聖女護衛:ユウの記憶
「ちなみに僕は聞いてないよ」
「僕も聞いていません」
「私も、その、聞いていない気が、します」
「……言ってなかったけ」
「アリス!」
並走する馬車に乗っていたアリスは、僕の叫び声に何事かとこちらを見た。
「……なんで?」
事情を説明しろといわんばかりの視線に、僕とユウは黙ったままシンクを見た。
「……また、やったのね」
びくりと身体を震わせたシンクは、アリスの顔を見ることが出来ずにいる。
「予定変更! シンク達は先頭の馬車に移って先に行って! 敵は残された剣聖で対処! 人数が減ったことで完全に足止めすることは無理だから、シンク達も適宜対処する事。以上!」
「だってさ、ほらシンク急いで」
「……うぅ、なんでこんなことに」
嘆くシンクはさておき、僕はアンを抱きかかえながら老紳士である執事が操るする馬車へと飛び移った。
「これからどうしましょう」
「執事さん、あなたはしっかり手綱を握って馬車を走らせてください」
リーダーであるシンクは落ち込んだままなので、しばらくそっとしておくことにしよう
「御心配には及びません。私の自慢の愛馬はとても賢いのです。仮に私が命を落としたとしても、街まで送り届けてくれることでしょう。しかし、あれだけの数の異形達ををどうされるおつもりですか」
僕とユウは顔を見合わせた。
「どうって」
「斬るしかないよね」
剣聖の防御網をすり抜けた黒い濁流が、けたたましい声と共に迫ってくる。黒く染まった泥から現れる異形の群れ。徐々に揺れが酷くなる荷台で待ち構える僕達を、異形達は赤い瞳を光らせながら追い続けている。
影が隆起し、一つの生命体のように重なった異形。影の中から伸ばされた手が荷台に迫ると、すぐさまユウが切り落とした。切り裂かれた断面から見えたのは、幾つもの赤い瞳。瞳の主である異形は切り口から這い出てくると、四足の獣のような姿に変えて馬車を追従するように走り出した。
「埒があかないな」
戦斧を肩へ担いだシンクがようやく、立ち上がった。
「吹っ切れた?」
「まだ無理。だから二人とも頼んだぞ。アラタは切り込み役。ユウはサポートをお願い」
「了解」
「わかりました」
ユウと呼吸を合わせ、同じタイミングで荷台から飛び降りる。靴底で地面を滑りながら迫る異形を迎え撃つ。幾十、幾百の群れを僕とユウは一刀で両断していく。時折、僕の隙を狙い襲い掛かる敵をユウの細剣が貫いた。
「アラタ、あまり無茶はしないで」
「背中は任せた」
「もう、アラタ!」
抗議の声をあげるユウと共に異形を斬り裂き、活路を開く。黒い濁流に剣を突き立てると、重々しい嘶きが響き渡った。
「ユウ!」
「わかっているよ!」
叫び声をあげた濁流の中から飛び出してきのは、赤黒く輝くクリスタルだった。宝石に見間違うほどの輝きを放つクリスタルをユウの突きが貫く。すると途端に黒い濁流は勢いを失った。亀裂が走ったクリスタルは、輝きを急に失い砕け散った。
「まさか野営することになるなんてね」
追手を振り払ったまでは良かったが、先の戦いで剣聖の皆と離れ離れになっていた。シンクは、その責任を感じているのか、食事の最中も重々しい顔をしていた。
「いい加減、頭を切り替えたら」
僕のぶしつけな言葉に最初に反応したのはユウだった。
「アラタ、申し訳ないけど焚き木がそろそろなくなりそう。お願いしてもいいかな」
「……了解」
「ありがとう」
「それでは私もお手伝いします」
聖女の執事は腰を上げ、何か言いたそうなアラタはと共に、森の中へと入っていった。異形に襲われる可能性もあったが、エリカと一緒なら問題はないだろうと、ユウは考えていた。
「シンク、少し頭を整理する時間も必要だよ。あの、アン様どうかしましたか」
