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よみがえるエトワール  作者: yoshinoya ussie


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第40話「最初のステップ」

 収録から二週間ほどが経った、Atelier Étoileの休業日。

 バックヤードのテーブルにはノートPCが置かれ、配信ページが開かれている。


 その画面を、レッスン着姿のみらいとひなたが並んで覗き込んでいた。


『ひかりさん、ダンスすごい!』

『流星エトワール、いい曲〜』

『みらいちゃんとひなたちゃんのステージ、見てみたい!』

『いつになるんやろ、楽しみ!!!』


「すごいね。まだコメント増えてる」


 ひなたが嬉しそうに言う横で、みらいの表情は少しずつ真面目になっていった。


「……なんだか、期待されると緊張するね」


「……そうだね。言ってはみたものの、できるかなって」


 ひなたも、小さく息を吐く。


 あの日、ひかりのステージを見た直後は、ただ胸が熱くなっていた。

 自分もあんなふうに歌って踊れたら。

 そんな憧れが、自然と言葉になっていた。

 でも今は、その言葉が少しだけ現実味を帯びている。


 しばらくすると、バックヤードのドアが開いた。


「遅なってごめん。それじゃ、はじめよか」


 顔を出したのは、ひかりだった。


 いつもの制服ではなく、動きやすそうなレッスン着姿。

 髪も軽くまとめていて、普段より少しだけ雰囲気が違って見える。


「よろしくお願いします!」


 みらいとひなたが、そろって頭を下げる。


 三人はバックヤードを出て、ステージ前へ移動した。

 照明は最低限だけがついていて、ステージの床には薄く光が落ちている。


「それじゃ、まず出だしからやってみるんで、二人は後から真似してみよか」


 ひかりはスマホを操作し、スピーカーにつないだ。

 少しノイズが混じったあと、聞き覚えのあるイントロが店内に流れ出す。


 流星エトワール。


 その一音目が鳴った瞬間、ひかりの表情がわずかに変わった。


 軽く足を踏み出し、リズムに乗る。

 腕を上げる角度も、肩の入れ方も、大きすぎない。

 けれど、動きのひとつひとつが音の中にきれいに収まっていた。


 みらいとひなたは、思わず見入ってしまう。


「……と、まあ、最初はこんな感じやな」


 曲を止めて、ひかりが振り返る。


「それじゃ、みらい。やってみて」


「は……はい」


 みらいは一歩前に出た。


 さっき見た動きを、頭の中でたどる。

 足の順番。

 腕の上げ方。

 視線の向き。


 もう一度、イントロが流れる。


 みらいは、恐る恐るステップを踏んだ。

 動きはまだ小さい。

 表情も、真剣そのものだった。


 それでも、足は大きく乱れない。

 腕のタイミングも、少し遅れながらではあるが、最後まで止まらずに続いた。


 曲が止まる。


「……ふう」


 みらいは小さく息を吐いた。


 ひかりが、少し意外そうに目を細める。


「ほう……ダンスの経験あったん?」


「……昔、ちょっとだけです。ほんとに、ちょっとだけ」

「中学の時、ダンス部だったので……高校ではやめちゃったんですけど」


「そっか」


 ひかりは、うなずいた。


「確かに、基礎はできてるわ。足の置き方がそんなに崩れてへん」

「ただ、顔がめっちゃ真剣やな」


「えっ」


 みらいが思わず顔を上げる。

 ひかりは笑いながら、自分の眉間を指で軽く示した。


「ここ。ちょっと力入りすぎやな」

「見てる側からすると、めっちゃ難しいことやってるように見える」


「……気をつけます……」


 みらいは、少し顔を赤くした。


「でも、最初にしては十分やと思うで」

「それじゃ、ひなたちゃん。やってみよか」


「はい!」


 ひなたが一歩前に出る。


 返事は明るかった。

 けれど、表情には少し緊張が混じっている。


