学園生活:産声
副将の人気がガタ落ちしてから数日後、アリスを嘲笑した副将が消えたという話が学園に広まった。
「どう見る」
「僕たちが学園を訪れてから、行方不明者は報告されていなかったよね。だけど」
「ここに来て新しい犠牲者が現れたという訳だ。さてアリス。私達はどうするべきだい」
僕たちの視線を受け止めたアリスは、少し眼を閉じて考えた後、ゆっくりと目を開いた。
「今日の放課後から本格的に魔の存在を探し始めましょう」
「それが、いいだろう。僕の方でも情報を集める」
「私の方も了解だ」
「……アラタ?」
返事をしない僕に、三人の視線が集まった。
「まさか、聞いていなかったわけじゃないだろう」
「放課後を待たず、今からでも探した方がいいと思う」
「アラタ、目立つ行為は慎むべきだと言っただろう。それと剣の携帯は学園内では、ご法度だ。キングの武器とは違って、僕たちの武器はそのまま持って歩くには目立ちすぎる。放課後ならば布か何かで覆えば、適当な理由をつけて誤魔化すことも出来るだろう」
デュークはそう言うと、腰にぶら下げていた聖剣を取り上げた。さらに黒檀の杖にも手を伸ばそうとしたので、そこは拒否しておいた。
「まあいい。これは、部屋に戻しておくぞ」
「急く気持ちはわかる。だけど、ここで焦りは禁物だよ、アラタ」
三人は僕の考えに同意はできないようだった。
「剣聖より生徒の方が板についてきた感じ?」
「馬鹿な事を言うな。迂闊な真似は出来ないと言っている」
これからの方向性が決まったところで、タイミングよく予鈴のチャイムが響いた。
「じゃあ、僕たちは教室に戻るよ」
「放課後になったら、ここに集まるとしようか」
二人は、予鈴急かされるように、教室へと戻っていく。
「さあ、私達も戻ろう……アラタ? どこにいったの?」
僕はアリスに感づかれる前に、その場から離れることにした。
「ねえ、アリスちゃんの事、放っておいていいの」
「それよりもやらなきゃいけないことがあるからね」
行方不明となった副将は、魔に攫われたとみて間違いないだろう。他にも行方不明となった生徒達は、彼と同様に学園内で消えるようにいなくなってしまったという話だ。
一人で居るところを狙われたのか。いや、それよりも心の在り方が問題だったのだろう。魔が好むのは、失望、絶望、妬み、嫉みなどの負の感情。
副将はアリスに一矢報いたつもりだったが、品のない誹謗をしたせいで、逆に自分を窮地においやることになった。周りから拒絶された彼の心はきっとズタボロだったに違いない。その隙を魔に狙われたと考えるのが自然だ。
学園生活を送るようになってから一つ分かったことがある。多くの人の感情が混在する学園は魔にとって都合が良いということに。自分が知る限り、これほどまでに負の感情が渦巻く場所はそうそうない。
魔がここを狙った理由はわかった。残る問題はどこで、どう攫うかだ。
今は授業中だが仕方がないと割り切ることにする。人の目を気にせずに、探せるのは今しかない。単独行動をするとアリスとデュークに怒られるが、考えるのは後回しにしよう。
「一人で平気なの?」
「エリカが一緒にいてくれるからね。平気だよ」
顔を赤くするエリカと共に、以前から気になっていた場所へと急ぐ。放課後や昼休み。時間の合間を見つけては、くまなく学園の中を歩き回っていたおかげで、一応怪しいところには目星をつけることができていた。
「心霊クラブの部室にいくのかな」
いつも一緒にいるだけあって僕の考えを見抜く彼女の存在が有難かった。
古びた木造の扉を開けると、部屋中の至る所に置かれた古臭い書物からかびの臭いが漂ってくる。窓から入り込む太陽の光が、床に描かれた魔方陣を照らす。部長は心霊クラブに相応しい部室だと言っていたが、実は最近できた部である事がデュークの情報で分かった。
そして部長がこの部屋に持ち込んだのは、役に立たない古い書物のみ。床に描かれた魔方陣に関しては、一切触れたことがないという話だ。魔方陣の中でも一際大きく描かれた魔方陣の中心に立つと、赤く煌めく光が立ち昇り、僕の体を床の中へと引きずり込んでいった。
赤い光に引きずり込まれた先には大きな空間が広がっていた。その空間の中心には、一人で佇む心霊クラブの部長の姿があった。円の形をした部屋の壁を埋め尽くす煉瓦。そして壁の一部には牢屋が設置されている。
檻の中には多くの人が倒れている。そしてアリスを馬鹿にした副将の姿もあった。
「ようこそ」
聞きなれた部長の声とは別人の声が聞こえた。
「私の誘いに乗るとは思っていたが、一人とはな」
重々しく地の底から響いてくるような声。部長は僕の姿を見るとため息をついた。
「それにしても、なめられているのかな私は」
カツカツと革靴をならしながら、僕の方へと歩いてくる。
「剣聖とはいえ聖剣、いや剣も持たず私の元へ現れるとは」
「剣は没収されたのでありませんよ。先輩」
ふふっと笑いながら部長は前髪を掻き揚げた。
「なら没収してくれた、その人には感謝をしないとね」
部長は、無防備な僕を襲おうともせず、落ち着いた態度でじっくりと見定めていた。
「持っているのは杖一つだけだというのに、迂闊に近寄ってはいけないと思うのはなぜだろうね。そうだな、きっと君の目のせいだ」
僕をじっと見つめる部長の目に不快感を覚える。見定めているような、値踏みをしているかのような目で僕から視線を外そうとしない
「機会があれば自分の友人に聞いてみるといい。今、自分がどういう目をしているのかを。君は飄々としているように見えるが、虎視眈々と狙いを定めているようにも見える。どう足掻いても勝ち目はないというのに。まさかとは思うが、聖剣の力も借りず、私を倒せるとは思っていないだろうね」
彼女はすっと目を細め、首を横にふった。
「……何もしゃべってくれないようだね。君は」
急激に膨れ上がる敵意。平然としている僕の態度が気に食わない彼女は、不愉快だと言い切った。
「せめて悲鳴でも聞かせておくれ」
部長の体が宙に舞ったと同時に、僕の体は目に見えない何かに押され、体が後方へと吹き飛ばされた。背中に走る衝撃にめまいを覚えたが、追撃を逃れるため転がる様に横へと飛んだ。
砕け散った床の破片が宙へと舞い上がる。こぶし大程の石だが、彼女の見えない力によって押し出された礫は、煉瓦の壁をいとも簡単に破壊していく。飛び交う石は壁に無数の穴をあけていた。
「この程度では埒が明かない様だな」
放たれた礫を全てよけられたのが気に食わなかったのか。舌打ちをした部長は胸元にあるペンダントの鎖を無理矢理引きちぎった。投げ捨てられた赤黒く光る宝石が床を転がると同時に、部長の体から湧き上がる黒い霧。魔の傀儡となっていた部長の身体は、その場に倒れこんだ。
視界を覆っていた霧は、意思を持っているかのように上空でとぐろを巻いた後、床へとたたきつけられた。
この世に誕生したばかりの異形は、生まれたばかりの赤子のように産声を高々とあげた。




