27
「シャ、シャル! しっかりしぃや!! シャル、シャル!!」
「あわわわっ!! シャルちゃん!?」
シャルロットは奇声をあげたあと、サイコガードの中で派手に倒れてしまった。
うつぶせの状態でピクリとも動かなくなってしまっていた。
「先生!! シャルが! ど、ど、どうしようっ!?」
「ふむ……やはりシャルロット君には刺激の強い話だったようだね……」
「す、すまない、西京さん……うっひ! 本当はこのことはシャルがもう少し大人になってから手紙で打ち明けようと思っていたんだ……やはりまだ早すぎたか……」
「ガッハッハッハ……」
「先生……お願い! シャルを助けてあげてや!!」
以前にも触れたが、クレアエンパシーは数あるエスパーの能力の中でもかなり難しい部類に入る。
そもそも、世間一般のエスパー(西京の言うところの野良エスパー)はその多くがサイコキネシスしか使えない。それも単純に軽い物を浮かす程度のものである。サイコキネシス以外にもう一つか二つの能力が使えれば、かなり研鑽を積んでいるほうである。
チョンカやシャルロット、またラピスティ教団のエスパーたちが規格外なのである。
更にその上をいく西京が、エスパーとしてどれ程の使い手なのかはもはや言うまでもないことだ。
クレアエンパシーを使えるエスパーがほとんどいない上に、この能力の汎用性が他の能力の比ではない為、使いこなすという域に達しているものは西京をはじめ、世界に数える程しかいないのである。
また、使いこなしていたとしても、クレアエンパシーの全てを知るものはいない。
チョンカももちろんクレアエンパシーを使えるが、この能力が苦手であった。
元々精神系の能力はあまり得意ではないのだ。
しかし、西京の元で勉強し、自分が得意ではないこの能力のことを多少は知っている。
チョンカが西京に望んでいること、それは──
「ふむ、シャルロット君も弟子だからね。それにチョンカ君が望むのであれば構わないよ? ムッシュ君、シャルロット君の記憶を少しだけ消すが、いいかな?」
「あはんっ! そ、そんなことまでできるのか? あ、ああ、お願いしたい。今シャルが見たものを忘れさせてやってくれ……俺はもう長くないかもしれないが……それでもいつかあの部屋に入ったときにマンガのことを書いた手紙をしたためておくつもりだから……頼む」
西京のマフラーが揺れ、左手が淡く光を発した。
「ふむ、それでは磯っぺたちを倒したあたりからの記憶を消そうか……チョンカ君、いいね?」
「はい! 先生!!」
チョンカには何が何だか、全く分からなかった。
マンガがどうとか、仕事がどうとか、なぜそれがあのショーに繋がって、なぜシャルロットが奇声を発し倒れたのか。何がシャルロットを壊してしまうほどのことなのか、毛先程も理解ができていなかった。
ただ、尋常ではない様子を見て、シャルロットにとって、それがどうしても受け入れがたい話であったことだけは分かっていた。
シャルロットが困ったときには支えると約束したのに、それができずに結局西京に頼ってしまった。
チョンカはこの時、苦手なクレアエンパシーの練習もちゃんとしておこうと心に誓ったのだ。
「クレアエンパシー」
西京の声と共にシャルロットの体がぼんやり光った。
消すのは変態ショーとつい先程の記憶のみ。光はほんの一瞬で消えてしまった。
「…………んっ……」
「あ! シャルちゃんが起きたよ!!」
「シャル……ごめんね」
チョンカは小さくポツリと呟いて、寝ぼけ眼で上半身を起こしたシャルロットの首に両手を回し抱きしめた。
「あ、あれ……あたし……寝てたの? なんで? あれ? ……ん? ちょっとチョンカ? え、え、みんな見てる前で……って、なんでそんなに優しい顔してるのよ?」
「シャル……なんでもなーい!」
「ちょ、ちょっと……それにしても、何で寝ちゃったのかしら……確か磯っぺを倒して、それで……」
「ふむ、きっとカス公から力を得て、いつものチョンカ君のように眠ってしまったのではないのかな?」
ラブ公は般若のような顔をした乙女二人に怯えて、いつも流す力の半分ほども出せていなかった。
その為チョンカは眠るほど疲労感がたまってはない。
心の中で西京の説得力のある嘘に、少し感心してしまうチョンカであった。
「なるほど……初めて騎士君に力を貰ったけどこんな感じに副作用がくるのね……気を付けないとね」
チョンカは起き上がって真剣に考え込んでしまったシャルロットに、さらに強くギュッと抱きついた。
「シャル、良かったね……シャルが倒れてしもうたとき、ぶち心配したんじゃからね……」
「ご、ごめんなさい。あら? そう言えばチョンカは倒れなかったの?」
「あ? え? いや、うん、えー……う、うちは慣れとるから! にへへ」
「……ふーん? そういうものなの?」
「そ、そうじゃよ! そういうも────」
「ガハッ!! ガフッガフッ!! ゲッハッ!!」
吐血と共に発せられたダディの咳き込む声がチョンカの言葉を遮った。
