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魔竜討伐:剣聖

「あそこ!」


 エリカが指をさした先には、焚火を囲うように置かれた寝袋と逃げ惑う人々の姿があった。

眼鏡をかけた男が頭を抱え、うめき声をあげている。その原因は、彼の体を覆う黒い霧にあった。霧は男の体に纏わりつき、口や耳、穴という穴から体内へと侵入していく。霧が体内に入りこむ度に、男は一際大きな声をあげていた。

 立つことすらままならなくなった彼は地面へ倒れこんだ。


「や、やあ。また会ったね」


 青い顔をした眼鏡の男は、僕を見つけると苦しそうに喋り始めた。


「大丈夫ですか」

「ふふ、君を襲った罰だね。まさかこんなことになるなんて思わなかったよ」


 口を抑え激しく咳き込んだ彼の手には血が付いていた。


「君はこれから麓の街に行くのかい。君も大変なのはわかっている。だけど一つお願いしてもいいかな」

「……もう喋らない方が良い」


 僕は腰に下げていた黒檀の杖を構えた。


「大丈夫だ、喋らせてくれ。きっとこれは僕の最後の言葉になる。街に残してきた妻と娘に愛していると伝えて欲しい。残された時間は少ないかもしれないけど、幸せを願っていると」

 眼鏡の男は痛みを全て受け入れるかのように眼を瞑った。いたたまれなくなった僕は黒檀の杖で彼の体に触れる。杖が触れた瞬間、体を覆っていた黒い霧が霧散していった。


「……あれ」


苦悶の表情を浮かべていた男は、自分の身に起きた出来事が信じられないようだった。


「苦しく、ない。どこも痛くない。苦しくなくなった」

「多分、これで大丈夫なはずです」

「え、あれ、どういうこと」


 男は戸惑いながら、体のあちこち触りながら痛みがないか確かめていた。


「言いましたよね。僕は剣聖だと」

「う、うん。ごめん半信半疑だったけど」

「じゃあ、これは勉強代として聞いてください」

「……僕、死なないの」

「死にませんよ、貴方に憑りついていた魔を退治しましたから」

「じゃあ、僕の遺言は……」


 思わずため息が出てしまった。いや、してはいけないのだけど。


「よくある話です。魔に取りつかれたことで、己の最期を悟り遺言を残そうとすることは」

「街でも魔に憑りつかれた人間は命を落とすことになると」

「命が危険にさらされることに間違いありませんが、すぐに死にはしません。ああ、恥ずかしがる必要はないですよ。そういった状況に追い込まれた人は……何て言えばいのかな。まあ、盛り上がってしまう訳ですよ。最後だから何か言い残したことはないか、秘めた思いを伝えたいとか色々考えるわけですよ。そして貴方みたいに愛の言葉を僕に託すわけです」

「たのむ、もうやめてくれ」


 眼鏡がずり落ちた男性は恥ずかしさのあまり、頭を抱えている。


「勉強代といったでしょう。僕のいう事も少しは信じてくださいね」


 剣聖としての務めは理解しているつもりだが、度々遭遇するこの状況。本当にいたたまれない。死ぬつもりで愛の言葉を囁いておきながら、生きながらえるという恥ずかしさ。それに打ちのめされるのはまだいい。なかには逆切れする人も少なくはなかった。

 逃げ惑っていた一団も落ち着きを取り戻し、焚火の傍で腰を落ち着かせていた。


「剣の里の場所はわかりますか?」

「ああ、何度か行ったことはあるよ」

「でしたら、山を下らずに里を目指してください。憑りついていた魔は払いましたが、体力を消耗していることに変わりはありません。僕の名前を、アラタに言われてきたと伝えてもらえれば、里の皆は歓迎してくれるはずです」

「ああ、わかった」

「そして、出来るだけでいいです。今すぐこの場から離れてもらえますか」


 僕は立ち上がり、今度は黒檀の杖ではなく聖剣を抜いた。剣を構えた先にいたのは、霧散させたはずの黒い靄だった。

 霧はつむじ風のように激しい風を巻き起こし、周囲にある焚火を舞い上げ、寝袋を吹き飛ばしていく。突如、靄から生えた足のようなものが地面を砕いたかと思えば瞬く間に二足で立つ異形が姿を現した。

 全身が黒い霧で覆われ、全容をはっきりと確認することができないが、人によく似た形をしている。ただ、似ているというのは手足が二本ずつあるというだけで、手には鋭利な爪が生え、地面を鷲掴みにしているかぎ爪は、猛禽類のものとよく似ていた。


「たまにあるケースです。集まった魔が数多く集まった結果、異形と呼ばれる存在に変化すことは。襲い掛かってくる分、人に乗り移られるより厄介な存在です。無論、あの爪で引き裂かれれば一たまりもありません。なので里を目指して死に物狂いで駆け抜けてください」


 元山賊の四名は言い終わるよりも早く脱兎のごとく逃げ出していた。


「アラタ君も大変だね、他人に色々気を遣ったりして。ところであれは強いのかな」

「あの程度であれば僕一人でも問題はないかと」

「ふーん、私も試してみてもいい?」


 なにを、そう問い掛けるよりも速くエリカは異形に向けて手を伸ばした。すると、エリカの背後に一振りの剣が現れた。煌々と白い輝きを帯びた一振りの剣が突如現れたのだ。

 異形は雄たけびを上げ僕たちに襲い掛かろうとするが、それを上回る速度で光の剣がエリカの背後から射出された。放たれた剣は異形の体をいとも簡単に射抜き、爆散した。

 たった一撃で四散していく異形。集まっていた魔も、剣の破壊力と爆風によって既に消滅している。剣聖並み、いやそれ以上の一撃を放ったのは聖剣の守護者であるエリカだった。


「ねえ、エリカ」

「なになに~」


 普段と変わらない調子で返事をするエリカ。彼女は今、自分が何をしたのか理解しているのだろうか。最強の剣聖とうたわれる長と遜色のない一撃を彼女は簡単に放ってみせたのだ。鼻歌交じりに。


「頼りにしていますよ、エリカさん」

「え、なんで急にさん付けなの。呼び捨て、呼び捨てで呼んでよ」

見せ場と美味しい所をヒロインに持ってかれた主人公(笑)

ご覧頂きありがとうございました。

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