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よみがえるエトワール  作者: yoshinoya ussie


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第34話「メッセージ」

 土曜の夕方。

 昼が長くなり、季節は少しずつ夏に近づいている。

 店を出たとき、まだ空は明るかった。


 自分の部屋に戻り、みらいはいつもの場所にバッグを置く。

 肩から外した拍子に、紐についた星形のストラップが、かすかに揺れた。


 そのままベッドの端に腰を下ろす。

 少しだけ力を抜くように、息をついた。


 手に取ったスマートフォン。

 画面には、三浦直人の名前が表示されている。


 明日は、久しぶりの休みだった。

 特に予定はない。


 ――送ろうかな。


 メッセージの入力画面を開く。

 けれど、指はそのまま止まった。

 まだ少しだけ迷いが残る。


 ひなたと話したことを思い出した。

 胸の中にあった不安を言葉にして、少しだけ軽くなった感覚。


 それでも。


 ――今じゃなくていい。

 そう思った。


 あの時の言葉が、静かに浮かぶ。


「不安になるのって、ちゃんと大事に思ってるからだと思う」


 みらいは、そっと画面を閉じる。


 その瞬間だった。


 スマートフォンが、小さく震える。

 表示された名前を見て、思わず息を止めた。


 直人からだった。


『少し仕事が落ち着きました。今日はどうでしたか?』


 思わず、小さく息を吐く。


 ――ずるい。

 タイミングが。


 指が自然に動く。


『おつかれさま』

『お店終わって帰ってきました

 今日は、ちょっと忙しい日でした』


 送ってから、少しだけ間を置かずに返事が来る。


『無理しないでくださいね』


 その一言に、胸の奥が、じんわりと温かくなる。


『大丈夫』

『今はもう家でゆっくりしてます』


『よかった』


 短いやり取り。

 それでも、そこにある距離は、以前よりも近く感じられた。

 会話は、自然に続いていく。


 仕事のこと。

 最近忙しい理由。

 たわいのない近況。


 文字だけのやり取りなのに、声の調子が浮かぶ。

 少しの間のあと、みらいはスマートフォンを見つめたまま、指を動かした。


『あの』

『明日、おやすみなんですけど』


 送信したあと、わずかに心臓が早くなる。

 返事は、思ったよりも早かった。


『ほんとですか』

『僕も明日お休みです』


 一拍、間がある。

 そのあとに続いた言葉。


『じゃあ、会いましょうか』

『梅田でいいかな』


 画面を見つめたまま、みらいの視界が少しだけ滲んだ。


 ――あ、だめだ。


 理由は、よく分からない。

 ただ、胸の奥に溜まっていたものが、ふっとほどけていく感覚だけがあった。


 指が、ゆっくりと動く。


『うれしい』


 その一言を送ると、すぐに返事が来る。


『僕も楽しみにしてます』


 その日の夜。

 落ち着いた気持ちで、みらいはベッドに横になった。


 天井を見つめる。

 息を整えるように、ゆっくりと呼吸をする。


 不安を話して。

 考えて、立ち止まって。


 そして、明日。


「……よかった」


 小さくつぶやき、目を閉じる。

 みらいは、少しだけ安心した気持ちのまま、静かに眠りについた。


 ――翌朝。


 カーテン越しの光で、自然と目が覚めた。

 柔らかな明るさを見て、今日はきっと晴れると思った。


 枕元に置いたスマートフォンに手を伸ばす。

 通知がひとつだけ表示されていた。


 朝倉ひなたからだった。


 画面を開く前に、なぜか一瞬だけ、呼吸が止まる。


 ――もしかして。

 そんな予感が、胸の奥をかすめる。


 表示を開く。


『おはよう』

『こないだは、ありがとう』


 スクロールする指が、少しだけゆっくりになる。


『昨日、夜に中村さんから連絡があって』


 みらいは、ベッドの上で体を起こした。

 背中をクッションに預けながら、続きを読む。


『ビデオ通話して』

『気持ち、伝えました』


 胸の奥で、小さく何かが弾けた。


 声には出さない。

 けれど、確かに音がした気がした。


『中村さんも、同じ気持ちだったって』


『泣いちゃって、ちゃんと話せなくなったけど』

『それでも、聞いてくれて

 初めてのデート、約束しました』


 スマートフォンを持つ手に、少しだけ力が入る。


 ――よかった。

 ほんとうに、そう思った。


 ひなたが、自分の気持ちを伝えられたこと。

 それを、ちゃんと受け止めてもらえたこと。

 その両方が、まっすぐに胸に届く。


『みらいちゃんと話してなかったら、たぶん言えなかったと思う』

『ほんとに、ありがとう』


 そこまで読んで、みらいは一度画面から目を離した。


 天井を見つめながら、静かに息を吸う。

 それから、ゆっくりと文字を打ち始める。


『おはよう』

『連絡くれてありがとう』


 一度送ってから、少しだけ間を置く。

 続けて、言葉を重ねる。


『ひなたちゃん』

『ほんとに、おめでとう

 勇気出して伝えたんだね』


『中村さんも同じ気持ちだったって聞いて

 こっちまで胸がいっぱいになった』


『泣いちゃったって書いてあったけど』

『それだけ大事だったってことだと思う』


 送信する。


 スマートフォンを握ったまま、少しだけ笑った。

 ――きっと今、同じ顔してる。


 そう思う。

 少し迷ってから、みらいは自分のことも打ち込んだ。


『実はね』

『わたしも、昨日の夜

 直人さんから連絡あったよ』

『今日、会う約束もできた』


『こないだのカフェの時間

 わたしにとっても大きかった』


『だから』

『ひなたちゃんが前に進めたなら

 ほんとに、うれしい』


 最後に、少しだけ未来の話を添える。


『また、ゆっくり話そうね』

『次は、いい報告同士で』


 送信。


 スマートフォンを伏せて、みらいはしばらくそのまま動かなかった。


 カーテンを少しだけ開ける。

 朝の光が、部屋の中にやわらかく広がる。


 今日は、きっといい日になる。

 そう思えた朝だった。

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