学園生活:訓練場で
僕達をじっと見つめる視線に、アリスは気が付いていない。この程度での剣戟であれば問題ないだろうという彼女の目論見は外れ、感嘆の声が周りからこぼれ始めている。
このままでは非常に不味い。下目立たないようにと言い出したのはアリスである。
……この子はどういうつもりなのかな。
抗議するつもりで連撃を放つと、彼女は三連撃で返してくる。こうなってしまっては、やられたからやり返すという子供の喧嘩でしかない。止むことのない剣の応酬が次第に熱を帯び始める。
「そこまで!」
という大声でようやく僕とアリスは我に返ることができた。教官は手を止めていた生徒たちを睨む。
「どうして手を止めている?」
有無をいわさぬ迫力に生徒たちは再び剣を振り始めた。その様子を見届けていた教官は咳払いを一つして、僕たちの方へと向き直った。
「君たちは転入生だったね」
「そうです」
「前のクラスにも転入生がいたが、君たちと同じように、いや、技術でいえば君たちの方がわずかに上か。ともかく、眼を疑いたくなるほどの技の応酬だった」
――もしかして、やりすぎた?
――もしかしなくてもやりすぎだ。
幼馴染という事もあり、わざわざ声に出さずとも言いたいことがなんとなくわかるし、伝えることが出来る。と思っていたがどうやら僕の思い違いだったようだ。
「君たちは、将来のことを考えているかな」
「どういう意味でしょうか」
「君たちほどの実力があれば聖騎士に推薦する事も惜しくはない」
物静かに喋る教官だったが、言葉の一つ一つに熱が籠っていた。
「君たちのような若くして才能に溢れた剣を見ていると胸が熱くなる。こうでなければ教官になった意味がないからな」
その時、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。教官は次の授業の準備があるらしく、名残惜しそうにしながら僕たちから離れていった。
「ねえ、二人ともすごいよ」
教官が立ち去った後、僕とアリスを囲うクラスメイトの輪が出来ていた。
「あの鬼教官が、あそこまで褒めるなんてあり得ないよ」
「聖騎士候補と言われている上級生を見ていても、声をかけないことの方が多いのに」
興奮するクラスメイトの話を統括すると、ワーナー教官の授業は厳しい事で有名らしい。そして人を褒めることを一切してこなかった教官が一生徒を勧誘をするなんて信じられない、とのことだった。
目立たずに学園生活を送るという僕たちの目論見は見事に外れることになってしまった。
僕とアリスは周りを取り囲むクラスメイトから逃げるようにして立ち去った。ようやくたどり着いた教室の前には見慣れた二人の姿と、見慣れない一人の女性が僕達の帰りを待っていた。
「確か、貴方は新聞部の子だったね」
デュークの問いかけに眼鏡をかけた女性は力強く頷いた。
「私達、気になる情報を手に入れたのです。それは貴方達四人が剣聖ではないかという情報を」
「その話は誰から聞いた」
突然、語気を強めたデュークに女生徒は戸惑いながら視線をキングに向けた。
「君は何を考えている」
「失礼だな、私は何も言っていないよ」
「いえ、お二方が授業で噂になっていると聞いたもので……」
僕たちは思わず互いに顔を見合わせた。
「あの教官は歴戦の剣士と呼ばれるほどの実力者で、若手の指導にも力を入れています。そのせいもあって素質とか才能を見抜く目を持ち合わせています。剣術の授業が終わった後、教官に話を聞いてみたら貴方達二人、キングさんとデュークさんの事をべた褒めでした。聖騎士に推薦したいとも話していましたし、あれほどの腕前なら上級生でも相手にならないだろうと。そこで、良ければその卓越した剣をどこで学んだのか、詳しいお話をきかせてもらえればと思い参上したわけです」
「悪いけど、他を当たってもらえるか……ってどういうつもりだ、君たちは!」
僕とキングが走り出したタイミングは、ほぼ同じだった。
「さすが逃げ足は速いね」
褒めているのか、けなしているのかわからない事を言いながら隣を走るキング。君も同じだろうと突っ込むのは野暮なのでやめておこう。
振り返ると、逃げ遅れたアリスがデュークに捕まっている。恐らく、僕とキングのようにデュークに任せておくつもりだったのだろうが、運が悪いことにアリスの位置はデュークの手が届く範囲だった。
「彼女も相変わらずだね」
笑いをこらえるキングの言いたいことはなんとなく伝わった。
キングと別れ、学園の中を見て回っていると、訓練場で剣を振るう生徒達の姿を見つけた。クラスメイトとは違い、その場にいる誰もが懸命に修練を積んでいる。模擬剣を懸命に振る姿が、幼いころの自分と重なり懐かしく思えてきた。
「いい腕をしているだろう」
いつの間にか僕の隣に来ていた彼女は学園の中だというのに鎧を着こんでいた。
「ああ、鎧を着ているのは彼らの訓練の為だよ」
僕の疑問を見透かしたように彼女は答えた。鎧の胸元にある赤黒い宝石が光を浴びて、きらりと輝いた。
「学園内を鎧姿でうろつく変質者と間違われては困るからな」
苦笑いを浮かべる彼女。
「私はこれでも聖騎士なんだ」
そういいながらどこか誇らしげに微笑んでみせた。
「もしや……。なるほど、君が噂の転校生か」
「噂になるようなことをした覚えはありませんが」
「この学園で剣を学ぶ者たちにとって、あの鬼教官からお褒めの言葉を頂けるのは、名誉な事だよ。しかし、知っているかもしれないが真摯な気持ちで剣を学ぼうとするのは一握りの生徒しかいない。やる気のない生徒を相手にしなければならない鬼教官のストレスは相当溜まっていただろうね。そんな中、突如現れた転校生。彼らは類まれなる剣の才能を秘めていて、鬼教官の目に留まることとなった。噂にならないほうが不思議だろう」
「そういうものでしょうか」
「ふふ、謙遜しなくてもいいよ。ところで今、訓練しているのは私が手塩にかけて育てた剣士たちだ。この中で君のお眼鏡にかなうものはいるのかな」
彼女のいう手塩に育てた剣士というのは恐らく、こちらを意識しながら剣を振るう彼らのことなのだろう。彼らは随分と優遇されているようで、訓練場のスペースを広く使っている。その片隅で窮屈そうに剣を振るう人たちを見向きもせずに。
その中で僕が気になったのは黙々と剣を振るう一人の生徒だった。
「ああ、彼も真面目に練習をしてはいるが、いささか才能というものが足りていなくてね。……ふふ、まあ好きに見学してくれたまえ」
彼女はどこか落胆していたようにも見えたが、特に気に留める必要はない。好きにと言われたので、その言葉通りに僕は男の子の傍まで近寄ることにした。




