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よみがえるエトワール  作者: yoshinoya ussie


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第35話「中村さん」

 天神橋、Auroraの事務所。

 メイクを終えたみらいとひなた、そして大橋希望が、テーブルを囲んでいる。


 今日は、事務所のプロフィール撮影。

 撮影前のわずかな時間で、次の収録の打ち合わせが行われていた。


「この配信ですが、星野さんに出ていただくようになってから、視聴数とフォロー数もだいぶ伸びてきました。ありがとうございます」

「で……次の収録ですが。Atelier Étoileさんの店内で録ろうと思っています」


 資料に目を落としたままの声。


「えっ。うちの……お店でですか」


 みらいは、思わず顔を上げた。

 少しだけ目を丸くしている。


「はい。先日、白石さんと相談しました」

「改装も終わったところですし、お店のステージも活用できそうというところで」


 ひなたの表情が、ぱっと明るくなる。


「ステージ……楽しそう」


 その言葉に、少しだけ遠くを見るような目が混じる。

 資料室で見た、あの映像がよぎった。


「あと……当日は、白石さんもゲストで出ていただけるそうなので」


「え、ほんとですか」


 みらいとひなたは、同時に顔を見合わせた。

 驚きと、少しの高揚。


「めっちゃ、楽しみだね」


 ひなたが、みらいに向けて言う。


「うん、ほんとに」


 短い会話の中に、素直な期待が混ざる。


 そのとき、会議室のドアが軽くノックされた。


「あ、みなさん。撮影準備できたそうです」


 瀬川翔太が顔を出す。


 その一言で、場の空気がすっと切り替わる。

 三人は立ち上がった。


「それでは、私は明日の現場の下見がありますので、今日はここで」

「撮影は、瀬川くんと……中村さんにおまかせしてますので」


 希望は、ひなたのほうをちらりと見て。口元を少し緩める。

 ひなたは、少し恐縮した表情を浮かべた。


 みらいとひなたはスタジオに向かう。


 白背景と照明が組まれたスタジオ。

 均一な光が、空間をすっきりと切り取っている。


 その中央に、中村が立っていた。


「中村さん、よろしくお願いします!」


 ひなたが頭を下げる。

 その表情は、いつも通り明るい。


 中村も、笑顔で、軽くうなずいた。


 みらいは、少しだけ距離を置いた位置から二人を見る。


 いつもと変わらないはずのやり取り。

 でも、どこかが違う。


 言葉にするほどではない、ほんのわずかな空気の違い。


『中村さんに、気持ち、伝えました』

『同じ気持ちだったって』


 あのメッセージを読んだときのことを、思い出す。

 驚きよりも先に、胸の奥が静かに動いた感覚。


 ――ひなたちゃん、よかったね。


 撮影は、ひなたから始まった。


「はい、ひなたさん。視線ください」


 シャッターの音が、軽やかに響く。


 指示に応じて、自然にポーズを変えていく。

 ひとつひとつの動きが、無理なく繋がっていた。


「いいですよ。このまま」


 中村の声は落ち着いていて、余計な強さがない。


 急かさない。

 けれど、止めもしない。

 その間の取り方が、心地よかった。


 みらいは、少し離れた場所でその様子を見ていた。


 白背景。

 スタジオの光。

 そして、カメラの前に立つひなた。


 いつもと同じはずなのに、

 今日はなぜか、一つひとつがはっきりと目に入る。


 ふと、シャッターの合間に視線が交わる。

 ほんの一瞬だけ、ひなたの表情がほどける。

 それを見て、中村の口元もわずかに緩んだ。


 言葉はない。

 けれど、通じているものが確かにあった。


「はい、OKです」


 撮影が一区切りつく。


「それじゃ、みらいさん。こちらにどうぞ」


 名前を呼ばれて、みらいは前に出た。

 白背景の前に立つ。


 ライトの熱が、わずかに頬に当たる。

 カメラ越しに、中村と視線が合う。

 いつもと同じ、仕事の顔。


「はい、今のいいです」

「もう一枚、少し顎だけ引いてみましょう」


 淡々とした指示。

 でも、冷たさはない。

 その距離感に、みらいは少しだけ安心した。


 ――変わってない。


 少なくとも、この場所では。


 撮影が進む。

 ポーズを変えながら、呼吸を整えていく。

 その間にも、中村は一度も急かさない。


「大丈夫ですよ」

「今のペースでいきましょう」


 その言葉に、余計な気遣いはない。

 ただ、相手のリズムをそのまま受け取っている。


 ふと、シャッターの合間に目に入る。

 ほんの一瞬だけ、表情がやわらぐ瞬間。


 誰かを思い浮かべているというより、

 気持ちが整っている人の顔。


 前に会ったときより、少しだけ余裕がある。

 その変化が、さりげなく伝わってきた。


 ――ああ。

 ひなたちゃんが、この人を好きになるの、わかるな。


「はい、OKです」


 みらいは、軽く頭を下げた。


「ありがとうございました」


 中村も、同じように頭を下げる。


「こちらこそ」

「いいプロフィール写真になると思います」


 その言葉に、余計な意味はない。

 でも、その“余計なもののなさ”が、誠実だった。


 機材の調整が始まり、スタジオの空気が少し緩む。

 撮影が終わり、ひなたと中村が楽しそうに雑談を始めていた。


 中村は、相変わらず穏やかな笑顔で、ひなたの話に耳を傾けている。

 時折、軽く頷き、短い相槌を入れる。

 派手なリアクションはない。

 でも、その距離感に、ひなたは安心しているように見えた。


 みらいは、少し離れた場所からその二人を眺めながら思う。


 ——中村さん、か。

 ひなたちゃんが、こんなふうに笑える相手なんだな。


 その姿を見ているだけで、胸の奥が静かに温かくなった。


 邪魔をしないように、二人に軽く手を振り、同じく二人の様子を遠目に見ていた翔太に頭を下げる。

 そして、静かにスタジオを出た。


 廊下に出ると、空気が少しひんやりとしていた。

 さっきまでの光が、遠くなる。

 歩きながら、みらいはふと息を吐く。


 ひなたちゃんは、ちゃんと向き合って、ちゃんと選んだ。

 だから、自分はただ、そっと応援すればいい。

 心の中で、そう言葉を置く。


 誰かの恋を、安心して祝える日が来るなんて。

 少し前の自分なら、想像できなかった。

 でも今は、それを自然だと思えている。


 ――たぶん。


 自分の足元が、少しずつ定まってきたから。

 そう感じながら、みらいはゆっくりと歩き出した。


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