ダディは意識がはっきりしているものの、その体はもう限界であった。
西京の言っていた通り、旅の間、立っているだけでやっとの状態でここまできたのだ。先程の海中での変態ショーは健康な状態であってもその体にかかる負担は計り知れない。それをダディは己のアニマと引き換えにやってのけたのであった。
「ダ、ダディ!! しっかりしろ!! おいっ!!」
「ガハッ!! ガッハッハ……と、とうとう時間が来てしまったようであるな……古代の施設を調べることは叶わなかったが……ムッシュよ……黒あわびは貴様が食え……」
「馬鹿野郎!! お前も一緒に食うんだっ! ゆ、許さないぞ……先に逝くなんて許さないからなっ!! あっっひぃんっ!!」
「馬鹿……野郎……か、昔を思い出すであるな……無理を言うでない……ここは海中であるな……黒あわびの調理も不可能。それに貴様もここに来る前よりも病気が進行しているであるな……ワシはここまでであるな……ガッハッハ」
横たわるダディの力のこもっていない両手を、ムッシュは強く握った。握られたダディの手に、涙の雫が零れ落ちた。
「マスター!!」
シャルロットの悲痛な声が西京の名を呼んだ。
父親を、そして、変態な面もあるがどうしても嫌いになれない父親の親友を、誰よりも救いたいと願っていたのがシャルロットである。
「ふふ、分かっているさ。任せておきなさいと約束したからね。ンダディ君、ここが海中で道具もないかもしれないが調理は可能さ。少しだけ待っていなさい。それ」
西京のマフラーが再びたなびいた。ダディが仰向けに寝ていた部分のサイコガードがその形を変え、背中の部分だけがゆっくりと、まるでリクライニングシートのように起き上がった。そのままの姿勢を維持したまま、体全体が持ち上がっていく。
ダディは椅子に座っているような姿勢になっていた。
そしてチョンカのサイコガードと西京のサイコガードの間、何もない海中に突如黒あわびが現れ、その周囲を球状の小さなサイコガードが囲った。
「えっ!! う、うそ!?」
シャルロットはそれを見て驚いた。チョンカを始め、他の面々はピンときていない。エスパーではない珊瑚姫たちには分かるはずもないのだが、西京のやってのけたことは単純なことではあるが相当に難しいことなのである。チョンカが分からない方がおかしい。
シャルロットが驚いている理由は、サイコガードの形状を自在に操作してみせた点である。
サイコガードの形を変えることは難しいことではないのだが、複雑な形にしようとすると相当訓練を積まなければ出来ないことである。ちなみに、サイコガードの多重起動もそれなりに高度な技術である。
(やっぱり、あたしはもっともっと勉強しなくちゃいけないわ……マスターの元で!)
シャルロットの密かな決意をよそに、新たに作られたサイコガードの中の黒あわびが水蒸気で見えなくなってしまった。
「に、西京さん……あれは? うっひょ!!」
「ふむ、パイロキネシスで酒蒸しにしているのさ。サイコプレッシャーでサイコガード内の圧力を上げているからもうすぐできるよ。ンダディ君に早く食べさせなければいけないからね」
「えぇ…………!?」
シャルロットは再び驚愕していた。それも開いた口が塞がらないほどに。複数の能力を同時に、それも絶妙な加減で操っているのだ。こんなにすごいことが目の前で起こっているのに隣で口をあけてぼんやりしているチョンカの頭を殴りたい気持ちでいっぱいになっていた。
「さぁ、そろそろいいかな? それ」
ダディの横に付き添っていたムッシュの体が、下から隆起してきたサイコガードに押しやられた。サイコガードで椅子が形成されたのだ。そして、ダディとムッシュの間にいつの間にか作られたテーブルの上に、皿に盛り付けられた黒あわびの酒蒸しが並べられた。
殻の上に刺身のように切られたあわびの身が、肝と寄り添うようにクツクツと泡を立てながら並んでいる。上品な匂いがサイコガードの中に立ち込めた。
これにはムッシュも、いまわの際であったダディも、口を開け、目を剥き、黒あわびを凝視していた。
「あ、あいつらほんまに黒あわびを調理しよったで……本気で食べるつもりやったんやな……ええんでっか? 姉さん」
「ふん、ウチが一度口にしたことや。かまへんわ。……それにあのサーカスのおっさん……死にそうやったんやな。せやからあいつら黒あわびを奪いにきよったんか……ちっ、最初からそう言うたらええのにっ……!!」
「姉さん?」
「な、なんでもあらへんわっ!! それにしても、こっから見てるだけでもおいしそうやなぁ……ウチも次見つけたら報告せんと食べてみよ……」
黒あわびが入っていたサイコガードの周囲を更に別のサイコガードが覆った。中のサイコガードの圧力を抜き、爆発させたのだ。覆ったサイコガードのおかげで周囲に影響はない。
「さぁ、二人とも。召し上がれ」
ダディとムッシュはそう言われ、西京を振り返ることなく、どこからともなく用意された箸を手に取り、急いで黒あわびへ箸を伸ばしたのであった。




