



 翌日。

 事務所の廊下を、ひかりともりっちが歩いていた。


「次の城天ライブやけど……」


 もりっちが話しはじめた時、ひかりがふと足を止めた。


 レッスン場のほうから、かすかに音が聞こえてくる。

 『流星エトワール』のイントロ。


「もりっち、ちょっと待って」


 ひかりはレッスン場の扉に近づき、そっと中を覗いた。


 中では、のぞみが一人で踊っていた。


 昨日と同じ場所。

 昨日止まったところ。

 何度も、何度も繰り返している。


 額にも首筋にも汗が浮かんでいた。

 息も上がっている。

 それでも、のぞみは曲を止めようとしなかった。


「のぞみ!」


 ひかりが声をかける。


 のぞみはようやく気づき、曲を止めた。


「……あ、ひかり。今日来てたん」


「うん。てか、めっちゃ汗かいてるやん」

「ちゃんと水分とってるか?」


「……大丈夫や」


 のぞみは、手の甲で額の汗を拭った。


「遅れ、取り戻さんとな」


 その言葉に、ひかりは少し眉を寄せた。


「そうやけど、体壊したらしゃあないから」

「ほどほどやで」


「うん……分かった」


 のぞみは軽く返事をすると、またスマホに手を伸ばした。

 次の瞬間には、もう曲を流そうとしている。


 ひかりは小さく息を吐き、レッスン場を出た。


「のぞみ、どうやった?」


 廊下で待っていたもりっちが聞く。


「まあ、頑張り屋さんやしね」

「でも、闇雲に練習しても……」


 言いかけて、ひかりはふと顔を上げた。


「あ」


「なんや?」


「……そや。ええ先生、おったわ」


 ひかりは、少しだけいたずらっぽく笑った。


 

