10
その日、第六おさかなちゃんパラダイスの幹部達は揺れに揺れていた。
各おさかなちゃんパラダイスでは明確に縄張りが決めてあり、過去に幾度となく、おさかなちゃんパラダイス同士で揉めていた。とは言っても、おさかなちゃんパラダイス同士で戦力は拮抗しており、第六おさかなちゃんパラダイスの幹部が集う管制室にまで敵の侵入を許してしまったのは今日が初めてのことであった。
しかも相手はエスパーである。
世界に十二ある、おさかなちゃんパラダイスでは、どこにもエスパーがいない。だからこそ実力が拮抗していたのだ。何よりも全力で攻め入れない理由もあった。
第六おさかなちゃんパラダイスは現在、黒あわびが原因となり元々仲の良くなかった第五おさかなちゃんパラダイスと交戦状態にある。
西京達の侵入で珊瑚姫をはじめとする幹部達の頭をまさかという考えが過ぎった。第五おさかなちゃんパラダイスの連中が、暗黙の了解で誰も使わなかった禁じ手であるエスパーを雇ったのではないか、と。
今、二人のオヤジのせいで、第六おさかなちゃんパラダイスは第六おさかなちゃんインフェルノと化していたのだ。
珊瑚姫の護衛に当たっていた屈強なロブスターたちが、珊瑚姫の号令を受けチョンカ達をめがけて迫っていた。
「ちょーーーー!! ちょー待ってんかっ!! 双方武器を引けぇ~~いっっ!! うっは! いっぺん言うてみたかったんやコレ」
チョンカ達とロブスターが接触する直前、ウルフが間に割って入り大きな声を上げた。
もちろんチョンカ達は武器など構えていない。
「なんじゃいタコが!! 邪魔じゃ!! どかんかいや!!」
ウルフは先頭のロブスターが振り上げた鋏に挟まれ足のほとんどを切り落とされ壁際に放り投げられてしまった。
「げひぃ!! こ、ここは普通止まるとこちゃうんかい……ぶえっ!!」
「つ、壷輔!!」
「ウルフさん!!」
そのままの勢いでロブスターの鋏が今度はチョンカを狙い迫り来る。
「サイコガード!!」
鋏がチョンカの体を挟もうとした瞬間、チョンカのサイコガードにより火花を飛ばし静止する。ロブスターが力を入れてもサイコガードは破れない。
「チッ!! こいつもエスパーか!!」
先頭のロブスターの先制攻撃が通らないと見るや、全員がその場で鋏を構えつつも膠着状態へもつれ込む。先頭のロブスターも大きく後ろに下がり、隊列を乱さずに構えなおした。
よく訓練された兵士であることが迷いのない動きを見て分かった。
「び、びっくりしたぁ……急に襲い掛かってくるんじゃもん、ほんまここの奴らって血の気が多すぎじゃわ!!」
「チョンカ、多分だけど……マスター達が悪いような気がしないでもないわ……あなた達!! ちょっと待って!! あたしの話を聞いて!!」
シャルロットの必死の懇願もロブスターたちには届いている気配がない。ロブスターたちは構えを解かずジリジリと距離を詰めていた。
「ふむ、シャルロット君。どうやら相手は話を聞くつもりはないようだね。こうなっては仕方がないね。相手もチョンカ君に危害を加えたことだし、少し手荒だがまずは話し合いの席についてもらおうか」
「え、マスター待って!! これ以上──」
シャルロットの静止を聞かず西京は一人前へ出た。左手に光を纏わせている。
西京のマフラーがたなびいた。
「道をあけなさい。パイロキネシス」
西京から珊瑚姫へ、ロブスター達の間を抜け真っ直ぐに炎が地面を走った。
そして炎はロブスターたちを分断するように二つに割れ、燃え上がって壁を作った。
「な……なんやこの炎はっ!! だ、誰か!!」
珊瑚姫の周囲を炎が囲う。炎が囲っていないのは西京へと続く道のみであった。
「まぁ、落ち着きなさい。我々は話がしたいだけさ。ただしこれ以上危害を加えられてはそれ相応の対処はさせてもらうよ?」
「珊瑚姫ぇ!!」
「なんじゃこの炎はっ!! やんのかコラァ!!」
ロブスター軍団の叫び声は聞こえるが炎の壁で完全に分断されており、誰も近づくことが出来ずにいた。
「な、なに言うてんの!! あんたらが先に仕掛けて来たんとちゃうの!! ウチは絶対降伏せぇへんで!!」
「まず誤解を解く必要がありそうだね。我々は第五おさかなちゃんパラダイスとは無関係だよ。その他の団体とも関係ない、ただの旅の者さ」
「だ、第五と関係……ない?? そ、そんなもん信じられるかいな!! あんた! さっきウチの雑魚兵を殺しとったやないか!!」
