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「頭がいかれとる。うちこんなキモイもん見たん生まれて初めてじゃわ……」
「ひっく……ひっく……」
サイコガードの中で、チョンカはようやく落ち着いてきたシャルロットの背中をさすりながら呟いた。相手はシャルロットの父親である。気を使って、控えめに言って出た言葉であった。
ダディとムッシュは、西京のサイコガードの中に戻っていた。二人ともが息を荒くしながら寝そべっている。ダディは吐血を更に重ね、口髭が血だらけであった。
「ひっく……ひっく! パパ……ダディさんも……黒あわびを貰ったお礼でなんであんな変態ショーをしたのよ……馬鹿じゃないの……理解が出来ないわ……ひっく!」
「ガハハハ……ガフッ!」
「ははは……うっひょ!」
呼吸を止めながら、しかも海中を縦横無尽に滑った為、急激な水圧の変化もあった。
それに耐えていたのだ。二人はもう満身創痍であった。
「うさぎの姉ちゃん! ワシらは感動したで!!」
「せやせや!! 愛し合う二人に乾杯やでっ!」
「そない責めたらんといたれやっ! めちゃめちゃ良かったやんけ!!」
「外野は黙りなさいよっっっっ!! 種族が違うからキモさが分からないだけでしょうがっっっっ!!」
ダディとムッシュを庇う第六の面々は、シャルロットに睨まれ黙り込んでしまう。
「まぁまぁ、シャルロット君」
「マ、マスター……でも……あんなの曲芸でも何でもない! ただの中年オヤジの変態ショーじゃない!!」
「ワシもそう思うで。タコ目線でもあれは酷かった!」
「あなたは黙って!!」
いつの間にかちゃっかりとチョンカ達のサイコガードの中に入っているウルフは頭(正しくは体)をシャルロットに鷲掴みにされて凄まれしまう。
「ふむ、確かに曲芸とは言い難いかもしれないね。ただ、あれは即興であり、ンダディ君とムッシュ君の魂が成した演目と言えるだろうね。私はそれに少し力を貸しただけさ」
「ガフッガフッ!! ぶるる……シャルロット嬢よ……西京殿の言うとおりであるな……ワシらもああなることは予想が出来なかったのであるな。ただ──」
「うはっ! そうだな、ダディ……ただ、やりきったという満足感はあるな……」
「クレアエンパシーで深層心理が色濃く反映されているからね。ダディ君の氷を使った美しい曲芸をしたいという計画にそれが乗ってあのショーになったのだよ」
話を聞いてもよく意味が理解できていないチョンカであったが、疑問に思ったことを率直に聞いてみた。
「うち、よぅ分からんのじゃけど、それってダディさんとシャルのお父さんはちゅーしたかったってことなん?」
時が止まった。
シャルロットが真っ青になって膝から崩れ落ちる。
ラブ公はアワアワとそんなシャルロットを見ている。
ウルフは先程シャルロットに思いのほか強い力で握られた為、頭(体)の形が戻らなくなっていた。
「ガーーーッハッハ……それがそうとも言い切れぬであるな……ワシの、ごく最近の強烈な記憶と、ムッシュとシンシアの仕事が関係しておるのではと思うであるな!」
「うっひっ! そうだな……」
「ふむ。その通りだね」
クレアエンパシーで色々なものを共有した三人には、原因がはっきりと分かっているようであるが、子供達にはまるで分からない。しかし、キスがしたかったわけではないと聞いて、シャルロットは理由を問いたださずにはいられなかった。
「そ、それってどういうことなの!? ダディさん、お願いよ!! ちゃんと教えて!」
「そ、それは……ガッハ!!」
ダディは少量の吐血を腕で拭いながら、言いにくそうな表情を浮かべた。
シャルロットにとってあまり良くないことなのであろう。
しかしそんな風な態度を取られてしまうと余計に聞き出したくなるのが人情である。
「な、なにか理由があったのね? そうなのよね? じゃなきゃパパがあんなことするはず──」
ダディはため息を吐き、意を決した面持ちでシャルロットのほうへ視線をやった。
