魔竜討伐:両断
女に切りかかったエイトの刃は突如現れた鎧に阻まれた。女を護衛するかの様に両脇に立つ全身鎧。肘、膝など、鎧の隙間からは黒い靄が噴出していた。
「女性に対して乱暴じゃない。そんなんじゃモテないわよ。それと竜の坊や。約束が違うじゃないか。餌を与えていれば、ずっと手伝ってくれるはずだろ」
「でもルサールカは僕をここに閉じ込めたじゃないか。鎖で縛るなんて聞いてないよ」
「その翼を切り落とされないだけましだろう」
「この鬼婆!」
「なんですって!」
あまりにも辛辣な言葉に腹を立てた竜の一声にすかさず反応するルサールカ。
「仲間が増えたからッていい気になるんじゃないよ!」
「ふん! ここにいるお兄ちゃん達は剣聖なんだよ! 鬼婆がかなうわけないじゃないか」
「剣聖!?」
ルサールカの目に警戒が宿る。油断するべきではないと判断したのか、腰に差していた剣に手を伸ばした。
「剣聖か。なるほどね……。ところでアンタの後ろにいるものは一体何? 見たところ私達の仲間に見えるけど」
「貴方達みたいなものと一緒にしないでもらえます」
エリカの言葉にルサールカは一瞬眉を潜めた。
「どいつもこいつも、まあいいわ。連れ帰って調べ尽くしてあげる」
一度瞼をとじ、再び目を開いたルサールカの目が赤く輝きだす。
「私の目は特別でね。私に見惚れた者を意のままに操ることが出来る。こんな風にさ!」
両目は目が眩むほどの光を放ち、僕達を包み込んだ。
「さあ、同士討ちをはじめなさいな!」
威勢のいい声で命令を下すルサールカだったが、その声に誰一人として反応することはなかった。
「何してんだい! さっさと殺しあえ!」
先程よりも大きな声で、僕達を怒鳴りつけたが、それでも誰一人と動かない。このなんともいえない空気の中、僕たちは目を合わす。その誰もが伝えてあげるべきじゃないかという顔をしている。
「効きません」
「何?」
「剣聖は魔に対して、あらゆる対抗手段を身に着ける。それは魅了など精神攻撃も含まれます。武器などの物理的な手段ならともかく、そういった類の技は僕達には通用しない」
「僕もなんともないよ!」
「……え?」
絶句している彼女に畳みかけるように竜は嬉々として喋りだした。
「お姉ちゃんの言ったとおりだね。僕、子供だけど大した敵には後れをとることはないって。つまりルサールカは大したことないんだ」
「え、あたし大したことないなんて言ったっけ?」
はしゃぐ竜を見ていたルサールカは、顔を伏せ、肩を震わせている。見る限り、色々と限界が近いようだ。
「アンタ達、言うじゃないか。だったら小細工はなしだ。そいつの言う通り、私は魔を操れる。こんな風にさ!」
地面から湧き出すように次々と現れる異数は瞬く間に僕達を取り囲み、全身鎧で身を守る異形を筆頭に襲い掛かってきた。
「済まないが、アンタ達の相手はこいつ等よ」
「痛い!痛いよ!」
わらわらと群がる異形に竜は泣きながら、逃げ惑う。壁に追い詰められる寸前、竜と異形の間に割って入る影があった。異形をすれ違う瞬間、手にした双剣を操り一刀で切り伏せたのはケイトだった。
「背中、借りるからね」
「お姉ちゃん、ありがとう」
「まだまだ来るってば。泣いてばかりいないで、貴方も戦うの! ほら来た。尻尾ではたけ!」
「えーと、こうかな!」
ケイトに言われるまま、竜はその場で回転する様に尻尾を振り回した。囲っていた異形たちは、一体残らず薙ぎ払われ、吹き飛ばされ、壁へとたたきつけられ、霧散していく。
「やるじゃない。どんどん行くからね!」
「うん!」
竜を乗りこなしたケイトは、異形の群れへと切り込んでいく。その後ろをサイスがフォローしながら、異形を蹴散らしていく。
「はん、あの程度の異形ならいくらでも呼び出せる。とりあえず坊やは私の相手をしてもらおうか」
剣を抜き、切りかかってきたルサールカの一撃を、手にした聖剣で弾き返す。厚みのある両刃の聖剣はそれなりの重さがあった。
「流石剣聖だね。そこまで簡単に弾き返されると、自信がなくなりそうよ」
打ち合う事、十数回。攻め切れないと踏んだ彼女は互いの間合いから一歩退いた。
「でも、アンタの弱点はそこよ!」
剣の軌道から察するに狙いは僕ではなく、背後にいるエリカだった。エリカに迫る刃を剣で弾き、攻撃を反らす。ルサールカの攻撃はエリカに届くことはなかった。
「後ろの女のせいで思うように手が出せないみたいだね」
