魔竜討伐:悪霊エリカ1
「さっきから走りっぱなしだけど疲れないの?」
「疲れないよ。私も良くわからないけど幽霊って疲れないのかな」
自分の事なのに他人事のように聞いてくるエリカは何故か楽しそうだ。
まだ夜も明けていないうちに、山道を全速力で駆け抜けているのには理由があった。幽霊は疲れたらどうなるのか。ふと、そんな疑問が頭を過った僕は、エリカと走ってみることにした。
最初はほんの悪戯心だったが、顔色一つ変えずについてくるエリカを試そうと走る速度を段々と上げてしまった結果、全速力で走らねばならなくなってしまった。
「長い間ずっと閉じこもっていたから、こうして外を走るのも久しぶりだな」
正直、走るというよりも宙を浮いているようにしか見えない。
「おかげでアラタと旅をする事が出来て楽しいよ。それで街に着いたらどこにいくの」
「教会です」
「さっきの元山賊達も言っていたね。まさかお姉さんのこと除霊しようとか考えていたりして」
快活に笑うエリカだったが、ぴくりとも笑わない僕を見ると段々と不安げな表情になっていく。
「ねえ、冗談だよね。アラタ君、なんで無言なの。ねえってば!」
僕は勘違いしている彼女を無視しながら、転がるような勢いで坂道を駆け抜けた。ここで余計なことを喋れば転がる自信が十二分にあった。
ようやくたどり着いた街は早朝のせいもあって行き交う人の数は、まばらだった。
「まだあんなに若いのに」
「それに可愛らしい子よ」
「もう、あんなに色濃く出ているなんて」
「もう手遅れよ」
清々しい朝の空気とは裏腹に、僕を見る街の人たちは陰鬱な顔をしていた。
「ねえアラタ君。そんな辛気臭い顔をしていたら駄目よ。ほら笑ってごらんなさいな。里とは違っていて、たくさん建物があるじゃない。教会行った後は色々みてみようよ」
はしゃぐ彼女の目には、街の人の顔は映っていないらしい。しかし、時間が経つにつれ人通りが増えてくると、エリカに対し露骨に悪態をつく輩が増えてきた。彼女には申し訳ないが、一度姿を消してもらったほうが良さそうだ。
姿を隠すようにお願いをした時エリカは不服そうだったが、すれ違う人の大半に悪態をつかれることに辟易していたようで、珍しく抵抗することもなく僕の言葉に従ってくれた。しかし、彼女が姿を隠したと同時に周囲からざわめく声が上がった。
「姿を消したぞ!」
「魔に体を乗っ取られたんだ!」
「教会、だれか教会に行って人を呼んできて!」
「……出てきてもらってもいいかな」
僕はエリカを連れて歩くことを余儀なくされてしまった。
エリカと共にたどり着いた教会の前は、早朝だというのに既に多くの人だかりができていた。
「憑き女に、憑き男か」
元山賊の言葉を思い出す。見れば黒い靄が、人の肩に付き纏っている。中には性別が判断できるほど姿形がはっきりとしているのもあった。そういった人たちはシスターに付き添われ、優先的に教会の中へと入っていく。魔に憑かれた人の周りには家族や恋人といった人たちが不安そうに様子を見ていた。
「そこの貴方!」
一際大きい声で僕に近づいてくるシスターがいた。
「なんて、酷い……! 少し待っていてください」
シスターは僕の前に立つと手を合わせ懸命に祈りを捧げている。シスターの顔には玉のような汗が浮かんでいた。
「ごめんなさい、私の力では貴方を助けることは出来ませんでした」
なんだかすごく申し訳ない気持ちになってきた。
「でも、何故でしょう。こちらの方には魔の気配や悪意といった負の感情が感じられません」
そういうものに、無縁なのは間違いないと思います。
「ここには、僕と同じような人が大勢いるのでしょうか」
「ええ、ここ最近になってからです。今まではそんなことはなかったのに」
シスターが悔しそうに俯いていると、遠くから彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。
