12
チョンカの目には、遠くの水平線に落ちようとしている真っ赤な夕日が映っていた。
さっきまで管制室で珊瑚姫と喋っていたはずなのに、今は砂浜で夕日に照らされている。
突然景色が変わったことにチョンカは理解が追いつかず、しばらく立ち尽くしていた。
チョンカが立っている場所は入り江の砂浜だった。
その入り江は特殊な構造をしている。上空から見て初めて分かることかもしれないが、陸に細長い二等辺三角形の切れ込みが入ったような、明らかに人工的な地形であった。
入り江の部分はまさに二等辺三角形の頂点の部分である。
もちろんチョンカにそれは分からない。
それに今は、自分がどこにいるのかを考える余裕はない。突然視界が変わったことにより頭の中が混乱していたのだ。
「チョンカ君、大丈夫かい?」
「せ、先生!! う、うちらどうなって……?」
「シャルロット君も無事なようだね」
チョンカは自分の隣にシャルロットがいることに初めて気がついた。シャルロットもチョンカ同様夕日を眺めぼんやりしていた。
「マスター……」
「ふむ、どうやら我々は珊瑚姫に転移させられてしまったようだね」
「ガーーーーーーッハッハッハ!! ぶるるぅい!! 途中まではうまくいっておったのだがな!! 不慮の事故というやつであるな!!」
西京の後ろで腕組みをしながら、相変わらずの大きな声でダディが叫んだ。
チョンカはその笑い声を聞いて少しだけムッとしてしまう。
事故で責められないとはいえ、ダディのせいで全員転移させられてしまっているのだから。それにチョンカにはやり残したこともある。
「ラブ公……」
そう、ラブ公を救出しにおさかなちゃんパラダイスに侵入したのに、それができずに転移させられたのだ。戻らなければならない。
「う、うち、テレポーテーションでもう一回あそこに戻るっ!!」
チョンカは急いでテレポーテーションを使用しようと試みたが、急ぐその肩に西京の左手が添えられた。
「まぁ待ちたまえ、チョンカ君。ラブ公なら無事が確認できているのだ。もう日も暮れていることだし今日は休んだほうがいい。チョンカ君もシャルロット君も、今日は長時間能力を使っていたのだからね」
「で、でも先生!!」
「チョンカ、マスターの言うとおりにしましょう? きっとダディさんに驚いて転移させられただけよ。あたしも少し時間を開けた方がいいと思うわ。騎士君ならきっと大丈夫よ! 悪いようにはされないと思うわ」
「せやで。ワシがちゃんと珊瑚姫に報告したさかいな」
チョンカは俯いた。きっとみんなの助言が正しいのだろう。いつだってそうだった。すぐにでも飛び出したいが自分にそう言い聞かせた。
自分の感情を優先させて突っ込んでもいい結果は出ない。
これはチョンカのいいところでもあるが、同時に悪い癖だ。チョンカはこの旅で何度もそれを感じ、学んでいた。
そして逸る気持ちを抑え、笑顔を作ってみせた。
「わ、分かった。明日もう一回珊瑚姫のところに行こう!」
その言葉を聞いて、西京はチョンカの頭を撫でてやり、シャルロットはホッと胸を撫で下ろしたのだった。
入り江にテントを張り、西京の手のひらから出てくる数多くの食材を調理し、焚き火を囲んで皆で食べる。
いつもの旅の風景だ。
いつもと同じ風景に、いつもいるラブ公がいない。
チョンカは何度も泣き出しそうになってしまうが、今は西京だけではない。シャルロットもダディもいるのだ。零れそうになる涙を隠しながら笑っていた。
チョンカは嫌な想像をしてしまう。
もしもラブ公が傷付けられたら? さっきのことで怒ってしまって、本格的に人質に取られたら? 何度もチョンカは頭をブンブンと横に振り、とうとう立ち上がった。
嫌なことを考えずに伸身宙返りを練習しようと思ったのだ。
そうすれば余計な考えごとをせずに済むだろうと。
立ち上がり焚き火から離れるチョンカの後をシャルロットが追いかけてきた。
「チョンカ」
「シャル……」
「……するんでしょ? 宙返りの練習。マスターとダディさんはまたお酒を飲んでるからあたしも手伝ってあげるわよ」
「……うん、ありがとう」
チョンカは飛んだ。
今考えている嫌なことを全部振り払うように、サイコキネシスを使わずに何度も飛んだ。
初めてやってみた屈伸宙返りは難なく飛べた。出来たことが楽しくなって汗だくになっている。そして今度はいよいよ伸身宙返りをしようとしたとき、シャルロットがポツリと喋りだした。
