25
「────ボコココッッ!! ぶるるるる!!」
「──────ボコッ! ──っ!!」
二人の中年が今、海の中に解き放たれた。
一人は髭だるまで全身タイツの男。
もう一人は透明の肉じゅばんに魚を飼っている裸の男。
二人は両手を繋いで向かい合い、両目を閉じながら海に沈んでいく。
西京のサイコフリーズにより、二人とも背中に氷の羽を生やしている。
二人が生やしたその羽は、どちらも片羽であった。
二人で一人の天使が今、海中に降臨した。
天使達の両目が開かれた。
「──ボコココッ? ……ぶるるる」
「ボコッ! ボッコ!」
潤んだ瞳で見つめ合う天使達は互いに何かを会話した後、更にその距離を詰めた。
裸の天使が、髭の天使を抱き上げる。髭の天使は両手を裸の天使の首に回した。
お姫様抱っこである。
姿勢が変わっても互いに目線を逸らさない。
この世界に、二人しか存在しないように優しく、しかし夢中で慈しんでいる。唇が触れるか触れないか、そんな距離。限りなくゼロに近い距離。
二人はそのまま珊瑚姫たちの目の前を通り過ぎ、暗い海底へ降りて行った。
「なっ、なんや!! 今度は何が始まっ……えっ!?」
海底へ向かう二人が突如光を放った。
それは眩しい光ではなく、ゆっくりと点滅する、とても優しい光であった。
裸の天使の着ている肉じゅばんが光っているのだ。
それを合図といったように、天使達が浮かび上がってきた。光の軌跡を描きながら──
「え! え! な、なんでや! なんで浮かんで……!?」
「あ、姉さん! 足元が!!」
描く軌跡は氷。
裸の天使は髭の天使を抱きかかえながら足を4の字にしており、左足で氷の軌跡を描きながら海中を自在に飛び回る。その間もやはり見つめ合い、何かを会話しながら、時折フレンチキスを挟み、幸せそうに二人の天使は海の中で愛を語り合っている。
「あ、あいつら……愛し合っとんで……」
「ああ……間違いない……なんちゅー愛や……でかい、でかすぎるで……」
第六の兵士達の間からそのような声が漏れた。珊瑚姫も、力を抜いていたはずの自身の手のひらが、再びきつく握られていることに気が付いた。
「あ、あれが……愛なんか……?」
飛び回るスピードを緩め、裸の天使から髭の天使が手を握り合いながら浮かび上がる。
二人の片羽の羽が、大きく開く。
そして、裸の天使が握った手を引き寄せ、髭の天使が回転しながら裸の天使の胸に収まる。
裸の天使は髭の天使を後ろから抱きしめた。
大切なものを、壊さないように、優しく優しく抱きしめた。
「ボココココ……ボココ? ボッコ!」
「ボコ? ボココココ! ぶるるる!!」
何かを会話し終えた後、髭の天使が頬を膨らましながら、裸の天使から離れていった。
両手を広げ、足を4の字にして氷の軌跡を描きながら。
裸の天使が頭を掻きながら髭の天使を追いかける。
もちろん髭の天使同様、足を4の字にして氷の軌跡を描きながら。
両目を閉じ、むくれたような表情で髭の天使は一人で先へ進んでしまう。
「ボコココココココ!! ボコココ!! ボッコ!!」
後を追いかける裸の天使は何かを言い訳しているようにも見える。
なかなか裸の天使のほうへ視線をくれない髭の天使に、とうとう両手を合わせ謝る様なそぶりを見せる。
「あはは、仲の良かった恋人も喧嘩することがあるんやなぁ」
「ほんまやで! 全然許してもらわれへんみたいやな!」
「ボココ……ボコ……ボッコ!」
しおれたような表情で俯き、とうとう裸の天使が追いかけるのをやめてしまった。
優しく光っていた肉じゅばんももう光ってはいない。
どんどんと遠ざかっていく髭の天使の後姿を黙って見送る裸の天使は、とうとう踵を返し、ゆっくりと氷の軌跡を描きながら海中を滑り出した。
「あーーーー!! なんでやねんっ!! 諦めたらあかんやんけ!! 追いかけろや!!」