「彼らにはここまでの案内を頼んだだけさ。約束を違える事を恥としているのかな? 命を投げ出してまで案内してくれる姿にはさすがの私も心を打たれたよ。殺したのではなく、彼らの意思さ」
「そ、そんな……あいつらが自分で……う、嘘や!!」
「ガーーーーーハッハッハ!! まぁまぁ産後姫よ!! まずは話を聞いてから判断されてはどうかな!! それから考えても遅くはあるまい!!」
散々滅茶苦茶をしてきた二人は飄々と流れるように言葉を紡いでみせた。
シャルロットも少し白い目で大人二人を後ろから見ていたが真実は分からない。
チョンカとここに辿り着いたときには珊瑚姫の言う魚達の死骸すらなかったのだから。
「珊瑚姫!!」
西京と珊瑚姫の間に割って入るように、チョンカが前に出てきた。
「うちら別に危害を加えたくてここに来たわけじゃないん!! 海に落ちてしもうて偶然入ってしもうたんじゃよ!」
「偶然……? ふん、それやったら何や? 聞きたいことがあるゆうんは嘘なんかい?」
チョンカは理詰めで話されると弱いのだ。たじろいでしまう。
「チョンカはさがって! 珊瑚姫、こんな形で訪ねてしまってごめんなさい。あたしはここにいるチョンカや西京先生と共に旅するエスパーのシャルロットです」
珊瑚姫はようやく話の通じそうな相手が出てきてくれて少しホッとする。しかし西京のパイロキネシスに囲まれ護衛とも分断されているのだ。相手はエスパーであり、対抗する手段はない。ホッとしたが気を抜いたわけではなくシャルロットを睨んだ。
「そこにいるンダディさんは考古学者で、ここがおさかなちゃんパラダイスとは知らずに、施設を調べようという話で旅をしていました。しかしその途中であたし達の仲間が橋からこの海に転落してしまったのです。ラブ公という種族の分からない子なのですが預かっていただいていると思います、その子の身柄を返していただきたいのです。それとお尋ねしたいことというのはこの施設のことです。あ、でも、聞いてどうするというわけではありません。もちろん他言はしません!」
シャルロットは時系列順になるべく分かりやすいように、かなり気を使って説明をした。
「……あんたら、それを信用してほしかったらまずはこの炎の壁をなんとかするべきちゃうんか??」
シャルロットは一理あるその言葉を受け、振り返り西京に視線を送る。
そして、西京のパイロキネシスの炎は跡形もなく消え去っていった。
「ごめんなさい。これで敵意がないことが分かっていただけましたか?」
「ふん、とりあえず話だけは聞いたるわ! 誰かアレ持ってきぃ!!」
珊瑚姫がそう叫ぶとロブスターの一人が銃のようなものを持って珊瑚姫に手渡した。
その銃を握り、珊瑚姫の顔から初めて緊張の色が抜けた。
「これはな、古代の遺物で撃ち抜いた相手を強制的におさかなちゃんパラダイスの入り口に転移させることが出来るもんや。侵入者用の武器やで。あんたらちょっとでも変な動き見せたら全員撃ち抜いたるさかいな、覚悟しぃや!?」
あまりに突然の出来事であったためか、転送銃という便利な武器は近くに用意をしていたものの、使う間もなくパイロキネシスの炎で分断されてしまったようだ。珊瑚姫にしたら絶体絶命のピンチであったのだが、ようやく対抗手段を手に入れることが出来たのだ。
「ふーー……もう!! マスター!! 何をしたのか知らないけどあんまり困らせないでよ!! まったくっ!!」
「ふふふ、シャルロット君、見事だったよ。ありがとう」
「ガーーーーーーハッハッハッハ!! 西京殿はよい弟子を持ったものだな!」
「全くだね。斬新な怒られ方だったよ」
「マスター!!」
悪びれる様子もなくカラカラと笑いあう大人二人をシャルロットが睨んだ。
「そ、それで、ラブ公は返してくれるのん??」
不安そうな面持ちでチョンカは珊瑚姫に問いかけた。
そもそもチョンカがこの施設にやって来た目的はラブ公を探すことである。
「ラブ公……? ああ、あの一番最初にここにやってきよった気味の悪い生物か」
「珊瑚姫!!」
未だに鋏を構えたままのロブスター達の背後の壁から、ウルフが叫ぶように珊瑚姫の名前を呼んだ。
「ワ、ワシはラブ公の看守を任されてます、ウルフゆうもんです!! お、お願いします!! ラブ公はええ奴なんですわっ! 解放したってください!!」
「お前、ペーペーが誰に向かって口きいとんのじゃ!! 殺されたいんかい!!」