アンは何故か先程から少し上気した顔で、ずっとユウを見ていた。
「差し支えなければ教えて頂きたいことが一つ」
「なんでしょうか」
「ユウは、いつからアラタの事を想っているのでしょうか」
焚火の中に放ろうとしていた木の枝が、ユウの手から零れ落ちる。
「あ、あの一体何を……」
「隠していもわかります。ユウがアラタを見る目。そこには並々ならぬ愛情があります。食事の時もそうです。先ほど各々盛り付けられた料理。ユウはアラタの皿だけ好物であろう肉を多めに、そして苦手であろう野菜を、自然と減らしていたではないですか」
「それは、偶然……」
「偶然なんかではありません。それがユウの自然体なのです。気にせずとも自然と行ってしまう習慣。趣味趣向を理解したパートナーにしかできないと私は断言します」
「ち、違いますよ。アンの気のせいです。大体僕は男ですよ」
アンは首を横に振ると、いいですかと、ユウに言い聞かせるように話し始めた。
「私は聖女という立場のせいで多くの人で出会い、そして沢山の悩みに触れてきました。中には貴方と似た悩みを持つ方も沢山いたのです」
「……そうなんですか」
「ええ、ですから分かるのです。特に恋話は大好き……失礼。真摯な想いを胸に秘めていることが」
「やはり、あれか。子供の頃に守ってくれたとか、そういう理由なのか」
「シンク……。申し訳ないけど、心配して損したよ」
今まで焚火に背を向けていたシンクだったが、いつの間にかユウの隣に腰を下ろしていた。
「幼馴染というわけですか」
「ユウは小さい頃から、可愛いものや服が好きでな。そういった事に偏見を持つ人間は少なからずいたよ」
「なるほど、そんなユウをアラタが守ってくれたという訳ですか」
「アラタだけって訳じゃないですよ。剣聖の皆は分け隔てなく、僕に接してくれましたから」
「小さい頃のアラタは特に無鉄砲でな、いい意味でも悪い意味でも、あいつには壁がない。人によって態度を変えるという事をしないんだ」
要領を得ないシンクの発言にアンは首を傾げた。
「つまりな、自分が気に入らなければ相手が誰であろうと、突っかかっていく。自分が敵わない相手だったとしてもだ。昔の話になるが泣きじゃくるユウに、手を引っ張られたことがあって、ついて行ってみれば、アラタが鼻血をだして大の字になって倒れていたな」
昔話のように少し笑いながら話すシンク。シンクと同じようにユウも昔の記憶を思い出していた。剣を振るうのもままならない頃、アラタが不相応な相手に挑んだ結果、大の字で寝転がることになった。そんなアラタにユウは聞いたことがあった。なぜそこまでしてくれるのかと。
「なあ、あいつらってユウの事を、女みたいだって馬鹿にするだろ。おかしい、変だって言いながら。ユウはそれを聞いて笑っていたけど、僕にはユウが泣いているように、傷ついているように見えた。ユウのそんな顔を見ていたら我慢できなくなってね。もし、ユウが怒れないっていうなら僕が怒る。戦えないっていうなら僕が戦うよ。きっとオウガやグレンも同じ気持ちだと思うけどな」
ユウの目からは自然と涙が零れていた。
「それに喧嘩じゃあ剣は使えないだろう。使ったら年上相手でも良い勝負ができると思うけどな。……剣じゃ不味いか。長が使っている杖みたいなものだったら、打撲位で済むから大丈夫かな。なあユウはどう思う?」
「そんな事、知らないよ」
ユウはあふれ出る涙を堪えようと必死で、そう答えるだけで精いっぱいだった。ぱちぱちと音をたてながら、燃え続ける焚火をぼんやりと見つめていたユウ。今でも忘れることはない懐かしく、大切な思い出に自然と顔が綻んでいた。