「せやでっ!! そういう時は男が謝るんが筋やで! 頑張れやっ!!」
「…………ボココ……ぶるる」
むくれていた髭の天使が止まり、悲しげな表情で振り返った。
「おおっ!! 頼む!! 髭ちゃん!! あいつを許したってくれ!! ほんまはええ奴なんやっ!!」
「せ、せや!! 髭ちゃんっ!!」
「ボココ!! ボココココ!! ぶるるるる」
髭の天使が口に両手を当て、しょぼくれている裸の天使に何かを叫ぶようなそぶりを見せた。
「ボコココ!? ボコココ!! ボッコ!」
髭の天使の声が裸の天使に届き、嬉しそうな顔で裸の天使が振り返った。
「よかったなぁ、許してもらえそうやんけ……」
「なんや知らんけど、ハートウォーミングっちゅーんけ? ほっこりしよんのぅワレ」
髭の天使はいーっと歯を見せて、少し意地悪な表情を見せ、その後少しだけ申し訳なさそうにはにかみながら舌を出した。
細かい氷の結晶が髭の天使の周りにキラキラと舞っていた。
その時であった。
髭の天使の表情が徐々に苦悶のものへと変わっていく。
「ボコココ……ゴボボボ……ぶるるる、ぶる……ぶるるぃっひぃゃ……」
突如、髭の天使の股間を氷が覆い始めた。氷は徐々に広がり髭の天使の体全体に広がっていく。
その様子を見ていた裸の天使は顔を青ざめさせ、両手を広げ、足を4の字で氷の軌跡を描きながら急いで髭の天使の元へ滑り出した。
髭の天使の股間から発した氷は瞬く間に体を全て包み込んでしまい、なおも大きく成長していく。裸の天使も急ぐが間に合わない。
「あ、姉さん、これは……っ! す、すごいで……」
「え? ああ……ほ、ほんま……やな……」
「か、海中に……花が咲いとるで……」
海の中に大きな氷のバラの花が咲いた。
髭の天使は氷のバラの中に囚われてしまった。裸の天使が助け出そうと狂ったように氷のバラを叩くが、邪魔をするように氷の茨が襲い掛かる。それはまるで髭の天使を逃がさないという誰かの意思が込められているような動きで。
「な、なんや、髭ちゃんに何が起こったんや!?」
「なんで愛し合う二人が引き離されてしもうたんやっ!! なんでやっ!! なんでなんや!?」
「ボコココッッ!! ボココ!! ボコ! ──ボっ!!」
とうとう裸の天使は茨の無慈悲な攻撃で弾き飛ばされてしまった。
そのまま気を失ったのか、氷の軌跡を描きながら海底へ向かって回転しながら流れていく。
そして氷のバラから、何かが形作られていく。
それは男性のような形をした何か。
ただ、一目見て分かる特徴があった。
「ふふ、どうせならチョンカ君好みの展開にしてあげようか」
氷のバラから生み出されたのは男性の人魚。まるで磯っぺを彷彿とさせるシルエットだった。
「な、なんや!! 磯っぺや!! あの氷の男、磯っぺやで!!」
「裸ちゃん! ああ、でも髭ちゃんが……あああああ! どないしたらええんじゃ!?」
幸せだったはずの二人を突然襲った氷の磯っぺに、第六の兵士達は騒然となる。
珊瑚姫も固唾を飲んで見守っている。
意識を取り戻した裸の天使は氷の磯っぺを一睨みすると両手を開き、氷の軌跡を描きながら猛然と襲い掛かった。
「いけぇっ!! 裸ちゃん!! それでこそ男やでっ!!」
「アホの磯っぺなんかボコボコにしたれっ!!」
愛しい人を奪われ、傷つきながらも助け出そうと死に物狂いで何度も何度も立ち向かっていく。
氷の茨にはじかれ、それを繰り返すうちに裸の天使はボロボロになっていった。
「は、裸ちゃん!! 無茶やで!! も、もうそれ以上は……!!」
「せやでっ!! も、もう無理やで!!」
そしてとうとう氷の磯っぺがかざした手から放たれた衝撃で、裸の天使は大きく回転しながら海底へ沈んでいく。
気を失い、力尽き、氷の片羽も欠けてしまった。
磯っぺはその様子を見て、ただひたすら下品な高笑いをあげているようであった。