「あたしは……これでよかったと思ってるの」
「……え?」
チョンカは飛びあがろうとしたところに声をかけられ、振り上げた両手をあげたままの姿勢でシャルロットの方へ視線をやる。
「騎士君なら大丈夫だと思うの。でもチョンカ……あなたはあのまま、あそこにいちゃダメな気がしてたの……」
シャルロットが一体何の話をしているのか、チョンカには分からなかった。
チョンカはシャルロットの話を聞こうと、その場に座り込んだ。
「ねぇ、チョンカ。……チョンカの正義って何?」
「うちの正義?」
この旅で、そのことを考えたことは何度かあった。
難しくて、考えても答えが出ないまま保留して今日に至っている。
シャルロットの視線は真っ直ぐにチョンカを射抜いていた。
チョンカはギクッとした。まるで何も考えていない自分を見抜かれている気持ちになったのだ。
「えっと……うち……」
旅を始めたばかりの自分だったら「西京先生みたいなエスパーになる!」とか「世界の悪い奴らを全員倒して平和にしたい!」だとか「いいエスパーもいるってみんなに分かってもらうんじゃ!」と即答していただろう。
何故今即答できないのか。それさえチョンカには分からなかった。
もちろんどれも本当の気持ちだ。今もそう思っている。
旅でいろんな人に出会った。
各々が自分の目的を持って自分の思い通りに生きていた。
誰かが嫌がることをする人はチョンカの中では悪だ。それを懲らしめるのが正義である。
スジ太郎は? ワカメボーイは? プップラは?
誰かを傷付ける人はチョンカの中では悪だ。それを懲らしめることこそ正義である。
波打ち際マンは?
悪だと断言できる面もあったが、ラブ公と詩を詠む姿は悪とは言いがたかった。
チョンカはシャルロットの問いかけに答えることが出来ず、眉を寄せて黙り込んでしまった。
「ごめんなさいチョンカ。意地悪な質問だったわ。チョンカ、あたしにも正義って何なのか難しくて分からないわ」
「……シャル?」
「世の中いろんな人がいて、いろんな主張をそれぞれが勝手にしているわよね。マスターもそうだし、ダディさんもそうだし……あたしだってあたしの勝手で旅について来てるわ。みんないいところもあるし、悪いところもあって、正義だ悪だって言い切れるものじゃないのかもしれないわ……」
「うん……」
「それにしたって、うんざりしちゃうと思わない? ほんとみんな勝手過ぎるわ」
「あはは、そうじゃね……」
「……チョンカ、あたし達お友達になりましょう……」
「うん……え!? え、え、シャル?? 今までは!?」
俯きながら返事をしていたチョンカだったが予想外の言葉にシャルロットの顔を見上げてしまう。
トマトのように真っ赤になったシャルロットがこちらを見ている。
「い、い、今までももちろん友達だけど改めてよ!! あ、あ、あなたのこと、あたし、好き……き、き、気に入ってるの! 正義の味方、結構じゃない!! それがなんだか良く分からないって言っても、チョンカにもちゃんと目的があるんでしょう? と、友達だからあたしにも聞かせてよ!」
シャルロットは耳まで真っ赤になりながらも視線を逸らさない。いつもだったらプイッと横を向いてごまかすくせに、今夜はそうせずにジッとチョンカを見ていた。
「う……うち……西京先生みたいなエスパーになり……たい」
「うん! それで!?」
シャルロットらしからぬ大きな声で相槌を打たれてチョンカの肩がびくっと跳ねる。
「世界の悪い奴らを全員倒して世界を平和にしたい……」
「素敵じゃない!! チョンカなら出来るわ!!」
お姉さん座りをするシャルロットがはしたなく自身の膝をパチンと叩いた。
「いいエスパーもいるってみんなに分かってもらいたぃ……」
「チョンカみたいなエスパーなら、みんな分かってくれるわよ!!」
チョンカの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
零れた涙が地面に落ちる直前のことだった。
とても甘い匂いと共に、シャルロットがチョンカに覆いかぶさってきた。
腕を背中に回し強く抱きしめられる。
「あた、あたしはあのままチョンカがあそこにいたら!! 素直な気持ちで正義の味方をやってるチョンカが利用されちゃうんじゃないかって思った!! あなたに従うって言った後、なんで止めなかったんだって凄く後悔したわ!! あのまま利用されて他人の戦争に巻き込まれたら、あたしの大好きなチョンカが、チョンカじゃなくなっちゃうんじゃないかって不安になったのーーーー!!」
