剣聖テンプテーション:期待を裏切る男
「ルリ、気が付いているよね」
「かなり匂っていたし、当然でしょ」
憑き女の原因となる魔の存在。悪臭と言っていいほどの臭いが、ナインに纏わりついていたと姉妹は言った。姉妹が持つ力。それは魔の存在を敏感に察知することができ、剣聖の中でも追随を許さない。
剣聖は魔に対抗するべく鍛錬と研鑽を重ねてきた。鍛錬の過程で常人では気が付くことができない魔の存在に対し、感覚が鋭敏に研ぎ澄まされていく。しかし姉妹に限っては鍛錬の前から正確に存在を察知することが出来た。それに加え、剣聖としての鍛錬を積むことにより力をより向上させていた。
「ナイン、なんだかんだ言ってすごいですね」
「少し見直したかも」
二人は揃って、賞賛の言葉を口にする。ナインが聞いていたら、熱があるのかとか余計なことを言いそうな気がする。
「あれだけ濃密な魔の気配を持つ者と単独で接触するだなんて。命を懸けてますね」
「私達だって剣聖だもん。負けていられないよね」
本当にそうなのか。やけに感動している純真な彼女たちを前に、僕はあえて何も口にしない。その意図を組んでくれたエリカは僕の方を一回ちらりと見ただけで何も言おうとはしなかった。
先程別れたナインの顔を思い浮かべてみたが、アイツの顔はどこからどう見ても煩悩に塗れていただけだ。
「これからナインを尾行するよ、アラタも付き合ってよね」
勘弁してくれ。
ナインの向かった先は、先程と同じ裏路地にある娼館が立ち並ぶ通りだった。先程よりも人通りの数は増え、そこで屯する連中は僕たちの様子を興味深げに見ていた。
「兄ちゃん、そんなに相手をするなら、おすすめのものがあるよ」
「もしかして、背後にいるのは憑き女かい? その年で、随分とマニアックだね」
泣きたくなってきた。これも尾行するならば、周りに溶け込む必要があると言い出した二人のせいだ。
彼女たちは僕の腕をとり、不自然なほど体を近づけた状態のまま寄り添うように歩いている。それに加え、なぜか対抗心を燃やしたエリカは僕の背後から抱きしめていた。
「あら、貴方随分とモテるのね」
「よかったら私も混ぜてもらえないかしら」
そんな好奇な視線とからかう言葉に耐えながら、僕たちはナインの足取りを追い続けた。ルリとアサギを頼り、たどり着いたのは一軒の古びたホテルだった。
ホテルの中は、ピンクの灯りが灯され、時折男女の声が聞こえてくる。
「アラタ君。私この状況がとてつもなく恥ずかしくなってきたよ」
「奇遇だね、僕もだよ」
「もう、しっかりしてください二人とも」
「ただホテルに入っただけじゃない」
平然としている姉妹。ここがどういう場所なのか教えるべきかと一瞬考えてしまったが、とりあえず今は黙っておこう。
「ねえ、ここみたい」
ルリが小声で指さしたのはホテルの最上階にある一室だった。
「じゃあ、行きますよ」
アサギとルリは勢いよく扉を開けると、部屋の中へ飛び込んだ。最上階という事もあり部屋の中は広々としていた。内装や置かれている調度品は随分と立派なもので、そんな贅をこらした部屋で待ち構えていたのはベッドに横たわるナインだった。そして彼に跨った姿勢で硬直するのは半裸の女性。
「こ、こ、こんなところで、な、なにしてんだ!」
予期せぬ来客に狼狽えるナイン。そして想定外の事に硬直しているルリとアサギ。幼い姉妹は両手で顔を隠し、指の隙間からナインたちを凝視していた。
「それは、こっちのセリフです。馬鹿なんじゃないんですか!」
「あんた魔人に跨られて、何しているのよ!」
「え、あ、魔人って何の話」
僕は黙ったままナインに跨る女性を指さした。ナインの目が僕達と女性の間を数回行き来したあと。
「助けてくれ!」
情けない声で叫びだした。
女性はナインに跨ったまま、彼の顔を鷲掴みにすると目を赤く輝かせた。
「魅了!」
「残念、剣聖にそんな技は通用しないよ!」
双子は腰に差していたメイスを引き抜き、濃密な魔を纏う女性に殴りかかったが、突如飛んできたナイフによって行く手を阻まれてしまった。
「ナイン。こちらに剣を向けるとはどういう事ですか」
「ねえ、あんた。もしかして」
女性を押しのけ、ベッドから体をゆっくりと起こしたナイン。彼の目は、彼女と同じように赤い光を放っていた。