苛立ちを覚えたエリカは手をルサールカへとかざそうとするが、僕はその手を途中で掴むと首を横に振った。意図が伝わったのか、彼女は何も言わず手を下げてくれた。爆散する剣をここで放てば、洞窟で生き埋めという悲惨な未来しか見えないので我慢してもらいたい。
「全力が出せないって言うのは不憫だね。だけど私は遠慮なく、そこをつかせてもらおうかね」
「多分だけど、あなたの剣は当たらないと思うよ。だって彼女は幽霊だから」
「なら何で守るのさ」
「なんとなく。当たらないとわかっていても剣が通り抜けるのは見ていて気分が悪いから」
「ねえアラタ君、戦っている時、お姉ちゃんは姿を隠していてもいいのだけれど」
「いや。エリカに見ていてもらった方が心強いかな、……なんとなくだけど」
そんな僕たちのやりとりを見ていたルサールカは不気味に笑い出した
「……いちゃつきながら私の相手をするなんて余裕じゃないかぁ!!」
力任せに振るわれる刃が段々と激しさとを増していく。時折、いちゃつきやがってと聞こえる怨嗟の声が特に不気味だった。
「……アラタ」
出現した異形をあらかた片付けたのだろうか、サイスとケイト、そして竜は僕達の戦いを見届けている。
「……小難しい事は考えなくていい、ぶん回せ」
流石は両手武器の使い手といった所だろうか、ルサールカとの立ち合いを見ただけで僕が何を考えているのか手に取る様にわかるらしい。ならばアドバイスに従う事にしよう。
高く響く金属音。全力で降りぬいた一撃をルサールカは忌々し気に睨みつけていた。武器の遠心力を利用し、回転しながらも斬撃を放つ。一度ではなく、二度、三度。相手に防がれようが、止めることなく、何度でも。相手の身体に刃が届かなくても構うことなく、防御する刃の上から斬撃を重ねていく。
ルサールカの顔に焦りが見え始める頃には、エリカを狙う余裕などはなく防御に徹するしかなかった。重量を兼ね備えた両手剣と細身の長剣のぶつかり合いでは、勝負の行方は見えている。相手は止むことのない剣戟に策を講じることも出来ず、勝負の終わりは呆気なく迎えることになった。
ついに聖剣の重量に耐えきれなくなった長剣は砕け、武器ごと両断されたルサールカは断末魔をあげることなく崩れ落ちた。それと同時に躯は砂のようにさらさら崩れ落ちていった。
「……お疲れ。アラタ」
「サイスのおかげだよ」
「うむ、終わったようだな。武器の特徴を生かしたアラタの勝ちだ」
刀を鞘に納めたエイトの後ろには、両断された全身鎧の残骸が転がっていた。
「相変わらずマジで半端ないよね」
「斬鉄剣! お兄ちゃんすごいね真っ二つだよ」
「何、この程度ならば自慢するほどではない。それにケイトもなかなか凛々しかったぞ。竜に跨った剣聖など聞いた事もないからな」
「それって褒めてる? それともバカにしてる?」
「ええー僕は楽しかったよ。ケイトまた遊んでね」
「……その時は僕も混ぜて」
「うん? よくわからないけど暗いお兄ちゃんも一緒に遊ぼうね」
大きな翼を広げ、彼方へと飛び去った竜を見送り、洞窟の入り口まで戻る頃には空は夕焼けに染まり始めていた。
「ところで今晩の宿は決まっている?」
「いや、まだだがどうかしたか」
「まだ決まってないならちょうどいいかな、ある宿を見つけてね」
そこで起きた一連の出来事を皆に説明した。
「……なるほどね、そこを剣聖の拠点にしてもいいかもしれないね」
「アタシも皆に声をかけてみるよ、皆と一緒の方が楽しそうだし」
「俺は酒場に報告してから、宿へと行こう」
「……竜を退治しなかったから懸賞金はないよね」
「致し方あるまい。竜も原因の一因ではあったが、一緒に戦ってくれた仲だ。命を獲る訳にはいかないだろう。酒場の方にはひとまず撃退したとだけ伝えておこう」
「……ルサールカ、彼女は一体なにもの?」
「街の混乱を引き起こした原因って見て良いよね。もう少し、話聞ければよかったけど、アラタ君が切り捨てちゃったからねー」
意味ありげな眼差しを向けてくるケイトだったが、僕を非難しているつもりはなさそうだった。
「戦いとは命のやりとりだ。加減などしていたらいつか痛い目にあうぞ」
「わ、わかってるってば」
ケイトの冗談をエイトが真面目に返す。里での見慣れた光景に僕とサイスはついつい笑ってしまった。
ムキになるケイトをサイスがフォローし、一向にひかないエイトを僕が嗜める。そんなやりとりを交わしながら僕たちは街へと戻った。
ご覧いただきありがとうございました。
この後もう一話更新する予定です。(短いですが




