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剣聖テンプテーション:姿を変えても殺意は衰えず

「なんで魅了されているんですか!?」

「ねえ、ナインって本当に馬鹿なの!? 剣聖のくせに魔の技に屈するとか信じられない」

「やかましい! どいつもこいつも俺よりランクがしたの癖に頭が高い!」


 ナインはズボンのポケットから取り出した投げナイフを再び放つ。


「大丈夫ですか? 魅了されたせいで戦い方まで忘れましたか?」

「習ったでしょ。剣聖の戦いは、個で数を圧倒するのではなく、数をもって個を制すって」


 放たれたナイフを難なく躱した双子がナインに迫る


「私達はナインよりランクは低いけど、二体一で勝てると思ってる?」

「はっ! 上等だ! アラタ、お前もこいや。まとめて相手してやるぜ」


 ナインは余裕たっぷりといった様子で、手の中でナイフを遊ばせていた。


「惚れたの?」

「何?」

「その子に惚れたの?」


 ナインに寄り添うように立つ華奢な彼女は、僕より年下だろうか。


「いや、惚れたというか。こういうことって改めて口に出すのは恥ずかしいな」

「でも、前は胸が大きい女性が好きだと言ってなかった」

「ちょっとアラタ君。いきなりそんなことをいう君の事が、お姉さんはわからなくなったよ」

「いえ、以前に好みの女性について話した時、ナインは豊満な女性が好きだと言っていたので」

「だとしても、そんな真面目な顔して言うなよ。姉妹がドン引きしてるぞ」


 訝し気な目で見る双子よりも、顔を真っ赤にしているエリカの方が気になって仕方がない。こういう話は彼女の前ではあまりしない方がいいのだろうか。


「まあ、俺もようやくお前側の人間になれたからな。お子様みたいに見損なったりしないぜ」


 鼻を掻き、わかっているぜみたいな顔をしているナインを無性に殴りたくなってきた。


「と、とりあえずアラタ、貴方はそちらの彼女をお願いしますね!」

「こっちの馬鹿は私達が目を覚まさせてあげるから」


 ナインはベッドから飛び跳ねると、双子をひきつけるように僕と距離をとった。淫靡な眼差しをした彼女は、舌なめずりをしながら取り残された僕を見つめている。


「貴方。いい子ね。あの子たちみたいに殴りかかってくる様子もないし」

「あの、とりあえず服着てもらっていいかな?」


 エリカは立ちふさがる様に僕の前に立つと、床に脱ぎっぱなしになっていた服を女性に向かって投げつけた。


「あら、貴方は彼の彼女なのかしら」

 彼女は見た目の幼さの割に、艶のある声をしている。艶めかしい眼差しをこちらに向けたまま、慌てる素振りも見せることなくじっと佇んでいた。


「とても可愛い顔をしていますね」


 彼女は微笑むと両手を広げ、抱き着くように僕に近づいてくる。しかし彼女を遮る様にエリカが一歩前に出た。


「そんな姿のままで、アラタ君になにかようかしら」

「ええ? お姉さんだって、良い身体をしているじゃない」

「その前に、教育上よくないものを仕舞えと言っているの」


 エリカは珍しく声を荒げ、彼女に詰め寄っている。


「ねえ、こんな怒りっぽい人より私みたいな女性の方が貴方に似合うと思わない?」

「な、なんなのこの子!」


 年下にいいように手玉に取られるエリカ。ムキになればなるほど、いいようにあしらわれるエリカは先ほどルリとアサギが言っていた大人の女性のイメージからは程遠いように思えてくる。先程からちらちらと感じる視線に目を向けると、不安げな顔をしているナインと目が合った。


「何よ、アラタの方ばかり見て、私達なんか相手にならないってこと」

「先ほどからやる気のないナイフ捌き。完全に舐めていますね」

「違うってば、ちょっと待てって! なあアラタ一応聞くけど、万一俺がこの二人に傷でもつけたらどうする?」

「試してみたら?」

「その問い掛けが怖えよ! 絶対あれだ、本気でやられるやつだ」

「剣聖だからって、馴れ合うのは好きじゃないからね」

「ですよね!」


 いきなり頭を抱えだしたナイン。姉妹はどうすればいいのか悩み、互いに顔を見合わせていた。

 ポンっと何かがはじける音が聞こえる。その直後、辺りには鼻をつく香りが漂い始める。香りの発生源は淫靡な彼女が手にした小瓶からだった。


「ちょっと……体の調子がおかしいです」

「頭が、痛い」


 魔に対して敏感である姉妹にとって、濃密に漂う魔の気配を近距離で嗅ぐことは致命的らしい。姉妹は、ふらふらと膝をつくと苦しそうに呼吸している。


「今なら、貴方達も魅了できるかしら」


 一瞬霧散したかのように見えた彼女の体は、次の瞬間には見違えるほどの美男子に姿を変えていた。容姿端麗。整った顔立ちをしている彼は同性から見ても魅力的に感じる格好をしていた。


「お、おまえ、何だそれ」


 だがナインの反応は違っていた。


「ん? 俺は相手の欲望にあわせて忠実に姿を変えることが出来る性魔だ。この姿になったのも大半の女性は、こういう姿を好むらしくてな」

「ふざけんな!」


 ナインが放った投げナイフは、彼が手にしていた小瓶を貫いた。微かな光を放った刃は、小瓶を瞬く間に粉砕すると辺りに漂っていた魔の気配が取り払われていく。


「おまえ、人の心を弄びやがって。女じゃなかったのかよ!」

「ああ、私が憑りついているこの子は女だよ。私の力で性別が変化しているだけで、取り払うことができれば、元に戻るが」

「アラタ!」


 僕はナインの掛け声に合わせ、駆ける。黒檀の杖で軽く性魔の体を小突くと、少女の体を纏っていた黒い霧が弾かれるように飛び出した。性魔から解放された少女の身体はその場へ倒れこむ。

 黒い霧となって漂う性魔は、投げられた二本のナイフを避け、僕が振り下ろした剣も難なく躱していた。


「やっぱ、使いにくいな」


 扱いを熟知したとはいえない聖剣をちらりと見る。


「溶かして違う武器にでも変えてしまおうか」

「ねえ、アラタ君。そんな事を言われると、なんだか私が役立たずって言われているように聞こえる」

「そんなことはないよ」

「棒読みなのが、更に気になる」


 落ち込むエリカの頭を撫でて慰めていると、性魔は一人高笑いをあげた。


「まったく流石剣聖というべきか、攻撃に躊躇がないね。ただ人というのは見た目によって感情を左右されるらしい。ならば、こういう姿はどうだろうか」


 男の体が再び霧散する。すると年端もいかない少女の姿がそこにあった。


「ねえお兄ちゃん、お姉ちゃん。私の事を殺さないで」


 胸の前で手を組み、哀願する少女の姿。ナイン、そしてアサギとルリは、その姿に少なからず心を打たれているように見える。涙を目に溜め、瞳を潤ませている少女。庇護欲を抱かせる雰囲気に飲まれてしまったのか。誰一人として武器を構えない。


「ねえ、お兄ちゃんもお願い」


 華奢な体をした少女が僕の前に立ちはだかる。剥き出しになっている首に僕は剣を振り下ろした。

お昼のお供としてお楽しみ頂けたでしょうか。

ご覧頂きありがとうございました。



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