二人三脚:因縁
剣聖達が宿屋に戻ってきたのは、陽が傾き始めたころだった。シズクの父親からアラタの事を聞いた彼らは一斉に宿屋から飛び出した。街中を駆け回ったがアラタの姿を見つけることは出来ず、アリスは途方にくれていた。
「ここにいたか」
アリスに声を掛けたエイトの顔には、珍しく焦りが見える。
「何か情報はあった」
「門扉の守衛から聞いた。昼過ぎ、傷ついた多くの聖騎士が街に戻る中、一つの馬車が外に出ていったらしい」
「馬車? それにアラタが乗っていたというの」
「おそらくな。御者台に若い一人の男が乗っていたそうだ」
「もう少し、確実な情報が欲しい」
街から飛び出していった馬車に乗っていたのはアラタで間違いないと、アリスの直感が告げていた。ただ、確信を持てないアリスはどうすれば良いのか決めかねていた。
「アリス」
息を切らしながら、アリスの元に駆けてきたのはユウだった。
「今そこで、聖女の執事さんと会った。アラタが馬車を借りにきたって。執事さんも僕達を探していたみたい」
俯いていた顔をあげたアリス。彼女の瞳から迷いはなくなった。
「全員を集めて、今すぐに」
次々と押し寄せる異形。切っては前進を繰り返す。見上げた空にはうっすらと日が昇り始めている。借りた馬車は魔の気配がないところに止めておいたのは正解だった。あとはシズク達を見つければいいだけだ。夜通し、休みもせずに戦いを続けた甲斐もあって、目的の場所はもうすぐだった。
シズク達が今頃どうなっているかなど、余計なことを考える暇を異形達は与えてくれなかった。あいつらは闇夜に紛れ、僕を見つけた途端に奇声を上げなら、次から次へと襲い掛かってきた。休みのない戦いを続けてきたせいで疲労はあった。だけど足は前に出るし、手も動く。まだ立ち止まる訳にはいかなかった。
ようやく見えてきた南の村の近くで、馬車の残骸を見つけることが出来た。馬は逃げたのだろうか、辺りを見回してみたが見当たらない。一つ気になるのは、馬車が火攻めにあったかのように焼け焦げていることだった。異形達の歓迎が苛烈を極める中、聞き覚えのある声と悲鳴が耳に届いた。
ようやく見つけることが出来たシズク達。逃げ惑う彼女たちの背後に火球が迫っていた。シズク達と火球の間に割り込むように飛び込んだ僕は、迫りくる火球を切り捨てる。
「お兄ちゃん!?」
「この先に馬を止めてある、話している暇はない。走れ!」
感動の再開とはいかず、用件を伝えるだけで精いっぱいだった。困惑したままのシズクとお母さん。そしてお祖母ちゃん。どうやら無事に再会できたようだ。普段であれば初対面のお祖母ちゃんには会釈の一つでもするところだが、潜みながらこちらを伺う相手はそれを許してくれそうにない。
視線の先にある木造の建物。窓の傍で微かに人影が見えた。そっと物陰から身を出したその時、火球が足元で爆ぜた。
「外しましたか」
咄嗟に飛びのいたおかげで直撃は免れたけど、靴のつま先が黒く焦げている。建物から優雅な足取りで出てきたのは、道化師の仮面を被りタキシードに身を包んだ偉丈夫。珍妙な姿をした男が僕の目の前に立ちはだかった。
僕の頼みでずっと姿を消したままのエリカから息をのむ音が聞こえる。
「貴方は、只の兵士ではなさそうですね。若い身でありながら、その身のこなし。そして、この地を埋め尽くすほどの異形を退けて、この村に来るとは……もしや剣聖ですか?」
黙ったまま身構える僕に、彼は深々とお辞儀をした。
「そうであれば、私に運が向いてきたようです」
俯きながら呟く男の首を目掛け振り下ろした剣。しかし、剣は何かに弾かれ硬質な音を響かせながら火花を散らす。信じられないことに、刃は目に見えない壁に阻まれていた。
「その剣の冴え。間違いありません」
仮面越しではうかがい知ることが出来ない表情。にも関わらず仮面の奥で笑みを浮かべたように感じる。
彼は嬉々とした笑い声上げ、舞い上がった羽毛のように後方へとふわりと飛んだ。
それと同時に両手から放たれた二発の火球。それを切り裂き凌いで見せると彼は手を叩き、素晴らしいと褒めたたえた。
「まだまだ楽しめそうですね。貴方が彼女たちの逃げる時間を稼ぐように、私にも時間が必要なのです。この辺りを一切合切押し流す汚泥を操るのは大変ですから」
炎が建物を焼き尽くし、爆音を響かせる。破壊の衝撃で礫が舞い散る中、それを掻い潜る様に僕は走り続けた。剣の間合い迄あと一歩まで追い詰めたかと思えば、道化師が放つ火球に行く手を遮られる。
「それでおしまいですか?」
突如現れた炎の壁が僕の周りを覆いつくし、じりじりと僕に迫る。その時、光が走った。雷にも似たそれは炎を切り裂き、魔術師が立っていた地面を爆音とともにえぐり取った。
「魔法ですか?いや、違う」
姿を現したエリカ。そして彼女を軸として、回り続ける剣。
「その姿、その技は、なつかしい……」
旋回する剣は魔術師が放つ火球を一つたりとも見逃すことなく、切り伏せた。
「これは、これは。もしや貴方。あの噂の、伝説の初代剣聖様ではありませんか」
「そんな昔の事忘れた」
「貴方が忘れようとも、私は、私達は覚えています。その白く輝く剣を」
嬉々として語る魔術師をエリカは睨みつけた。
「人に求められるまま人を救い、人に崇められ、人に殺められた貴方が再び私達の前に姿を現すとは、これも聖女の導きなのでしょうか」




