聖女護衛:聖女はここに居る
聖女様を連れての旅路はとても平穏だった。トラブルも異形に襲われることもなかった。太陽が完全に落ちる前に野営の準備でもしようかとシンクに聞いたが、彼女は首を横にふった。
「馬車から降りるな。それとここからが本番だぞ」
シンクはそれだけ言うと、既に野営の準備を始めている冒険者たちに声をかけ始めた。作業の邪魔をされた冒険者たちは、不満そうにしながらシンクの周りに集まった。護衛の役割を担う冒険者たち全員を集めたシンクは、彼らの前に立ち一つ咳ばらいをする。
「忙しいところ申し訳ない。私の名前はシンク。一応、今回の護衛を取り仕切る立場にいるものとして、言っておきたいことがある。分かっているとは思うが、私たちの仕事は聖女様を無事に街まで送り届けること。道中、貴方達が危険な目に遭ったとしても、優先すべきは聖女様。貴方達の命まで守る余裕はない」
「当然だ。聖女様の為に、俺たちは命を捨てる覚悟がある。お前だってそうじゃないのか」
「それでなくても聖女様といると、得体の知れない目に遭うっていうのは有名な話だろ。それを知りながら、護衛に志願しているんだ。今更、命が惜しい奴なんてここに居るのか」
次々に非難の声が上がる。時折、聞こえる笑い声には命を捨てる覚悟が出来ていないのかと嘲笑っているようにも聞こえた。それを聞いていたシンクは大きく頷いた
「わかった。貴方達の考えがよくわかった。はぁ、やはり相容れないな」
シンクがついた深いため息に、護衛達は静まり返る。
「どういう意味だ」
「お前らは、聖女一人を守る為に自分の命を捨てるという。ここにいる大半の奴らは命を捨てることに賛同しているということだ。きっとお前らは、私達にも同様の覚悟を強いるのだろう。聖女を守るために命を捨てろと」
冗談じゃない。そういいながらシンクは顔を伏せた。
「私は彼らのリーダーだ。私は、彼らに命を捨てろなどとは命令しないし、させない。そして人を裏切るような奴が平然とのさばったままで、これ以上同行するも理由はない。それでは、さようなら」
シンクは自分が言いたいことだけを伝えると、困惑する冒険者に見向きもせず僕達の馬車に飛び乗った。手綱を握り、馬を走らせる。近くで馬の嘶く声が聞こえると、四台の馬車が一斉に走り出した。いずれの馬車も剣聖達が乗っている。
駆けだした馬車は茫然とする護衛達を次々に置き去りしていく。
「頼むから、どういうことか説明してほしい」
「うん? 今回のことはリーダーにしか伝えてないことがある」
「それって、どんなこと」
「護衛を置いていく」
「うん、全然わからない」
「お前たちもおかしいと思わなかったか? 朝から夕方まで、異形が一体も出てこないなんて、以前から聖女様の周りでは、魔の存在が確認されているというのに、なぜ今回の旅に限って一体も出てこない。こんなことになりそうだったから、私は最初から反対だったのだ、剣聖以外の護衛を用意することに」
「さっきも言っていたけど、護衛の中に裏切り者が居るってどういう意味」
「学園で起きた事件の話を聞かされた後では、そう考えるのが普通だろう。魔の気配を隠せる代物があるならば、護衛の中に潜んで悪だくみをするやつが一人二人紛れ込んでいてもおかしくない、いやいるべきと判断するべきだ。気配を隠されたら気が付くのは難しいからな。その事を含め、色々聖国の連中に説明したというのに、あいつらは一歩も譲らなかった」
段々と言葉遣いが荒くなるシンク。
「挙句の果てに、何があっても剣聖様に任せておけば大丈夫ですよね、だと。あの狸共め。何かあれば全てこちらに責任を押し付けるつもりだぞ。剣聖の名声を失墜させようと企んでいるんじゃないだろうな。まあ何があろうと、やつらの思惑通りには意地でもならんぞ」
「みんな。ちょっと待って、大地が黒く染まっていく!」
疾走する馬車から覗き込んだ地面が水に濡れたように湿っている。黒く染まった汚泥がうねりをあげたかと思えば、表面に浮き上がってくるのは無数の手と異形の顔。黒い濁流は土砂崩れのように、一切合切を押し流しながら剣聖の馬車を目掛け襲い掛かる。
「大方予想通りだな」
こんなことまで予想していたと言われても、にわかには信じがたい。
「はっ、そんな顔をするなアラタ。見ろ」
シンクの視線の先にいたのは、並走していた馬車から、頭一つ抜け出した馬車だった。
「あれに乗っているのが聖女様という訳だ。あの馬車の後ろに控えた私達が、盾となって街まで守り切るという作戦だよ」
自信に満ちた顔をしているシンクだが、前を走る馬車の様子がおかしいことに、気が付いているのだろうか。だが、今はそれよりも気になることがあった。
「あれに聖女様が乗っているの」
「ああ、そうだ。敵もまさか剣聖の馬車に、聖女が乗っていないとは思わないだろう。わざわざ着替えてもらったユウには悪いが、あれも敵を欺くための罠だという訳だ」
「聖女様は、その事を知っていたの?」
「いや、直前まで伝えてなかった。聖国の言い訳じゃないが、情報が洩れては困るからな」
「じゃあ誰が聖女様にその事を伝えた?」
「だれって、それは……」
しつこく食い下がる僕を訝し気に見ていたシンクだったが、その顔色が段々と青ざめていく。きっと僕の後ろで、申し訳なさそうに佇むアンが居ることに気が付いたからだろう。
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