足が三本しか残っていないウルフの体をロブスターは鋏で挟みあげギリギリと力を込めた。
「いぎぃ!! ぎぎぎ……せ、せやかて……ラブ公はええ奴なんですわ……た、頼んますぅ!! あ、あいつを解放したってください!! それに、そいつらも!! チョンカ達も正義のエスパーやて聞いてますっ!」
ウルフを締め上げているロブスターは、ウルフの言葉を鼻で笑い、更に力を強めていく。
それを見ていたシャルロットが思わず叫んだ。
「や、やめなさい!! それ以上暴力を振るうようならあたしだって……!!」
「まぁまぁシャルロット君、あのタコは君達をここまで案内してくれたんだね?」
「マスター……え、ええ、そうなの。お願いマスター、助けてあげて!」
「お安いご用さ。サイコディレイ」
西京の左手が淡く光る。それと同時にロブスターの動きが止まってしまう。
見ていたロブスターたちからどよめきが上がった。
珊瑚姫も震える手で転送銃を西京へ向ける。
「お、お前! リス!! なんもせーへんゆうたんちゃうんかい!! ウチら舐めとったらあかんでっ!!」
「おやおや、私達は話をしにきただけさ。あまり手荒なことはしないでくれるかい? 転送銃と言ったか、その銃が自身の命を守っていると思ったら大間違いさ。それ」
西京はアポートで珊瑚姫の持っていた転送銃を自分の手の中に転送させてみせた。
「え? え? あ!! て、転送銃!!」
「私をそのへんの野良エスパーと同じだと思わないことだ。私は話し合おうと言っているのだよ。聞こえているかい?」
再び西京の手から珊瑚姫の手へ、アスポートにより転送銃が返された。
「お……おまえら……ほんまになんなんや……」
「手荒なことをしてごめんなさい!! でもうちは悪いことばっかしよる世の中のエスパーが許せんくて、それで旅しよるだけなん!! ほんまのことじゃよ!!」
「……ふん……そんで、そもそも話って一体なんやねんな……黒あわびのこととちゃうかったら、ほんまに施設のこと話して終わりなんか!?」
「その前にラブ公を返してほしいん!! うちはラブ公さえ帰ってきたらそれでええけぇ!」
珊瑚姫は転送銃を向けたまま考え込んだ。
リスと全身タイツはともかくとして、少女二人が嘘をついているようには見えなかった。
しかしここまでの狼藉を全てなしにして話を聞くこともできない。
そう考えていたとき、珊瑚姫の頭に妙案が思い浮かんだ。
「……なぁ、あんたら、正義のエスパーってほんまか?」
「うん、うちは正義のエスパーのつもりじゃよ! もちろんシャルも西京先生も!!」
「ふーん、さよか。ほなウチの頼み聞いてくれへんか? そしたらラブ公とかいう奴も返したるし、聞きたいことにも答えられる範囲で答えたるわ」
「あ、姉さん!!」
珊瑚姫の後ろに控えていた幹部であろう青いロブスターが叫んだ。
「ウチがええゆうたらええんじゃ!! 黙っとれ!! あんな、もう知ってるかもしれんけど、今ウチら第五おさかなちゃんパラダイスの連中と戦争しとるんやわ。あんたらごっつ強いみたいやし、ウチらのことこっそり守ってくれへんか?」
「エ、エスパーを雇うんでっか!? そ、それは……」
「こっそりや!! こっそりやったらばれへんっ!! ばれへんかったら何してもええんじゃ!!」
チョンカは後ろにいる西京とシャルロットへ視線をやった。
一人では判断に困ると思ったからだ。
「ふふ、チョンカ君の思うとおりにしていいさ。私はチョンカ君の意思に従うだけだよ」
「チョンカ……あたしもマスターと同じだけど……あなたの正義は誰かに利用されていい正義なの?」
「シャル……うち……」
「……ううん、ごめんなさい。それよりも騎士君の身柄が優先ね……難しく考えなくても、誰かが困っているなら手を貸してあげるのがチョンカらしいかもしれないわね。あたしも従うわ。そ、それに……もしもどっちを選んでも、あたしだって最後まで付き合ってあげるわよ」
シャルロットは自分が至らないところまで考え、助言をくれようとしている。チョンカは今まで自分の頭では難しくて考えることが出来ないことも、友達の力を借りてなんとなく形に出来る気がしていた。
初めて出来た同年代の人間の、それも同性の友達。
戸惑いながらも仲良くしたいと思っていたのはチョンカだけではなかったのだ。
シャルロットのチョンカを思う気持ちが伝わって、思わずにんまりしてしまう。
「分かった! それでラブ公は返してくれるん?」
