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エスパーチョンカ!  作者: ちぇり
第4章
68/109

11

「エ、エスパーチョンカ!! い、今から何が始まるんや!? なんなんや、あのキモイ全身タイツはっ!!」



 珊瑚姫がチョンカに向けて叫び声をあげた。

 そんなことを言われても、チョンカだって知りたいことである。



「う、うちも分からんけど、多分危ないようなことはない……と思うけぇ、とりあえずもう見てるしかできんよっ!」



 白い全身タイツを着た髭だるまが、若干内股気味ではあるものの、一輪車を乗りこなしていた。



「ガーーーーーハッハッハッハ!! 産後姫とその護衛の諸君!! 今から始まるのはサーカスの曲芸であるな!! っととと」



 珊瑚姫たちはざわつきながら、互いの顔を見合わせている。

 サーカスを知っている者がこの海の中の施設内にいるはずがない。



「サーカスとは見世物である!! 観客に芸を披露するのだな!! ガーーーーーッハッハッハ!! 今からワシが友好の証に芸を見せようとしておる!! プロの技を見るがいい!! ブルルルルルルルルル!!」


「げ、芸やて? それにはションベン我慢せなあかんのか……??」


「え、そうなん? シャル?」



 サーカスを見たことがない二人にとっては当然の疑問で、もしそうだとしたらダディが排泄を我慢していることに一応の納得ができる。



「そんなわけないでしょっ!! 我慢してることとサーカスは全く別よ!! だから気持ち悪いんじゃないの!!」



 シャルロットの返事を聞いて、チョンカも珊瑚姫も青ざめる。変態が確定したからだ。


 チョンカは一度ダディが失敗し漏れ漏れしているところを見てしまっている。爆発は起こりえると頭にインプットされているのだ。震える左手を右手で押さえ込む。もう失敗をしてくれるなと祈ることしか出来なかった。



 ダディが一輪車のペダルを回す速度を徐々に上げていく。

 ボールの周囲を円を描くように走っていた。



「ガーーーーーハッハッハ!! いい!! いい!! 気分爽快であるな!! 一輪車のサドルはなぜにこうも硬いのか!! 徹底的に股を苛め抜くよう設計されておるな!! ぶるるるるるっっっとーい!!」



 またしても両腕を翼のように広げながら一輪車を運転している。不穏な発言も相まって誰も近寄ることが出来ない。

 ダディが設置したボールを挟んでチョンカたちの向かい側にいる珊瑚姫も、屈強なロブスター軍団も固唾を飲みつつ警戒していた。



「あのボール……」



 シャルロットが親指の爪を噛みながらポツリと呟いた。



「あのボールは一体何に使うのかしら……玉乗りのボールはもっと硬いボールだし……」


「え、シャル、おっさんのやっとる芸って一般的なもんじゃないん??」


「そうね、火の輪くぐりや綱渡りは一般的だけど……あれはちょっと分からないわ……」


「えええぇぇ……な、何しよるつもりなんか予測がつかんゆうこと??」


「……ええ。でも……爆発して間もない今、いくら我慢してるって言っても爆発したときよりはマシなはずよ」


「なるほど!! シャル頭ええね!! それもそうじゃわ!」



 シャルロットの見解を聞いて、チョンカは肩の力が抜けた。

 爆発さえしなければそれでいいのだ。あとは全身タイツの変態が失敗して怪我をしたとしても、それは知るところではないのだ。



「数日間耐え切ったのよ。今回の曲芸で仮に失敗したとしても爆発することはないと思うわ!」



 突然の侵入者に大騒ぎになり、そして剣呑な雰囲気の中で行われた会話のやり取り。

 今、その全てが吹き飛んでしまったようだ。

 あの空気から、おっさんのサーカスショーが始まると誰が思うであろうか。



「あ、姉さん! あいつ、走りながら飛んでまっせ!!」


「な、なんやて~? げっ! ほんまや……きっしょ……」



 ダディは一輪車をこぎながら、時折ジャンプしていた。

 一瞬かがみ、体重をかけた後すぐに上半身をそらすことによって、一輪車ごと浮かび上がるのだ。

 ジャンプの高さは回数を重ねるごとに高くなっていた。



「シャル……サイコキネシス使っとらんよね……?」


「使ってるわけないでしょ……あなたこそ使ってないわよね……?」



 ダディのジャンプは、自身の身長と同じくらいの高さにまで達していた。



「ガーーーーーッハッハッハッハ!! 調子がぶるるるるるるるっと危ない! 調子がいいのであるぅ!! 産後姫よっっ!!」


「ひぃっ!!」



 ダディで突然名指しで呼ばれてしまい、勝気な珊瑚姫も思わず悲鳴がこぼれてしまった。



「ここからが本番であるな!! 遠慮などはいらぬから、もっと近くで見るがいい!! ぶるるるるる!!」


「え、や、ウチはここでかまへん……」


「仕方がないであるな!! チョンカ嬢よ!! 今回は我慢をするであるな!! ぶるっ う、うぃ~~~」



 ダディは部屋の中央にあったボールをつまみ、そのまま肩に担いで珊瑚姫が良く見える位置に置きなおした。

 一輪車はなかなかの速度であるため、突然近寄ってきたダディに、ロブスターの中から「うわぁ」と言う情けない声があがっていた。普段であれば珊瑚姫からきつい叱咤があるのだが、一番悲鳴をあげていたのは誰であろう珊瑚姫であった。


