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学園生活:剣聖一位

 僕は周りを見渡し、動く異形がいないかを確認する。


「少しの間ここでゆっくりしているといいよ。しばらくは安全なはずだから」

「待ってマリー教官が!」

「大丈夫だから、ね、落ち着いて」


 エリカは少年に優しく声をかけると、傷つき倒れている彼女に向かって手を掲げた。淡い光に包み込まれた教官は、しばらくすると静かに寝息を立て始めた。


「これで心配はいらないはず」

「今のは一体?」

「えとね、秘密なの。ごめんね」


 エリカは申し訳なさそうに頭を下げる。


「少しでもいいから情報が欲しい。あいつらは校舎にも現れたのかな」

「ごめん、わからない。俺は授業をサボってココで訓練していただけだ。そんな俺を見かねたマリー教官が近くに来たと思ったら、突然あいつらが現れた」

「やっぱり校舎の中に入る必要がありそうだ」

「危険だ! 校舎の中にはライラ教官もいるけど、あの数ではきっと手に負えない」

「ライラ教官?」

「マリー教官の上司だよ。模擬戦の時に審判をしていたって聞いたけど」


 ああ、そういえばそんな人もいたかもしれない。


「噂の鬼教官は?」

「ワーナー教官はいない。これからどうすれば……」

「心配いらないよ。それよりさっきの話を覚えていたら剣の里までおいで。きっと悪い事にはならないはずだから」


「校舎の中は、意外と静かだね」


 エリカの言う通り、校舎の中は不気味なほど静まり返っていた。適当に覗き込んだ教室の中は、ノートや教科書が置きっぱなしにされたままで、倒された机や椅子がいくつも転がっていた。


「避難したのかな」


 そういった矢先に聞こえてきた金属音。激しく打ち鳴らされる音が階上より聞こえてくる。階段を駆け上がった先にいたのは、逃げ遅れた生徒。そして逃げ遅れた生徒と異形の間に立ちはだかるデュークだった。

 デュークの長剣に切り裂かれた異形の断末魔が校舎に響き渡る。


「無事だったか」

「デュークこそ」

「僕の方は問題ない。寮に武器を獲りに戻ったせいで時間はかかったが、生徒の避難はアリスとライラ教官が迅速に対応してくれた。……ところで、アラタ」

「話はあと。今は生徒たちの避難が先だよ」

「あぁ、そうだな。校舎内の異形はほとんど殲滅したはずだ。湧き出てくる異形はキングと僕と対応できる。アラタとエリカさんは、講堂にいるアリスを手助けしてくれ。安全が確保できたら僕も彼女たちと共に向う」

「ねえ、デューク。僕は君の判断は間違えていないと今でも思っている。至らない部分を補う為に僕らが居る。もっと自分の考えに自信を持ってくれ。責任を感じて謝るなんて、水臭いよ」

「……わかった。色々と話したいことが山ほどあるが、今はやるべきことがある。アリスの事を頼む。彼女もきっと一人で心細いだろうから」


 デュークに見送られながら、校舎を駆ける。床より湧き出てくる異形を切り伏せ、講堂の扉をけ破る勢いで開く。

 中にいた生徒の視線が一斉に僕へと向けられた。壇上にはアリス、そしてライラ教官の姿があった。教官の鎧の胸元で光るペンダントの色には見覚えがある。魔に操られていた部長も同じものを身に着けていた。

 壇上を目掛け走る。僕の意図を一早く察知したのはライラ教官だった。教官は、アリスの視界から外れるように一歩後ろに下がり、彼女の背後へと回った。音もなく引き抜いた剣を手に、必死に走る僕を嘲笑うかのように口元を歪ませる。

 アリスは背後に迫る教官には気づいておらず、武器すら手にしていなかった。無手ならば勝てるとでも過信したのか、教官は高く掲げた剣を彼女目掛けて振り下ろした。


「間に合わなかった」

「アラタ君!?」


 壇上まであと少しの距離だった。あと数秒あれば壇上へ昇ることができたはずだった。


「ねえアラタ! ちょっと、はやく」


 立ち止まった僕は壇上を指をさした。つられるようにエリカ、そして僕を見ていた生徒の視線が、壇上へと向けられる。アリスに剣を突きつけられたまま、微動だにすることが出来ないライラ教官へと視線が注がれる。