「さよか! おおきにな。ええ、ええ、返したるで! その代わり戦いが終わってからや! 第五の奴らカッツーン言わしたってや!」
話がまとまったと見るや、珊瑚姫はカラカラと笑いながら二つ返事のようにラブ公の返還を約束した。その姿を見てチョンカはもしかしたら返事を間違えたのかもしれないと少しだけ不安に思うのだった。
「ガーーーーーーハッハッハッハ!! 話がまとまってよかったな!!」
チョンカと珊瑚姫の会話が終わったとみて、ダディが前に出る。
「お、おっさん、何や? ずっと気になっとったんやけど、そのファンキーな格好正気なんか? 考古学者言うとったな……」
「左様!! ワシはサーカス団の団長でありながら考古学をやっておるな!! して、産後姫よ、この施設は一体何の施設であるかな!? ワシはそれが聞きたくてここに来ておる!!」
「あーん?? ま、まぁええわ……ウチらにもよう分からんけど、なんや海水の温度を一定に保つ為……やったか? なんやよう分からんけどそういう施設らしいで。おさかなちゃんパラダイスがなかったら海の水が凍るらしいわ……嘘かホンマか知らんけどな。ウチらが知っとるのはそれくらいや」
「なんと! 海水の温度とな!! ふーーーーーむ……それが分かる何かがあるのであるな!?」
「あ、あるけどあかんっ!! これ以上は戦ってもろてからや!! もしそれがホンマで知らん奴にいじくり倒されたらどえらい事になるやんけっ! おさかなちゃんパラダイス同士で本気の戦争ができんのはそういう理由もあるんや!」
(アニマの改造、生命の創造、人工物による自然への介入……古代の遺物の目的とは一体なんだろうね……)
「ガーーーーーハッハッハ!! それもそうであるな!! では御教授いただいた礼をせねばならぬなっ!!」
「なっ! お、おっさん何するつもりや!!」
背中に背負っていたリュックを降ろし、中身を漁りだしたダディを見て、珊瑚姫と取り巻きのロブスターたちは警戒心を顕わにした。
「ま、まさか!! お、おっさんやめーや!! また失敗するけぇ!!」
「そ、そうよ!! ダディさん!! ここではやめて!!」
「ガーーーーーッハッハッハ!! レディ達よ!! 心配せずともワシはプロである!! なぁに、友好の証にかるーくな、かるーく!!」
ダディはチョンカとシャルロットの忠告も聞かずに準備し始める。
リュックから出てきたのは一輪車と、しおれた袋のようなものであった。
ダディはしおれた袋に口をつけ息を送り込む。
膨らんだそれは大きなボールとなっていく。
「な……なんや? 友好の証やて? な、何をするつもりや!?」
「ガーーーーーッハッハッハ!! サーカスの芸である!! ぶ、ぶ、ぶるるるるるるっ」
豪快に震えるダディを後ろから見ていたチョンカは勘付いてしまった。
「お、おっさん!! もしかしてまたオシッコ我慢しよるんやないん!?」
「な、なんやて!?」
「ガーーーーーハッハッハ!! その通りである!! 既に便意も催しておる!! よし、準備万端であるな!!」
「な、何言うてんねん!! 何が準備万端やねんな! そ、そこや! そこの角曲がった先にトイレが──」
「無用である!!!!!!!!」
火が灯っていた。
ダディの目には既に、火が灯っていた。
「む、無用て……アホか!! 何するんか知らんけど先にトイレ済まさんかいやっ!!」
珊瑚姫も、ロブスターたちも、内腿を擦り合わせモジモジするダディから距離をとった。
ぼよんぼよん、とボールが転がり、管制室の中央で止まった。
ダディが一輪車に跨る。
「は、はぁぁぁぁ!! っくぅぅぅ~~~、はは!! こやつめ、膀胱と肛門を突き上げおるわい!!」
誰にもダディを止めることが出来なかった。
ダディは震えながら一輪車の乗り心地を確かめるように行ったり来たりさせていた。
「ああ……おっさん、なんで……なんでなん? なんで我慢しながら危ないことしよるんよ……」
「せっかく敵対状態からやっとの思いで話がまとまったのに……ダディさん! もうやめてぇ!!」
頭を抱えるチョンカとシャルロットをよそに、ダディは一輪車で慣らし運転をするかのようにあたりを一周した。
視線の先には転がっているボールがあった。
「な……何が始まるんや……お、お前ら!! 警戒しとけよっ!?」
全員が固唾を飲んでダディを見つめていた。
これから始まる、ダディの友好の証を──