 チョンカは少し胸をなでおろしていた。

 サーカスが珊瑚姫のものだけになったからだ。

 とは言ってもラブ公が人質に取られているような状況である。粗相があってはまた揉め事の原因となるため、見張っておく必要はある。



 ダディは珊瑚姫の前で、一輪車に跨り、びょんびょんとその場で跳ねてみせた。



「準備は整った!! ワシの体も今、準備運動により体中の穴という穴が開ききっておる!! あ、いや、一部閉じておる!! 閉じておる場所は一身上の都合で言えんがな!! Top Secretである!! ガーーーーーーッハッハッハ!!」


「な、何ゆうとんねん、こいつ……きしょ、きしょい……なんやこれ、なんの罰ゲーム受けてるんやウチ!!」


「では始める!! ちょわぁあぁあああーーーーー!! ぅっ! ぶるる!」



 ダディは叫び声と共に一輪車からジャンプをし、身を翻し宙を舞った。

 一輪車はなぜか倒れずにバランスを取ったままその場に残っている。

 宙を舞っているのはダディの体だけである。


 一回転、二回転、さらに捻りを入れている。

 エスパーでもなくサイコキネシスも使えないダディであるが、まるで能力を使っているかのように優雅に回転する。



「う、うわぁ……す、すご……」



 あー、しもた!! と、珊瑚姫は思った。

 思ったときにはもう「すごい」と口から出てしまっていた。

 やってる本人は全身タイツな上、排泄まで我慢しており、気持ち悪いだけなのだが、目の前で繰り広げられている曲芸はすごいとしか言いようがない。珊瑚姫は初めて見たサーカスに感動で震えていた。



 ダディの体は伸身宙返りを決めながら美しい放物線を描き、地面へ下降していく。

 降り立つ先にはボールがあった。


 なるほど、マット代わりだったのかと、シャルロットは心の中で一人納得していた。

 散々キモイだなんだと言っていた隣のチョンカは伸身宙返りを見て興奮してしまっている。

 多分今夜あたり練習に付き合わされることになるのだろうなと、シャルロットはため息を吐いた。





 ばふーーん、と大きな音を立てながら、伸身状態のままダディの体がボールに沈んだ。



「うーーーーぃぃぃ!! ぶるるるぅるるぅぅ!!」



 そしてボールが戻る反動で、再びダディの体が宙に舞った。



「えっ! う、嘘やん!! あの状態から、え、え、すごっ!!」



 ボールの反動で再び空中に舞い戻ってきたダディは更にそこから伸身宙返りを決める。

 二回転と半分の宙返り。


 最後の宙返りは半分であった。頭から地面へ突っ込む姿勢となった。

 見ている者は皆、まさかと思った。


 そう、ダディの着地地点には一輪車があったのだ。



「どっっっせーーーーーーーーーーーい!!! うーーーーぃ、ぶるるるる!! ガーーーーーッハッハッハ!!」



 逆立ちをするような姿勢で一輪車に着地を決める。

 サドルに頭を乗せ、手でペダルを漕ぎ、足は開いてT字になっている。

 ロブスターたちから歓声と拍手が巻き起こった。



「す、すごい、すごいでおっさん!! これがサーカスかいな!! これは皆に練習させなあかんな!! 気に入ったでぇ!!」



 先程までの嫌悪感はどこへやら、珊瑚姫はすっかり上機嫌となっていた。

 チョンカも技が成功し、ほっとしすぎたためかその場にへたり込んでしまっていた。

 勿論、伸身二回宙返り一回捻りは今夜、寝る前にシャルロットに手伝ってもらって練習しようと考えていた。



「さすがンダディ君だね。珊瑚姫たちもすっかり気に入ったようだし、先程までの剣呑な雰囲気が消し飛んでるね。しっかり友好の証を示せたようだよ」


「ええ、マスターの言う通りね。良かったわ」





「ガーーーーーーーーーーーッハッハッハッハ!! どうかな産後姫よ!! お楽しみ頂けたであるかな!? ぶるるるるる!」


「すごいでおっさん! ションベン我慢しとるんは、全然分からんけど、曲芸いうんはめっちゃすごかったで!! ウチ感動したで!!」


「それは良かったであるな!! ガーーーーーーハッハッハッハ!!」


「もう一回! もう一回!!」


「お? お? あんたら……」



 ロブスター軍団もダディの曲芸に興奮してしまったのだ。

 彼らの中からアンコールの声が沸き起こっていた。



「おお、せやな! ウチももう一回見たいで!! もう一回! もう一回!!」


「もう一回! もう一回!!」


「ガーーーーーーッハッハッハッハ!! 分かっておる! 分かっておる!! 皆まで申すな!! ぶるるるるるるっっとととーい!! 友好の証である!! けち臭いことは言わぬであるな!! 何回でも見せてや……ぶるるるるるぅい!!」



