幕間:初代剣聖
アンは人目を避けるようにして、教会の地下にある書庫へと足を踏み入れた。幾多の書棚の前を通り過ぎ、たどり着いたのは最奥の書棚。そこには主に禁書と呼ばれ、人の目に触れることのない書物が数多く収められている。
か細い蝋燭の灯りを頼りに、アンは背表紙に書かれた文字を指でなぞりながら一冊の本を探し続けた。
蝋が半分ほど溶けたところで、アンの指がようやく止まった。
「あった」
取り出した書物を机の上に置くと積もっていた埃が舞い上がった。舞い散る埃をアンは気にする様子もなく、次々にページをめくっていった。
「聖女様」
突然、呼びかけられたアンは顔をあげ、あたりを見渡した。
「聖女様、こちらにいらっしゃいますか」
段々とこちらに近づいてくる人の気配に、急いで書物を元の場所へと戻した。
「おお、聖女様。こんな場所でどうしたのですか」
「ネロ。どうして貴方がここに? 聖国に残っていたはずでは」
ネロと呼ばれた白髪の男は、深々と頭を下げた。
「聖女様の行方が分からなくなったと聞いて、いてもたってもいられず、こうして参上した次第であります。それに、この教会は私にとって馴染みの深い場所ですから。この街に立ち寄ることがあれば、顔をできるだけ出すようにしているのです」
「そう、でしたか」
「はい。それで聖女様。一つ苦言を呈してもよろしいでしょうか、ここには人の目に触れさせないように、多くの禁書が収められているのです。いくら聖女様とはいえ、好き勝手に手を出されては、ほかの聖職者に示しがつきません」
「そうですね。ネロ、貴方の言う通りです。大変無礼な真似をしてしまいました。申し訳ございません」
「いえいえ、そんな滅相もございません。聖女様のことです。何か人には言えぬ事情があるのでしょう。私は、聖女様を信頼しております。何か必要なものがあれば、部屋にもっていっても構いませんよ。流石に外に持ちだすのは許可できませんが」
「いえ、もう大丈夫です。今後、ここには立ち入らないようにします」
「ご配慮いただきありがとうございます。さあ、長旅でお疲れでしょう。部屋の用意が整いましたので、身体を休めてください」
ネロは用意した部屋の前まで来ると頭を下げた。
「では私はこれで失礼いたします。何かあればいつでもお声がけください」
扉の前でネロと別れたアンは、用意された部屋に入った途端にその場へと座り込んでしまった。激しい動悸を押さえつけるかのように、胸に強く手を押し当てる。
私は普段と同じように、話すことができたのだろうか。私の事をつぶさに観察するネロの目を、欺くことができたのだろうか。
「なぜ」
それ以上、言葉が続かなかった。
何故、彼はここにいたのだろうか。
何故、彼は聖国から出立する私にあんなものを、異形を招く物を渡しておきながら平然と話すことができたのだろうか。
まとまらない考えを振り払うように、アンは頭を振った。ネロが現れるのは想定外だったが、地下の書庫まで足を運んだ甲斐はあった。
「見間違いじゃなかった」
わずかな時間しか禁書を見ることが出来なかったが確信を得ることが出来た。アラタの背後にいたエリカと呼ばれていた彼女は過去聖国にて処刑された初代剣聖の肖像画と同じ顔をしていた。