「は、裸ちゃん!!」
「ああああっ!! あかんっ! 誰か!! 誰かぁぁーーーー!!」
裸の天使は成す術もなく、暗い海底に向かい堕ちていく。
「ボココココ……ボココ……!!」
「あ、あかん……このまま髭ちゃんを助けられへんのんかっ!!」
「ワ、ワシが!! ワシが行くぅぅぅ!!」
「ま、待てやっ! あれ見てみぃ!!」
細かい氷の結晶が裸の天使の周りにキラキラと舞いはじめた。
裸の天使の沈んでいく体を包み込み、そしてそこから分かれた氷が徐々に形を成していく。
輝きを増し、出来上がったのは女性の形をしていた。
そして、その氷の女性は一目見て何者かが分かる特徴を持っていた。
「あ、あれは……!!」
「エ、エスパー!!」
強く輝く光を纏い、長い氷のマフラーを持つその女性は、チョンカに良く似たシルエットをしたエスパーであった。
氷のエスパーは傷つき倒れた裸の天使の前で、祈りをささげ、そしてその体に手を触れる。
すると裸の天使の体も氷のエスパーと同じように輝きだしたのだ。
片羽が再生し、肉じゅばんが強い輝きを放った。
「裸ちゃん、なんや体がめちゃくちゃ光っとるでっ!! 傷が治っとる!!」
裸の天使は氷のエスパーに手を引かれ、海底から氷の軌跡を描きながら再び磯っぺに立ち向かった。
磯っぺの放つ衝撃波を氷のエスパーがいとも簡単に弾き飛ばす。
そして裸の天使と氷のエスパーが手を繋ぎ、まるで優雅に泳ぐように氷の軌跡を踊らせながら回転をしはじめた。
肉じゅばんの光が一際強くなった。
「やれ!! エスパー!! 裸ちゃんに力貸したれーーーー!!」
「裸ちゃん、頑張れぇぇぇ!!」
一直線に磯っぺの背後にいる囚われの髭の天使へ、風のような速度で二人は突撃した。
「ボコココココココ!! ボコココ!! ボッコ!!」
裸の天使の口から漏れる空気の泡も、凍らせながら置き去りになる。
エスパーが目前に迫る磯っぺへ手をかざし、そしてその手を握り締めた。
キラキラと、輝く結晶が氷のバラと磯っぺの周囲に舞い散る。
その光景はまるでダイヤモンドダストが海の中に吹いたようであった。
そしてダイヤモンドダストは磯っぺの体を包み込み拘束してしまった。
「ここ海中やで……ごっつい氷の花の前で雪が舞っとるようやで……」
「げ、幻想的やでぇ……」
氷の磯っぺの体が砕け散る。
エスパーの手を離れ、裸の天使が砕けた磯っぺの体を突き抜け、氷のバラに辿り着いた。
髭の天使の体が淡く光りだした。
ゆっくりと、バラの花が海に溶けていく。
「ボコココ……? ボコココ……ぶるる」
「ボコココ。ボココ……ボッコ!」
エスパーも、バラの花も、全てが海へ還っていく。
再び海は二人の片羽の天使だけとなっていた。
ダイヤモンドダストの光が二人の再会を祝福するように海面を抜ける太陽光を反射させている。
「や、やっぱ二人は一緒がええで……!!」
「片羽やさかいなっ! 二人で一人や!! なんやワイ感動してしもうたでぇ……ううぅ」
裸の天使が髭の天使を抱き上げた。
髭の天使が裸の天使の頬を愛おしく撫でる。
氷の軌跡を描きながら、二人は抱き合い海を滑り出す。
第六おさかなちゃんパラダイスの兵士たちは、皆涙を流していた。
先頭で見ている珊瑚姫も、謎の感動に身を震わせていた。
「ボコココ……?」
「ボココ……ぶるる」
見つめ合う二人は熱い抱擁と口付けを交わした────
「やめてぇぇぇぇぇえええぇえぇぇえええぇぇえぇーーーーーーーーーーーっっっっっっっ!! パパーーーーーーーー!! お願いよっ!! もう、もう、もうやめて!! うわああああぁぁぁぁん!!!」
「……ごめんシャル……ぶちキモいんじゃけど……」
「……シャルちゃんのお父さん……なんだよね?」
「きっしょ……」
────下で見上げる子供たちをよそに。