シャルロットは大声で泣き叫んだ。
「あーーーーーん、ご、ごめんなさいチョンカーーー!! あーーーーーんっっっ!!」
「シャ、シャルぅぅぅぅ……」
少女達はお互いに泣きながら抱きしめあった。
こんなにも優しくて温かい気持ちを、チョンカは知らなかったかもしれない。
シャルロットは腕を解き、チョンカの肩に手を乗せ、再びチョンカの目を見た。大泣きしているので目が腫れあがり顔はボロボロだった。
「チョンカ……あたし達ずっと友達よ。あたしがチョンカと一緒にいて、チョンカの正義を見ていてあげる。あなたが間違えないように、ずっと側にいるわ。見ていて本当に危なっかしいもの、チョンカって」
「シャル……うち、思い出した。前に先生に言った……『人にどう映るかは分からんし、石を投げられる結果になったとしても、うちはうちの中の正しさを貫きたい』って」
ワカメシティに入る前に、チョンカは西京にそう言ったのだ。
「えへへ、いいじゃないそれ。じゃあ石を投げられるならあたしも一緒よ。友達だから!」
「シャル……大好き……ずっとうちの側におってね……ううう、うあーーーーーんっ!」
「あたしも大好きよ、チョンカ! あーーーーーーんっっ!!」
しばらく続いた二人の泣き声は、夜の静寂に良く響いた──
「ぐすっ、ごめんね、チョンカ……」
「え、なんで?」
「あなた、騎士君のことで不安になっていたんでしょう? それなのにあたしの話を聞いてもらっちゃって……」
二人は浜辺に並んで寝転んでいた。
左にチョンカ、右にシャルロット。
二人は手を強く握り合っていた。
「ううん、ええよ。先生もシャルも大丈夫じゃって言ってくれたし、その通りじゃってうちも思うもん」
「うん、明日助けに行きましょう。それと、第六おさかなちゃんパラダイスは……」
「うん、うち断ろうと思う。第五の人の話も聞かんと分からんもん。どっちもどっちなら、どっちにも協力しとうない」
「あら、チョンカ! あなたにしてはまともな意見ね! その通りだと思うわ!」
いつもならプリプリと怒ったかもしれない。だがチョンカもシャルロットも笑いをこらえきれずに噴出してしまう。
「シャル……ありがとうね」
「あたしこそ……」
シャルロットの手を握るチョンカの手に力が入った。
「うち、珊瑚姫に頼まれたとき……振り返ったじゃろ?」
「……ええ」
「多分旅を始めた頃のうちなら振り返らんかったと思う。先生とシャルに頼っとるんじゃと……思う」
シャルロットはチョンカのほうへ首を傾けた。チョンカは星空を見上げながら更に続ける。
「うち、スジ子ちゃんっていう友達がおるんじゃけど、シャルみたいな友達は初めてで……その、う、うまく言えんのじゃけど……」
「チョンカ」
シャルロットはチョンカの手を強く握り返し星空を見上げた。
「あたしも友達はミーティアだけだったわ。あなたみたいな友達は初めてよ。その……え、偉そうなことは言えないけど、チョンカを支えてあげるわ。正義のエスパーなんでしょ? あたしも一緒に正義のエスパーしてあげるわよ。とりあえず騎士君を取り戻して、あたしを騙してくれたラピスティ教団をやっつけましょう! そ、その代わり……あ、あ、あたしのことも……支えてね……?」
チョンカからの返事がない。
シャルロットはチョンカのほうへ再び首を傾けた。
再び大粒の涙を零しながら、こちらを見ているチョンカの顔があった。
「シャル……うちも支える! シャルが困ってたらうちが絶対助けるけぇね!!」
シャルロットも思わずもらい泣きしそうになってしまう。しかしチョンカの、下唇を突き出すゴリラのような泣き顔が酷くて噴出してしまった。
「ぷっ、ええ、約束よ! チョンカ」
「ねぇ、シャル……」
「なぁに? チョンカ」
「ちゅーしてもええ?」
「ええ、いいわ……よ……? ……? ……はぁぁ!!?? だ、だ、だ、だめ、駄目に決まってるじゃない!! な、なな、なななな何言い出すのよ!! ば、馬鹿ぁああぁぁぁあ!!」
今度は泣き声ではない。
チョンカとシャルロットの楽しそうにじゃれあう笑い声が、星空にこだましていた。
「ええのぅ、青春やんけ!! ワシ、女同士の青春ゆうんは初めて見たで! ええのぅ、ええのぅ……」