 もう一度、曲が流れ始めた。


 ひなたは、ひかりの動きを思い出しながらステップを踏む。

 足の順番は覚えている。

 次にどこへ出せばいいのかも、頭では分かっていた。


 けれど、身体が少し遅れる。


 足を出す。

 腕を上げる。

 視線を前に向ける。


 ひとつずつなら、できる。

 でも、それを音に合わせて続けようとすると、どこかがずれていく。


 腕の動きを気にすると、足が止まる。

 足に意識を戻すと、今度は肩が固まる。

 笑顔を作ろうとした瞬間、リズムが一拍遅れた。


「あっ」


 ひなたは途中で小さく声を漏らし、動きを止めてしまった。


 曲が止まる。


「……すみません……」


 ひなたは、申し訳なさそうに頭を下げた。


 ひかりは、すぐには何も言わなかった。

 少し考えるようにひなたの足元を見て、それから穏やかにうなずく。


「うん。初めてやったらそんなもんやわ」

「でも、振りはちゃんと覚えてる。次にどう動くかは分かってる感じやね」


「はい……頭では分かってるんですけど……」


「それで十分。最初から全部動かそうとせんでええよ」


 ひなたは、小さくうなずいた。

 その顔に、少しだけ悔しさがにじんでいるのを、みらいは見逃さなかった。


「それじゃ、このままもう少し進めてみよか」

「サビ前まで、一回見せるな」


 ひかりは再び曲を流し、イントロから少し先までを踊った。


 今度は、足のステップに腕の動きが加わる。

 体の向きを変えるところもあり、視線を上げるタイミングもある。


 簡単そうに見える。

 けれど、見ているだけで、さっきよりずっと難しいことは分かった。


「じゃ、やってみよか」


 まずは、みらい。


 みらいは真剣な表情で曲を聞き、動き出す。

 途中で少し腕のタイミングが遅れたが、それでも最後まで止まらなかった。


 踊り切ると、ほっとしたように肩を落とす。


「うん。みらいは、このまま進めたらいけそうやな」

「ただ、やっぱり表情固すぎる」


「またですか……」


「またやな」


 ひかりが笑う。


「手足はちゃんと動いてるから、あとは表現力」

「歌う時と一緒やで。ちゃんと見せる意識を持つこと」


 みらいは、真剣にうなずいた。


「はい」


「そうそう、その顔」

「……いや、今もまだちょっと固いけど」


「……頑張ります」


 みらいが少し恥ずかしそうに視線を落とす。

 ひなたが、横で小さく笑った。


「じゃ、ひなたちゃん」


「はい」


 ひなたは、もう一度ステージ前に立つ。


 さっきよりも集中していた。

 振りの順番は、もう頭に入っている。


 音が鳴る。

 ひなたはステップを踏み出した。


 最初の数歩は、さっきよりも良かった。

 足も、ちゃんと音に合っている。


 けれど、腕の振りが入った瞬間、動きが少しぎこちなくなる。

 上半身を気にすると、足が止まりかける。

 足を動かそうとすると、今度は腕が途中で固まった。


 ひなたの表情から、笑顔が消える。


 次の動きに移ろうとして、足が半歩遅れた。

 その遅れを取り戻そうとして、身体全体が前のめりになる。


「あっ……」


 今度は最後まで止まらなかった。

 けれど、曲が終わった時、ひなたは小さく肩で息をしていた。


「……頭では覚えてるんですけど、なかなか思うようにいかなくて……」


 ひなたは、悔しそうに言った。


 ひかりは腕を組み、少し考え込む。


「うん」

「やっぱり、覚えは早いと思う。振りそのものは入ってる」


 その言葉に、ひなたが顔を上げる。


「でも、手足がまだついていってへんな」

「足、腕、上半身、顔。全部いっぺんに動かそうとして、身体がびっくりしてる感じ」


「身体が……びっくり……」


「そう」

「ダンスって、覚えた順番をなぞるだけやなくて、身体が勝手に次へ行けるようにせなあかんから」


 ひなたは、下を向いた。


 始める前は、もう少しできると思っていた。


 グラビアの撮影で、ポーズを取ることには慣れている。