 そのダディの言葉を聞いて、ロブスターたちは拍手喝采をダディに浴びせた。

 シャルロットはそんな様子を見ていて(正直この手のノリにはついていけないわ……)とひっそりと思っていた。



 ダディが一輪車に正しい姿勢で跨りなおし、その場で何度も確かめるようにジャンプをしている。

 その様子を、もう一瞬たりとも逃すまいと、おさかなちゃんパラダイスの面々は食い入るように見ている。


 五回目のジャンプで、一番高いジャンプを見せた。


 そして一輪車を地面に押し付け、今度はダディだけがジャンプをした。


 高かった。一回目のときよりも更に高かったのだ。

 一回目は練習だと手を抜いていたのかもしれない。本気のダディのジャンプは見上げるほどに高かった。


 放物線の頂点に達するまでに、屈伸での宙返りを二回、その後体を伸ばし伸身宙返りを一回、さらに途中にひねりを二回加えている。

 見ているほうは目が回りそうなほどの回転であるが、とにかく美しかった。


 そして放物線の頂点に達した瞬間、両足を広げ体を屈めたダディは股間の辺りから顔を覗かせた。

 一瞬の出来事である。

 しかし珊瑚姫は確かに見た。



「BANG!」



 左目だけ閉じ、右手で銃の形を作ったダディが、確かに自分のほうを見てそう呟いたのだ。

 本当に一瞬だった。その後、両足を閉じ伸身の体勢になって伸身宙返りを二回、ひねりもきっちり二回入れてボールのほうへ落ちていった。





「え……え……え……」



 珊瑚姫は自分でも気付かぬうちに胸を押さえていた。





 再びボールが勢いよく沈んだ。

 さっきよりも高度が出ていたため、更に深く沈んでいる。



「ぶるるるるるるるーーーーーぅい!! うぃ」











 悲しい事故というものは、一番盛り上がっているときに起こるから悲しいのだろうか。


 誰もが熱中していて、事故が起こるなどと考えることが出来ず、対処が遅れるから悲しいのだろうか。







 ダディはボールの反動で、再び宙を舞うはずであった。

 空中で再び格好良く何回転も決め、その後は更に驚かせるために片手で一輪車に着地してやろうと考えていた。

 しかしボールの中の空気の流れがおかしいことにダディは気付いた。



 気付いたときにはもう、遅かったのだ。



 ダディの体がボールに沈む。反動で宙を舞おうとする直前のことである。

 その重みに耐えかねたのか、ボールの後方の底部分が破裂してしまった。


 大きな破裂音が響き、ダディの体に別の方向から力が加わった。



 真っ直ぐに宙へ向かうはずのダディは、おさかなちゃんパラダイスの面々のいる方へ飛び出していた。

 その先にいるのは珊瑚姫であった。





 珊瑚姫には世界がスローモーションに見えていた。


 大きな音が響いたと思ったらダディの顔が真っ直ぐに自分のほうに迫ってきたのだ。


 ダディは瞳を閉じ、唇を尖らせていた。


 唇はしっとりと艶めきがあり、信じられないほどに朱を帯びている。柔らかそうな唇であった────











 第六おさかなちゃんパラダイスの管制室には静寂が訪れていた。


 ダディは跡形もなく、その場から消えた。

 転送銃により転送させられたのだ。


 しかし唖然とするチョンカたちも、責める気にはなれない。

 これは事故である。


 珊瑚姫は気付いたときには転送銃を構えダディを撃ち抜いていたのだ。

 今も銃を握りしめ、震えてその場にへたり込んでいる。


 軽く放心状態になっているように見えた。



「さ、珊瑚姫……」



 チョンカたち三人は、珊瑚姫の前に立った。

 なんと言葉をかけるべきか、そう考えながらもとりあえずチョンカは珊瑚姫に手を差し出していた。







 直後、チョンカたち三人の姿もその場から消えていた。



 珊瑚姫は構えていた転送銃を降ろした。



「あ、姉さん……?」


「……お、お前ら今日のことは忘れぇな……ええか? 全員、絶対今日のことは忘れろや!?」



 珊瑚姫は振り向きもせずにロブスターたちに命令をした。



「へ、へぃ、途中まではすごかったんやけど最後の全身タイツはごっつ、きしょかったですわ……姉さんよくご無事で。ほんまトラウマもんでっせ。姉さんがあいつら全員転送させてワシほっとしましたで」


「……ん」


「おぅお前ら!! 姉さんはもうお疲れや!! 個室にお供せぃ!! ほんまどえらい一日やったで!!」



 珊瑚姫は握った転送銃を床に置いた。

 立ち上がろうともせず、転送銃を見つめていた。


 その頬がうっすらと赤く染まっていたことは本人も気付いていないことであった。

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