「シャルロット嬢よ……チョンカ嬢との月下での逢引……見事であった……あれほど激しく互いを求め合う接吻は若さの成せるものであるな……ワシも年甲斐もなく拝見していて興奮を禁じえなかったであるな……」
「えー、ダ、ダディさん見とったんじゃね? んもー、ぶち恥ずかしいんじゃけどっ! にへへ」
スパーーーーーンという気持ちのいい音がチョンカのサイコガードの中に響いた。
先ほどまでは真っ青だった顔を、今度は真っ赤にしているシャルロットが、勢いよくチョンカの後頭部をはたいたのだ。
「にへへ、じゃないわよぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーー!! あ、あの変態ショーが、あた、あたしのせいだって言うのっっっっ!? ていうか見てたのっっっっっ!? も、もうあたし、あたし、死にたいわっっっ!!」
「あたた……シャ、シャル……恥ずかしいけど、うち、間違ったことはしとらんと思うよ?」
「え? チョンカちゃんとシャルちゃん、ちゅーしたの……?? ほ、ほんとに??」
「いやあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーー!!」
シャルロットはそのままサイコガードの中で横になり、足をバタつかせながら悶えていた。
ダディとムッシュのとろけるような熱い口付けが、自分のせいであると言われたのだ。正気を保つことが出来なかった。
第六の兵士たちは皆呆気に取られた様子で、何をそんなに恥ずかしがることがあるのか理解が出来ないといった様子であった。
「ウチは、ウサギ耳の姉ちゃんの気持ち分かるで……そんなん人に見られとうないやんか……」
「え! 姉さん分かるんでっか!? せやかて姉さん誰とも恋仲になったことがおまへんやないですか!?」
「お前死にたいんか? ウチかて女や! そのくらいの気持ち分かるで!!」
珊瑚姫たちの会話を聞いていたチョンカは泣き喚くシャルロットを見ながら、はたかれた頭をポリポリと掻いていた。
(どうしよう、うちも全く分からんのじゃけど……)
「ねぇねぇ、シャルちゃんのお父さん! シャルちゃんのお父さんとお母さんのお仕事ってなぁに? 僕知りたいなぁ!」
「黙れ。雑菌が。口を開くな。臭いがうつる」
「えー? シャルのお父さんは家庭教師じゃろ? あ、そっか、ラブ公おらんかったんじゃね。でも変じゃね……家庭教師って先生じゃろ? それがなんであんな変態ショーに繋がるん?」
両手で真っ赤な顔を覆いながら足をジタジタさせていたシャルロットの動きがピタリと止まった。
「ガーーーーーッハッハ! 確かにムッシュの職は教師であるな!! ガハッガハッ!! ぶるる……しかし、副業として絵を描いておったようだな!! シンシアも若き頃に似たような絵を描いて売っていたであるな!!」
「ふむ、漫画家だね」
「ずっとシンシアと一緒に描いていたんだ……この話はもうこの辺でいいだろう? な? な? うひっ! う、う、ああ、あいいいいーーーーーーーーーー!! ち、乳首っコラ! やめ、やめなさいお前たち! あ、あひいぃいぃ!!」
「ガッハッハ、そう、そのマンガであるな! なんだったか『エンジェル』がどうとかいうマンガであったな。そのマンガの影響であのようなショーの流れとなったであるな!! ぶるるる」
シャルロットが物凄い勢いで上半身を起こした。うっすらと汗を浮かべながらまじまじとムッシュを見つめている。
「シンシア君が描いていたのが『give me マイエンジェル』で、ムッシュ君が描いていたのが『give me マイエンジェル 乱☆心』だね。乱☆心のほうは男性同士の恋愛をリアルに描いた作品さ。さっきのショーはこの乱☆心の影響なのだろうね。夫婦で商業誌と同人誌を描くとは、世界広しと言えどムッシュ君たちくらいではないのかい?」
西京の言うとおりであった。
昔、この世界に広く出版された伝説の少女マンガがあった。タイトルを『give me マイエンジェル』(ファンたちの間ではマイエンと略されていた)という。
