魔竜討伐:旅立ち
「いい加減起きんか馬鹿者」
十日目の目覚めは、最悪の形で始まってしまった。
「長、どうかしましたか。いくら長とはいえ人の家に勝手に入るのはどうかと思いますが」
「やかましい。それにどうかした、じゃない。もう昼過ぎだぞ。剣聖として認められたのならすぐに報告にこんか」
呆れた顔をした長は大きくため息をつきながら、腰を下ろした。
「ほれ、さっさと起きんか。まったく、正式に剣聖として認められたというのに相変わらずだな。アラタ」
「剣聖になったことを長はどうして知っているのでしょう」
「昨晩アリスが訪ねてきて教えてくれたのよ。お前も報告に来るかと思って待ってたというのに」
昨晩はアリスと別れた後、お祝いと称してエリカと呑み始めた記憶はあるが、こうして起きるまでの記憶は抜け落ちている。まあ、散らかった酒瓶を見れば何があったか大体の見当はつくが。
「まったく、ほかの剣聖は里をでたぞ。残っているのはお前だけだ。里をでる準備は出来ているのか」
「まあ大体は。足りないものがあれば麓の街で買い足しますよ」
僕は寝起きの体を起こし、体を伸ばした。縁側から見上げた空は雲一つない晴天だった。
「綺麗な空じゃな。旅に出るにはもってこいの日だと思わんか」
「そうですね。風も心地よいですし、昼酒を楽しむには絶好のチャンスです」
長は再び、大きなため息をついた。
「儂はもう何も言ってやらんぞ。そんなことより、ほれ餞別だ。もっていけ」
長は手にしていた黒檀の杖を差し出した。
「わしが、最近まで使っていたものじゃ。何かの足しにはなるだろう」
長は笑いながら、僕の頭を鷲掴みにすると荒々しい手つきで撫で始めた。
「相変わらず馬鹿力ですね」
「はっ、これでも加減しとるわ。若いくせにだらしがないな。この家はお前が好きに使うといい。お前を認めてくれた彼女の居場所でもあるからな。大事にしろよ」
「久しぶりだね、ゴウケン君」
長の名を君付けで呼ぶエリカが姿を現した。突然現れた彼女に驚くこともなく、長は平然とした様子で頷いていた。
「お久しぶりです。エリカ様」
「二人とも知り合いでしたか」
「知り合いというか、わしが子供の頃に少し話したことがある程度の仲じゃよ」
「私をここに連れてきてくれたのはゴウケン君だからね」
「まあ、色々あったのよ。詳しい事は、今度また話すことにしよう。それではエリカ様、こいつをよろしくお願いたします」
「こちらこそ、色々とお世話になりました」
二人を横目に、僕は着々と旅の準備を整える。荷物を一通り揃え、外に出ようとしたところをエリカに呼び止められた。
「ねえねえアラタ君。大切なものを忘れているよ」
そう言いながら差し出したのは、この家に祭られていた聖剣だった。もう、意外と抜けているんだね。と彼女は笑っていた。それとは対照的に、長は頭を抱えている。差し出された聖剣を受け取らず、黙ったまま見つめていたら、エリカの顔色が徐々に変わり始めた。
「アラタ君。もしかして聖剣、置いていこうとした」
そんなにショックを受けることはないと思うのだが、彼女にとってはあり得ないことだったらしい。
「エリカ様、申し訳ございません。こいつをフォローするつもりはありませんが、こやつの武器は手数と素早さにあります。それ故、祭られていた聖剣のような重量のある武器は不得手でして」
長はしどろもどろにながらエリカに対して弁明を繰り返していた。普段は堂々としているのに、めずらしいこともあるものだと眺めていたら、険しい顔をした長が手荷物の中に聖剣を突っ込み始めた。
「だからこそ、この機会に武器の扱いをご教授願えればと」
などと勝手なことを長が言い出した。
「この杖があれば、ほかの武器はいら……」
「ん?」
長は僕を羽交い絞めにすると、無理矢理口を塞いでくる。余計なことを言わず持っていけと耳元でささやく長の声には焦りがあった。これ以上からかったらどうなるのか。気になるところではあったが、切羽詰まった様子を見る限り素直に持って行った方がよさそうなので、腰にぶら下げた黒檀の杖と同じように聖剣を装備した。
「やっぱり、いらなかったのかな?」
エリカの悲しげな声を聞いていると言葉が詰まる。しかし、罪悪感に苛まれるよりもエリカの背後に立ち、鬼気とした顔で僕を睨みつける長が気になって仕方がない。
「じゃあ、長。僕達はそろそろ行きますよ」
「え?! 私も一緒に行っていいの? 幽霊なのに……」
「行ってみたくないの? 外に」
「行きたいけど……」
「なら問題はないよ。そうでしょ、長」
「アラタの言う通りです。エリカ様、貴方様はきっと彼の、いや剣聖達の支えとなるはずです。まだまだ至らない若者たちに力を貸してください」
長の言葉に感激したエリカは長の手を取り、何度も頷いている。感謝の言葉と共に、人見知りですが頑張りますというエリカの発言には、不安しか感じられなかった。