「すみません。もう行かないと」
「いろいろとありがとうございました」
「いえ、何もできずに申しわけありませんでした」
深く頭を下げた彼女は、走りながら教会の中へと入っていった。
「アラタ、これからどうするの。剣聖の力を使えば、除霊できるでしょ」
「もちろん」
ただ、問題なのは霧散した靄が、異形と化す可能性があるということ。教会の周りにいる人だけでも数十人。これを一人で対処するには流石に荷が重い。
「まずは探そうかな」
「ん、了解」
何を探すとは言ってはいないのに、エリカには伝わっているようだった。おそらく僕以外の剣聖もこの街に留まっているのは間違いないはず。なぜなら、あのお人好し達が、困っている人を放ってはおくわけがないからだ。
街の下見を兼ねて、しばらく散策していると宿屋の看板を見つけた。
「エリカ、念のため姿を消していて」
「むー、良いけど部屋に入ったら消えたりしないからね」
状況が状況だけに、憑き女は泊められないと言われたら野宿になりかねない。それは正直、勘弁してほしい。平然を装って歩いているが、早朝マラソンのせいで足は悲鳴を上げている。エリカに悟られていないのがせめてもの救いだった。
宿屋の扉を開くと、からんと音をたてて鈴の音が響いた。その音に気が付いた複数人の幼い男女の目が僕の方へ振り返った。
宿屋の中にいた彼らは、剣聖の双子と同じくらいの年齢だろうか。おそらく10歳から12歳の男女。人数は、男子三人と、カウンターにいる女子一人。気にかかるのは女子が涙を浮かべている理由だった。
宿の中は、なぜかカーテンが閉められていて昼間だというのに薄暗く、やけに静まり返っていた。
「宿をとりたいのだけれど、お店の人は居るかな」
僕を見ていた男子の目が、今度は女子の方へと向けられた。
「お母さんか、お父さんはいるかい」
泣いている理由がわからない以上、彼女を刺激しないように出来るだけ優しく声をかけた。すると、女子が答えるよりも速く、三人のうちの一人、おそらくリーダー格と思われる男子が口を開いた。
「こいつの親、もうすぐ死ぬぞ」
「死なない!」
「嘘つけ! お前の母ちゃんは魔に憑りつかれているじゃん。教会に行っても意味がなくてずっと寝ているって、俺の母ちゃんがいっていたぞ」
「それに、お前の父ちゃんもお前をおいて逃げ出しただろ」
「逃げてない! 働きにでかけるって、数日帰らないけど待っていて、って言っていたもん!」
「嘘だね、お前の父ちゃん、働きにきてないぞ。お前の父ちゃんだけじゃなくて、何人か来てない人がいるって父ちゃん言っていたからな」
涙ぐむ女の子をからかうように男の子たちは笑っている。
「だから兄ちゃんも違う宿屋にいった方がいいぞ」
「わざわざ親切にありがとう。ところで君たちは何をしていたの」
男の子三人は顔を見合わせると楽しそうに笑った。
「ゲームだよ」
「ゲーム?」
「この奥にさ、こいつの母ちゃんが寝ているから。それを見に行くゲーム」
「噂じゃさ、見るだけで呪われるっていうから本当かどうか試そうって訳」
「でも、こいつにさっきから邪魔されて行けなくてさ、どうしようか困っていたんだ」
困っている、という割には楽しそうだな。彼らの言う通り、女の子は扉の盾となるように自分の体で行く手をふさいでいる。悲しいのは、僕が扉を見ると彼女が拒絶するように立ちふさがったことだった。
「お願いだから、出て行ってよ……」
その言葉が彼らの加虐心を刺激したのか、顔つきが変わったようにみえた。見過ごすことが出来ない程に。
「見ただけで、呪われるか……」
呟いた僕を彼らは笑った。
「噂だよ、噂」
「いい大人が本気にするなよ」
「せっかくの機会だ。試してみたらどうだい」
僕の背後に突如現れた幽霊。その場にいる全員の息をのむ声が聞こえた。