 翌日。

 のぞみは、いつものようにレッスン場へ向かった。


 昨日より少し早く来たつもりだった。

 誰もいない場所で、先に少しでも身体を動かしておきたかった。


 けれど、ドアを開けた瞬間、のぞみは足を止めた。


 床に、ショートカットの少女が座っている。

 レッスン着姿の、水野ほのかだった。


「え……ほのか……どしたん」


 ほのかは、床に座ったまま顔を上げる。


「遅かったやん」

「来んかと思ってた」


「……いや、来るけど……」


「練習しよや。一緒に」


 のぞみは、すぐに返事ができなかった。


「……え……そんなん」

「これ以上、私のせいで迷惑……」


 ほのかは、のぞみの言葉を途中で遮った。


「あのな、のぞみ」


 その声は、強くはなかった。

 けれど、のぞみの言葉を止めるだけのまっすぐさがあった。


「うちら、オーディションの時は確かにライバルやった」

「でも」


 ほのかは少し間を置き、のぞみをまっすぐ見る。


「今は、五人でエトワールや」

「もっと頼ってや。わたしらにも」


 のぞみは、すぐに何も言えなかった。

 胸の奥に溜め込んでいたものが、急にほどけそうになる。


「……ありがとう」


 かろうじて、それだけを言った。


 ほのかは軽く笑い、立ち上がった。


「ほな、やろか」

「泣くんは、できるようになってからでええやろ」


 二人は顔を見合わせ、少しだけ笑った。


 曲を流し、二人で動き始める。


 Aメロ。

 Bメロ。


 のぞみは、昨日よりも慎重に動いた。

 焦らないように。

 遅れないように。

 頭の中で、次の立ち位置を何度も確認する。


 そして、サビ前。


 やはり、足が半歩遅れた。


 ほのかは手を上げ、合図を出す。

 曲を止めた。


「ここな」


 ほのかは、のぞみの立ち位置と、自分の立ち位置を指で示す。


「一人でやってたら分かりにくいと思うけど」

「五人で踊ってたら、ここ、かなり移動距離あるねん」


「……うん」


「ここに来てから動こうとしたら遅い」

「一個前の動きから、もう体重こっちに預けとかなあかんねん」


 ほのかは、ゆっくりとステップを見せた。


 足を出す前に、重心が動いている。

 身体が次の場所へ向かう準備をしている。

 見た目には小さな違いでも、音に合わせると、その差は大きかった。


「こう?」


 のぞみが真似をする。


「そう。足だけで行こうとせんと、身体ごと行く感じ」

「腕はあとでええ。まず足と重心」


「そっか……なるほど」


「もう一回やってみよ」


 もう一度、Bメロからサビ前。


 のぞみは、ほのかに言われた通り、一つ前の動きから重心を意識した。

 足を出す前に、身体を少しだけ次の方向へ預ける。


 すると、さっきまで届かなかった場所に、自然と足が入った。


「……入れた」


「うん。今のは入れてた」


「ほんまや……ありがとう」


 のぞみがほっと息を吐くと、ほのかも小さく笑った。


「できひんわけちゃうやろ」

「まだ、身体が知らんかっただけや」


 その言葉に、のぞみは黙ってうなずいた。


 何度か同じ場所を繰り返したあと、ほのかが手を叩いた。


「少し休憩しよか」


 二人は壁際に座り、水を飲む。

 のぞみは、ペットボトルを両手で持ったまま、ほのかを見た。


「私……ほのか見てて、ほんますごいと思う」


「急に何」


「ダンス、やっぱりメンバーで一番上手いし」

「才能あるなって」


 ほのかは、少し考えるように首を傾げた。


「うーん」

「私は、のぞみもすごいと思うけどな」


「え……私?」


「うん」

「やっぱり舞台やってたから、表現力あるし」

「歌も、私より全然上手い」

「それに、いつもステージ全体見て気配ってるやろ」

「そういうの、すごいって思う」


「……そうかな」


「そうやで」

「自分では普通やと思ってることほど、他の人から見たらすごかったりするし」


 ほのかは、ペットボトルを床に置き、指を折るように続けた。


「こころは、やっぱ一番歌上手い」

「まゆは、ちょっとウケ悪い時でも絶対笑わせてくれる」

「ひかりは、いつもきっちりメンバーまとめてくれる」

「みんな、それぞれすごいと思う」


 そして、少しだけ得意げに笑う。


「……まあ、ダンスは私が一番やけどな」


 のぞみは、思わず笑った。


「そこは言うんや」


「そこは言う。ほんまのことやし」


 二人は、しばらく笑っていた。


「それじゃ、続きやろか」


 ほのかが立ち上がる。


 のぞみも、うなずいて立ち上がった。


 もう一度、曲が流れる。

 今度は、少しだけ足元が軽くなった気がした。



 ——それから、時間が流れて。


 難波のキッズダンススクール。

 HONOKAは、子供たちのレッスンを見守っていた。


 小さな生徒たちが音に合わせて身体を動かしている。

 できる子もいる。

 途中で止まってしまう子もいる。

 でも、それぞれが、自分の身体で音を探していた。


 レッスンが一段落したところで、HONOKAのスマホが震える。

 ひかりからのメッセージだった。


『うちらの後輩ちゃんが、ステージで流星エトワールやってくれるねん』

『ただ、ダンス未経験やから、ちょっとレッスンしたってほしい』

『ええ先生おるって言っといたから』


 HONOKAは、画面を見て小さく笑った。


「ええ先生って……」


 まったく、人を勝手にそういうことにする。

 そう思いながらも、不思議と悪い気はしなかった。


「あの時も、そうやったな」


 HONOKAは、少しだけ目を細めて、思い出す。


 あの日のレッスン場。

 必死に足元を見つめていた、のぞみ。


 HONOKAはスマホを手に取り、ひかりに短く返信した。


『ええよ。見たるわ』


 送信ボタンを押す。

 画面が暗くなったスマホに、金髪になった自分の顔がぼんやり映った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