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よみがえるエトワール  作者: yoshinoya ussie


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第39話「ステージの光」

 夕方。

 昼の部が閉店した後の店内は、少しざわついた空気に包まれていた。

 夜の部を臨時休業し、配信の準備が進められている。


 ステージ上には、椅子が三脚並べられている。

 二つは、みらいとひなたの席。

 もう一つは、今日の配信にゲストで出演する、ひかりのための席だった。


 普段、周りのキャストを立てることが多いひかりが、今日はステージに立つ。

 それだけで、店の空気が少しだけ違って見えた。


「……楽しみだな」


 ステージをぼんやり見ていたみらいが、何気なくつぶやいた。


 バックヤードの更衣室から、ひなたが出てくる。


「あ、ひなたちゃん!めっちゃ似合ってるよ」


 ひなたが着ていたのは、みらいと同じ、Atelier Étoileの制服。


「ありがとう」

「この服、前にみらいちゃんが着てるところ見てて、ずっと着てみたかったんだよね」


 ひなたが少し照れながら制服の裾を直す。

 そこへ、ひかりが近づいてきた。


「うん、二人とも似合ってるわ」


 ひなたは、ひかりのほうを見て、目を丸くする。


「あ、普段は大阪弁やねん。気の知れた人とは」


「あ……そうなんですね」

「気の知れた人って……嬉しいです」


「まあ、ひなたちゃんやったら、もうええやろ」


 ひなたは笑顔で、深々と頭を下げた。


「今日の収録、よろしくお願いします!」


 ひかりは、にこやかに手で合図すると、希望の座っているテーブルに向かった。


「それじゃ、今日はよろしくお願いします」


 希望が声をかけると、ひかりは向かいの椅子に腰を下ろす。


「まさか、またAuroraがらみでステージ立つことになるとはな」


「……ちゃんと振り覚えてるか?」


 希望が、軽く微笑みながら言った。


「あたりまえやん」

「てか、一緒に踊ってもええんやで」


 そう言って、いたずらっぽい表情を見せると、希望は軽く首を振った。

 ひかりは残念そうな顔をする。


「私は、今は見てる側でええわ」


 ひかりはこくりと頷いた。

 そして、みらいとひなたに視線を向ける。


「まあ、あの子らに恥ずかしいとこ見せんように頑張らんとな」

「んじゃ、メイク行ってくるわ」


 ——しばらくして。


 収録準備が整い、みらい、ひなた、ひかりの三人が、ステージ上の椅子に座る。


 翔太が三人に声をかけた。


「それでは収録スタートです」


 いつも通り、ひなたの進行で収録がはじまる。


「今日は私もAtelier Étoileさんの制服着てるんです。めっちゃ可愛いですよね!」


 隣で、みらいが小さく拍手する。

 ひかりも、大きくうなずいた。


 ひなたが、ひかりを紹介する。


「Atelier Étoileのチーフキャスト、白石ひかりさんです」


「はじめまして、白石ひかりです」


「ひかりさんは、アイドルグループ・エトワールのリーダーだった方で」

「なんと……私の事務所の大先輩なんです!」


 ひかりが、照れくさそうにカメラに向かって頭を下げる。


「いや、大先輩なんて、そんなそんな」

 