 カメラの前で、どう見えるかを考えることも、少しずつ覚えてきた。


 だから、ダンスもそれに近いものだと思っていた。


 けれど、違った。


 ポーズは、一瞬を作る。

 ダンスは、その一瞬と一瞬を、音の上でつないでいく。


 止まって見せることと、動き続けて見せること。

 その差が、思っていたよりずっと大きい。


「……すみません」


 ひなたの声が、少し小さくなる。


 ひかりは首を振った。


「謝ることちゃうよ」

「初めてでここまで覚えられてる時点で、かなりええほうやと思う」


 それから、ひかりは少しだけ視線を上げた。

 何かを思い出すように、天井のあたりを見る。


「ただ……ひなたちゃんは、ちゃんと基礎からやったほうが早いかもな」


「基礎、ですか」


「うん」

「今のまま振りだけ進めても、どこかでしんどくなると思う」

「足の使い方とか、リズムの取り方とか、身体の動かし方を先に入れたほうがええ」


 ひなたは、黙ってうなずいた。


 悔しくないわけではない。

 みらいが思っていたより踊れているから、なおさらだった。


 でも、ひかりの言葉は不思議と刺さりすぎなかった。

 ちゃんと見たうえで、必要なものを言われている。


 それが分かったから、ひなたは顔を上げた。


「……やります」

「基礎から、ちゃんとやりたいです」


 ひかりは、少し安心したように笑った。


「うん。そのほうがええと思う」


 そして、スマホを手に取る。


「私が見てもええんやけど、ちゃんと教えられる人に見てもらったほうがええと思うんで……」

「知り合いに、ええ先生おるねん。紹介するわ」


「先生……?」


 ひなたが首をかしげる。


「うん」

「昔、一緒に踊ってた子」


 ひかりは、少しいたずらっぽく笑った。



 ——数日後。


 夕方の難波は、まだ人の流れが途切れない時間だった。

 駅の改札を抜け、案内表示を頼りに歩きながら、ひなたはスマホの画面を確認する。


 ひかりから送られてきたメッセージには、短く場所だけが書かれていた。


『OCATのポンテ広場。夕方やったら、たぶんすぐ分かると思うわ』


「……すぐ分かる、かあ」


 ひなたは小さくつぶやき、スマホを握り直した。


 仕事で知らない場所へ行くことは、何度もあった。

 初めての現場でも、挨拶をして、求められた表情を作って、カメラの前に立つ。

 でも、今日は少し違う。


 通路を抜けると、少し開けた空間に出た。

 ポンテ広場。


 天井の高い半屋外の空間に、夕方の光が薄く差し込んでいる。

 広場の端では、何人かがスピーカーの音に合わせて身体を動かしている。


 ひなたは思わず足を止めた。


 思っていたより、ずっと普通の場所だった。

 買い物帰りの人が通り過ぎる横で、誰かがステップを踏んでいる。

 友達同士で笑いながら振りを合わせている人もいれば、一人、鏡の前で黙々と同じ動きを繰り返している人もいる。


 その空気に、ひなたは少しだけ圧倒された。


 うまい人たちが、当たり前みたいに練習している。

 誰かに見せるためというより、ただ、自分の身体を確かめるように動いている。


 ひなたは、自分の足元を見た。


 動きやすい靴。

 軽いレッスン着。

 何もおかしくはないはずなのに、どこか場違いな気がした。


 ひなたは顔を上げ、あたりをきょろきょろと見回す。

 その時だった。


「朝倉……ひなたちゃん?」


 振り返ると、金髪のショートカットの女性が立っていた。

 年齢は、ひかりより少し上か、同じくらいに見える。


 動きやすい黒のパンツにゆったりしたパーカーを羽織り、立っているだけで姿勢が美しい。

 人混みの中にいても、不思議と目が引き寄せられる存在感だった。


「あ……はい。朝倉ひなたです」


 ひなたが慌てて頭を下げると、女性は柔らかく笑った。


「ひかりから聞いてるわ」

「HONOKAです。よろしく」

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