主人公達は男性アイドルユニットを結成し、マンガの中の架空の王国にその活動を公認され、更に夢を追いかけ世界へ羽ばたいてゆくという内容のマンガである。
おませな少女だった当時のシャルロットも当然貪るように読み漁っており、そして留まることを知らぬ欲求は同人誌へとその触手を伸ばした。
シンシアに連れられて出かけたアークレイリの大きな本屋に立ち寄ったシャルロットは親の目を盗みこっそりと同人誌コーナーへ足を運び、念願であった薄い本を手に入れたのだ。
当時出版されていた数ある『マイエン』同人の中で他の追随を許さぬ不動の人気を誇っていた、同人界の伝説のマンガ『give me マイエンジェル 乱☆心』(ファンたちの間では単に乱☆心と呼ばれていた)それこそがシャルロットが手に入れた薄い本であり、真の愛読書である。
ところがこの『乱☆心』は作者が不明とされており、当時ファンたちの間では様々な憶測が飛び交っていた。
一番有力な説は、同人作家の『殿様♂蛙』氏の描く絵と非常に似ているためその人の作ではないかというものであるが、未だに真相は謎のままとされている。
ちなみにシャルロットの推しは嵐のベーシスト『気流 乱』と破戒僧ドラマー『高高度 航空』である。
シャルロットの家にはシャルロットが幼い頃から立ち入りを禁じられている部屋があった。
シャルロットは親の言いつけに背いたことは一度もない。だからその部屋には立ち入るどころか覗いたことすらなかった。
何があるのだろうかと興味を持ったこともあった。
しかしおませな少女はすぐにその部屋がどんな目的で使用されているかを察する。
両親たちは、毎晩シャルロットが寝静まる時間になるとその部屋へ静かに移動することをシャルロットは知っていたのだ。
シャルロットはその部屋が夫婦だけの愛の巣であると思っていた。
今になっておかしいと思うことがいくつかある。
シャルロットの家がある片田舎で薄い本の情報が手に入っていたのは、シンシアが毎月どこからともなく持って来る『マイエン』のファン通信を読んでいたからだ。
そしてこれも月に一度、仕事だと言ってシンシアを訪ねてくる男が来ておりムッシュも一緒になって応対をしていた。普段は家事しかしていないシンシアを訪ねてきているので何の仕事かとずっと疑問に思っていた。
シャルロットがリビングで夢中になって『マイエン』を読んでいると、シンシアがサイン色紙を持って来てくれたこともあった。
アークレイリにしか売っていない『マイエン』の缶バッチコレクション(全12種 中身はランダム)をムッシュが何処からともなく、1BOXごと買ってきてくれたこともあった。
ムッシュから目を逸らそうとしないシャルロットの頭の中で、パズルのピースが一枚ずつはまっていく。
逆にムッシュは、ばつが悪そうにシャルロットから視線を逸らしてしまっている。
「ガーーーーーーーーーッハッハッハッハ!! シンシアはともかく、ムッシュにもそのような趣味があるとは驚きであったな!! ガフゥ! ゲホッゲハ!! ぶるる」
「あ……ああ……まぁ……な……」
「お、男同士の恋愛マンガって……そ、そんなん面白いん? うちよう分からんのじゃけど」
「ガーーーッ八ハッハ! チョンカ嬢もシャルロット嬢と濃厚なキスをしていたであるな!! 似たようなものである!!」
「ね、ねえ……そんなことより、僕、さっき、ざ、ざっき、雑菌って……え、あ、あれ?」
「いや……」
「シャル? ……おっほ!」
「いやああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!! いや、いや、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!!」
シャルロットは頭を掻き毟りながら奇声を発した。
父親の濃厚中年キッスを見せられた後の、衝撃の事実の発覚を受け止められず、とうとうシャルロットは壊れてしまったのであった。