 三人の会話がはずむ。


「ひかりさんは、私が最初いろいろ失敗しても、ずっと見守ってくれてて……」

「私も、いつか後輩ができたら、ひかりさんみたいに見守れる人になりたいなって」


「いや、照れるって」

「まあ、みらいもひなたちゃんも、ちゃんと積み重ねてるから」

「そういうのは、あとからちゃんと付いてくると思う」


 収録を見守る、希望と翔太。


「ひなたさん、楽しそうっすね」

「結構憧れてたみたいです。ひかりさんのこと」


 翔太は希望のほうをちらりと見る。

 希望は、ひかりを見つめていた。


「……変わらへんな……」


 小声で、つぶやいた。


 普段聞いたことのない、希望の素の言葉。

 翔太は驚いた。


 ステージで話すひかり。

 希望は、あの頃の姿に重ねていた。


 トークが弾み、頃合いを見てひなたが進行する。


「それじゃ……今日はスペシャルステージです」

「ひかりさんに、エトワールの代表曲、『流星エトワール』を今日は歌っていただきます!」


 椅子が片付けられ、みらいとひなたはステージから離れる。

 カメラに近い正面で、ひかりが準備をするのを見守った。


 しばらくして、照明が落ち、店内が静かになる。

 配信用のスタッフの声や、機材を動かす小さな音が響いていた空間が、ふっと息を潜めたように静まり返った。


 ステージの中央に、ひかりが立つ。


 普段のひかりは、カウンターの奥や店内の端から、全体を見ていることが多い。

 誰かを前に出し、空気を整え、必要なところにだけ言葉を置く人。


 でも。今そこに立っているのは、かつてステージの上で観客の視線を受け止めていた人だった。


 最初の一拍。

 ひかりの足が、迷いなく床を踏んだ。


 ブランクを感じさせない、というより。

 身体が、音の入り方を覚えている。


 指先の角度。

 肩の入れ方。

 視線を上げるタイミング。


 ひとつひとつの動きは大きすぎない。

 けれど、どこにも余分な力がなく、ステージの中央に立つだけで、自然と目が引き寄せられる。


 みらいは、息をするのも忘れたように見つめていた。


 高校一年の春。

 アメ村のライブハウスで見た、パープルの衣装の人。


 あのときは、遠くから見上げるだけだった。

 名前を知って、少しだけ話して、それでももう会えないと思っていた人。


 その人が今、目の前のステージで歌っている。


 ひなたも、初めて生で見るひかりのステージに、集中していた。


 資料室で見た映像より、少し落ち着いている気がした。

 けれど、言葉の置き方や、サビへ向かうときの表情は、あの姿と、確かに重なった。


 映像でしか知らなかったエトワール。

 そして、その中で。

 場を支え、整え、最後にはちゃんと視線を奪っていく人。


 ——ひかりさん……やっぱり、凄いな……

 

 目の前で響く歌声が、ひなたの胸にまっすぐ届いていた。


 そして、希望。

 腕を組み、ずっとひかりを見つめている。

 

 表情は変えない。

 でも、その瞳には懐かしさとも、嬉しさともつかない表情が浮かんでいた。


 何度も見た背中。

 何度も合わせたタイミング。

 何度も横で聞いた歌声。


 それでも、音が鳴った瞬間に戻ってくるものがある。


 知らず知らずのうちに、希望の指がリズムを刻んでいた。

 翔太はそれに気づき、何も言わずに微笑む。


 ラストのサビ。

 星が流れる様子を描く振り付けで、ひかりが大きく腕を伸ばす。


 その動きに合わせるように、店内の照明がやわらかく広がった。

 ステージの上に、小さな星がまたたいたように見える。


 みらいが、自然と手拍子を始める。

 ひなたもすぐに続いた。

 スタッフも、キャストも、気づけば同じリズムで手を叩いていた。


 ひかりは笑っていた。


 昔と同じ笑顔ではない。

 けれど、昔を否定する笑顔でもなかった。


 今の自分のまま、あの曲をもう一度歌っている。

 その姿が、みらいにはたまらなく眩しく見えた。


 最後の音が、店内に静かに残る。


 ひかりは一拍置いてから、深く頭を下げた。


 1曲だけのステージ。

 それでも、そこには確かに、あの時の白石ひかりがいた。


 みらいとひなたがステージのひかりに駆け寄る。


「……ひかりさん……めっちゃ良かったです!」

「ひかりさんの歌とダンスも凄いし……流星エトワール、ほんといい曲で……」


「ありがとう。久しぶりで緊張したけど」


「……ひかりさん……」


 みらいは、涙ぐんでいた。


「……ほんとに……良かったです」


「え……ありがとう」

「ちょっとちょっと、涙ふこ」


 みらいはスタッフが持ってきたハンカチで涙を拭った。

 少し落ち着いて、再び三人のトーク。


「ダンスの経験はないんですけど、ひかりさんのステージ見てたらほんと憧れちゃって……」

「私も、こんなふうに歌って踊れたらなあって思います」


 みらいも続いた。


「私も、お店で歌うことはありますけど、今日のステージを見たらやっぱり全然違うなって」

「もっと、ちゃんと練習してみたいなって思いました」


 ひかりは、笑顔で話す。


「……じゃあ、練習して、次は二人でステージやってみるとか」


 みらいとひなたは、そろって目を丸くした。


「……え、できるかな……」


「まあ、じっくり練習してみようか」

「それじゃ、次はみらいとひなたちゃんのスペシャルステージ……目標にしてみる?」


 ひかりが、驚いた顔をしている希望へ、ちらりと視線を送る。

 口元だけが、少し得意げに笑っていた。


 希望は腕組みしたまま、ひかりのほうを見て微笑んだ。


 ——収録が終わり、片付けが進む店内。

 ひかりに希望が声をかける。


「おつかれさん。いいステージやったわ」


 ひかりは微笑む。


「あ、音源ありがとさんでした」

「いつものカラオケと違ったから、久々で緊張したわ」


「なんか、全然変わらんかったな。ひかり」


「だいぶ太ったけどな」


 ひかりは、お腹をつまんで言った。

 希望は、そんなことないやろ、と笑う。


「……あ、ひなたちゃん、あんなこと言うてたけど、ええか」


 希望は軽くうなずく。


「本人がやりたいんやったらやけど……ダンスはほんとに経験ないで」


「まあ、あんたと一緒で努力家やから、大丈夫やろ」


 希望は、きょとんとした。


「それじゃ、次もよろしく」


 バックヤードに下がるひかりを見送る希望に、翔太が声をかけた。


「ひかりさん、やっぱ凄いっすね」


「……そうですね」


 少し考えて。


「……今も、輝いてました」


 翔太が、希望をちらりと見て一言漏らす。


「希望さんも、輝いてますよ」


「……え?」


「……あ……いや、なんでもないっす」


 帰り支度をするみらいとひなた。


「ひなたちゃん……ステージ、ちょっと楽しみだね」


「うん!……とは言ったものの……できるかな……」


「大丈夫だよ。私も一緒に練習するし」


 みらいは、今日のひかりのステージを思い浮かべる。


 ひかりの背中は、まだまだ遠い。

 でも——憧れは、少しずつ形になりはじめていた。

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