第38話「見守るまなざし」
店の準備をしながら、ひかりは、ふとみらいを見た。
特別に何かが変わったわけじゃない。
髪型も、メイクも、制服も、いつも通り。
けれど、視線が、以前より少しだけ低く、穏やかになっている。
無意識に肩の力が抜けているのが、ひかりにははっきりと分かった。
周りを気にしすぎない、余裕。
心の奥に沈んだ「安心」。
それが、言葉や態度より先に、雰囲気を変える。
みらいが笑うたびに、その落ち着きが表情にあらわれていた。
——あれから、うまくいってるみたいやな。
ひかりは、心の中で小さく笑った。
あの真面目すぎる男の顔が、自然と頭に浮かぶ。
慎重で、余計なこと言わなくて、でも、逃げへんタイプ。
みらいが、無理に強がる必要もないし、急かされることもない。
そら、安心するわ。
ひかりは、声をかけるタイミングを計りながら、あえて、軽く言う。
「最近な」
みらいが振り返る。
「雰囲気、変わったで」
一瞬、みらいの肩が小さく跳ねる。
「……そんな、分かります?」
みらいは、少し照れながらも、どこか嬉しそうな顔で振り返った。
「分かる分かる」
ひかりは、微笑みながら言う。
「まあ、ええ顔しとるしな」
「あとは、自分のペース、ちゃんと守りや」
「はい……ありがとうございます」
みらいは、笑顔でうなずくと、看板を出しに、店の外に向かった。
ひかりは、みらいの背中を見送りながら思う。
——大丈夫。
この子は、流されへん。
ちゃんと、選んで進んでる。
それに。
あの男も、簡単に手放すタイプやない。
少し先を行った先輩として、ひかりは静かに、そう確信していた。
*
郊外の古民家。
水着姿の朝倉ひなたが、カメラマンの指示に合わせてポーズをとっていた。
「はい、ひなたさん。視線ください」
シャッター音が、小気味良く響く。
今日は雑誌向けのグラビア撮影。
順調に進む撮影を、大橋希望と瀬川翔太が遠目に見守っていた。
「ひなたさん、今日は最初から調子いいっすね」
「……やっぱ、いい感じなんですかね」
「さて、どうでしょう」
希望は、少しだけ口角を上げて言った。
「まあ、気持ちは安定してそうですね」
今日のカメラマンは中村ではない。
それでも、ひなたの表情は自然だった。
指示が出る前から視線が動き、ポーズも途切れない。
希望は、その様子を静かに見ていた。
「はい、OKです。休憩入れましょう」
椅子に座ってバスローブをはおり、ストローがささったペットボトルの水を飲んでいるひなた。
希望が近くに行き、声をかけた。
「ひなたさん、今日の撮影、いいと思います」
「視線や、ポーズの流れ。指示以上の動きができていました」
「……ありがとうございます」
「久々のグラビアで、だいぶ気合はいっちゃって」
「あ……それと……」
「はい」
ひなたは、ちょっと考えてから、話す。
「希望さん、ありがとうございます。こないだの撮影の時のこと……」
「私……あれから、一歩進めました」
「よかったです」
「後悔は、してほしくないですから」
希望は、微笑む。
「また、不安なことがあれば、いつでも相談してください」
「はい!希望さん」
ひなたは、深々と頭を下げた。
休憩が終わり、撮影が再開する。
変わらずいきいきとした表情をうかべるひなた。
その様子を見守っている希望に、翔太が声をかける。
「ひなたさん、どうでした?」
希望は一瞬考えてから、少し嬉しそうに言った。
「……内緒です」
「え……なるほど」
翔太は、納得したように希望をちらりと見る。
普段はあまり見ることがない笑顔。
希望は、どこか安心したような表情で、ひなたを見つめていた。