 僕が足を止めた直後、アリスは振り下ろされた剣を見もせずに難なく躱すと、相手の武器を瞬く間に奪って見せたのだ。


「どういうことですか」


 冷酷な声が響いた。教官がどういう状況にあるのか知らないアリスからしてみれば、何故命を狙ったのか理由の一つでも聞きたいところだろう。首を刎ね飛ばすのはそのあとでも遅くない、と言わんばかりの殺気を放つ。

ああなってしまえばもはや僕の出番はない。

アリスと同様に状況が理解できない生徒達からは悲鳴があがる。ライラ教官の体から禍々しく立ち上る黒い霧。あの霧を止めるには原因を断つ以外に術はない。


「胸元の宝石を斬れ!」


 アリスの剣先はペンダントを見事にとらえ、寸断してみせた。直後、崩れ落ちる教官の体から吹き出すように黒い霧が激しく噴出された。禍々しい魔の気配にあてられた生徒達は、一人また一人とその場へ座り込んでいく。

 とぐろを巻いた黒い霧が床に叩きつけられるよりも速く、眩く発光する剣を構えたアリスが跳んだ。彼女が剣を振るうたび、異形を形成しようとする霧が霧散していく。振り払う回数を数える事、十回。時間にしてわずか数秒の間に、立ち込めていた黒い霧は切り払われていた。


「ねえ、アラタ君」

「どうかした」

「アリスちゃんって、ものすごく強い?」

「剣聖の中で言えば、中の上くらいかな。でも」

「でも?」

「僕らの自慢のリーダーだよ」


 またしても出番がなかったエリカは、呆けた顔でアリスを見ている。当の彼女は、そんなことをつゆ知らず、手を振りながら壇上から飛び降りるところだった。



 副将の周りには多くの人だかりができていた。


「先輩、大丈夫ですか」


 先程まで蔑む目をしていた後輩が心配する様に話しかけている。


「憑き女ですよ」

「……え?」

「私、聞きました。先輩は憑き女に憑かれていたせいで、言動がおかしかったと。剣聖の方たちが言っていました」

「剣聖……?」

「そうです、剣聖ですよ。あの転校生、4人全員が剣聖だったらしいです」

「勝負に負けたからって女性を傷つけるなんて先輩らしくないし、その時から私はおかしいなと思っていました」

「そうですよ。あの先輩が人の見た目で、悪口をいうなんて信じていませんから」


 意図しない擁護に、副将は口を開けたまま周りの話に耳をかたむけた。不思議なことに自分の都合のいいように話がつくりかえられている気がする。記憶を思い返すと、いかがわしい部の部長に話しかけられたことまでは覚えている。ただし、それ以降の記憶は靄がかかったように曖昧で思い出すことが出来ない。


「よくわからないけど、心配をかけたみたいだね。俺はもう大丈夫だよ。ところで、誰か何か羽織るものをくれないかな。その、全裸のままでは恥ずかしくて……ところでこのバラの花束はなんだい」


 生まれたままの姿で狼狽える副将の視界に、見覚えのある4人の姿があった。彼らは僕に向かって一礼すると校門へと歩き始めた。


「楽しかった学校生活も、これでお別れね」

「私もまあまあ楽しめたよ。委員長、難しい顔をしてどうしたのかな」

「何度も言わせるな。僕は委員長じゃない。まあ楽しかったのは事実だ。だけど……」

「だけど?」

「本来の役割を見失うところだった。取り返しのつかないことにならずに良かった」

「だそうだ、アラタ。デュークが責任を感じているみたいだけど何か言ってあげたらどうだい」

「背中が痛い」


 瓦礫に叩きつけられた痛みはまだ引かず、時折響く鈍痛につい顔をしかめてしまう。


「それはアラタ君の自業自得だと思う」


 その通りなので返す言葉もない。


「背中? 怪我でもしたの」


 アリスは心配そうに僕を見た。


「ねえ、聞いてよアリスちゃん。アラタ君ったら、すっごい馬鹿な事したの」


 エリカは身振り手振りを交え、興奮気味に話し始める。一人で行動していた僕に興味があるのか三人共エリカの話に耳を傾けていた。


「アラタ、あとで君にも色々と聞かせてもらうよ。今日はおいしいお酒が飲めそうじゃないか」


 心底楽しそうなキングの声が聞こえた気がしたが、きっと空耳だろう。面倒なことになる前に、ナインに付き合って外泊するのもいいかもしれない。

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