第30話「資料室」
TV収録の日から、一週間ほどが過ぎていた。
午前の演技レッスンを終え、朝倉ひなたはスタジオを出る。
スタジオの外では瀬川翔太が待っていた。
一緒に廊下を歩きながら、ひなたはふと思い出したように声をかけた。
「あ、そういえば」
翔太が顔を向ける。
「資料室ってあるじゃん。ちょっと見たいものあるんだけど」
「いいっすよ。何ですか」
ひなたは、少しだけ考えるようにしてから言った。
「こないだの収録でさ。お店のチーフの人……ちょっと気になってて」
「なるほど」
翔太は軽く頷いた。
鍵を取りに行き、二人はそのまま資料室へ向かう。
扉を開けると、少しひんやりとした空気が流れた。
壁一面の棚に、DVDやファイルが整然と並んでいる。
ひなたは棚の前に立ち、背表紙を目で追った。
「い……う……」
指先で一つ一つなぞるようにしながら、探していく。
「あ、この辺かな」
小さく呟いて、手を伸ばす。
棚の奥に置かれていた、プラスチックのコンテナボックス。
ラベルには『Étoile』と書かれていた。
「あった」
床に下ろして、蓋を開ける。
中には、何枚かのDVD-Rと、CDが一枚。
CDのジャケットには、五色の衣装に身を包んだメンバーが並んでいた。
笑顔。
その下に、『流星エトワール』の文字。
「……」
ひなたは、そのまましばらく見つめていた。
DVDの一枚を手に取る。
ラベルには、「MOON HALL:1周年ライブ」と書かれている。
近くの再生機にディスクをセットする。
椅子に座り、翔太と並んで画面を見る。
暗転。
少しざらついた映像。
ステージの照明が落ちている。
次の瞬間、音が弾けた。
五人が並び、同時に動き出す。
「……」
ひなたは、思わず息を止めた。
左端。
パープルの衣装。
今より少し幼い表情の白石ひかりが、そこに立っている。
身体の芯がぶれないまま、動いている。
視線が、観客の方へ真っ直ぐに向いている。
「……可愛い……」
ぽつりと、声が漏れた。
今の落ち着いた佇まいとは違う、その場の空気をそのまま受け止めているような存在感だった。
曲が進み、MCに入る。
ひかりは自然に口を開き、場を整えながら、観客の反応を拾っていく。
言葉の間。
視線の配り方。
それが、ごく自然に流れていた。
ひなたは、無意識に画面へ身を乗り出していた。
中央に視線が移る。
レッドの衣装。
伸びやかな歌声が、空気を一気に掴む。
「歌……上手……」
小さく呟く。
そのまま視線をずらす。
そのすぐ横で、グリーンの衣装が目に入った。
黒髪のロング。
端正な顔立ち。
動きは大きくないのに、目が残る。
「……この人」
ひなたは、画面を見たまま言った。
「すごく、落ち着いてる感じ……」
目立とうとしていない。
けれど、確かにそこにいる。
曲が進むにつれて、
五人の動きが一つの流れになっていく。
その中心に、ひかりがいる。
ひなたは、瞬きを忘れたまま見続けていた。
——こんな世界が、あったんだ。
その感覚が、静かに胸の奥に広がる。
映像が終わる。
画面が暗くなり、再生が止まった。
「ひかりさん、やっぱりすごいな」
ひなたが言う。
「……みんな、ダンスも凄かったし、可愛かった」
翔太が小さく頷く。
「そうっすね……」
少し間を置いて、続ける。
「てか、うちの事務所でアイドルやってたなんて、初めて知りました」
「そうだよね。私も、知らなかった」
資料は思っていたよりも少なかった。
箱の中には、それ以上の記録は残っていない。
ひなたは、もう一度ジャケットを見た。
「なんか、憧れるな」
ぽつりと、言う。
「こんな世界もいいな、って思った」
翔太はその言葉を聞いて、少しだけ笑った。
「見に来てよかったっすね」
ひなたは頷く。
「ありがとう。鍵」
「大丈夫っすよ。片付けときます」
「それじゃ、明日のお迎え、11時だったっけ」
「はい、そうです。よろしくお願いします」
ひなたは軽く手を振って、資料室を出ていった。
扉が閉まる。
静かな空気が戻る。
翔太は、しばらくその場に立っていた。
ふと、さっきのDVDをもう一度手に取る。
再生機に入れ、映像を流す。
早送り。
少し気になった場面。
グリーンの衣装のメンバーが前に出たところで止める。
一時停止。
ロングの黒髪。
落ち着いた表情。
その瞳が、いつも見ている眼鏡の奥の視線と、重なった。
「……やっぱり」
小さく呟く。
「希望さん……」
ステージの上で、光を受けている姿。
普段、ひなたの少し後ろに立っている姿。
まったく違うはずなのに、翔太には、同じように輝いて見えた。
——輝いてますよ。今でも。
しばらく画面を見つめたあと、
再生を止めた。
ディスクを取り出し、元の箱へ戻す。
蓋を閉じる。
棚へ戻しながら、ひとり、軽く息をついた。
資料室のひんやりした空気の中で、グリーンの衣装が映った画面の残像が、しばらく翔太の視界に残っていた。
——やっぱり、普通の人じゃなかった。
尊敬。
憧れ。
その想いが、今までとは少しだけ違う温度を持って、ゆっくりと動き始めていた。




