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西京とダディは魚たちに乗せられ、螺旋状の管を登り、最上階と思われる場所まで連れて来られた。
魚たちは西京のサイコガードを、最後の力を振り絞り水面から押し上げた。
「ほ、ほんなら、水路はここまでやさかい、ワシらはこれで失礼させていただきます!! な、なんでも、そこに見える扉の先が『かんせー室』っちゅーらしくて、安全のためにも姉さんはそこにおるそうですわ!」
西京とダディはそう言われて振り返ると、確かに扉があった。
施設を構築する全てが何かの金属製で、いたるところに大小の管が張り巡らされている。
もちろん扉も金属製であるし、一見して扉であると分かるものの取っ手が見当たらない。
「待ちたまえ、君たち」
魚たちはお役目を終えて、疲れた体を引きずりながらも、命が救われ安心した面持ちで各々が帰ろうとしていた。
そこを突然、西京に呼び止められてしまったのだ。
まだ何かあるのかと思いながらも逆らうことが出来ず、全員が振り返り立ち止まる。
「私は珊瑚姫の元まで案内するように言ったのだよ。君たちはどこへ行こうというのだね?」
西京は扉のほうを向いたまま、魚たちのほうへは振り向かずに淡々と喋り続けた。
「せ、せやさかい、その扉の向こうが姉さんの──」
「私は珊瑚姫の元まで案内するように、命令したはずだよ? それまで私は指一本動かさないつもりでいたのだが……どうだろうか? 今私の目の前に珊瑚姫はいるのかな? いないのに君たちはどこへ行こうというのだい?」
静かに問いかける西京の背中に黒いオーラが浮かび上がる。
魚たちはそれを見てぎょっとしてしまう。魚だけに。
「え……せ、せやかて、ワシら陸には上がれしまへんで?」
「それは君たちの都合だね」
魚たちは何を言われているのか理解が追いつかない。しかし、命の危機は未だに去っていないことだけは理解ができた。
「え……え……ど、どないせい言いまんねん!?」
ざわざわと、魚たちの中にどよめきが起こる。
「ガーーーーーーハッハッハッハ!! 魚たちよ、難しく考えることはないであるな!! 西京殿の言葉の通りではないのかな!?」
「こ、言葉……通りでっか……?」
ようやく西京が魚たちのほうへ振り向いた。
依然、黒いオーラを纏ったままであった。
「私は君達に、珊瑚姫の元へ案内するようにと言ったはずだよ。君たちは案内が終わったと言うが私はまだ珊瑚姫には会えていない。ということは案内はまだ途中ではないのかね? もうこれ以上は言わないよ。案内を放棄するものは今この場で魂を浄化してあげよう」
ようやく魚たちは、西京の言っている内容が理解できた。
しかし、それは魚たちにとってあまりに酷な内容である。
いくら彼らが野生種ではないとは言っても、陸上で呼吸などできないし、陸に上がってしばらくすれば窒息死してしまうのだ。
しかし、案内を放棄し逃げ出そうとしても死が待っている。
行くも地獄、戻るも地獄。
魚たちは互いに顔を見合わせた。
どちらも地獄、どちらも死ぬなら少しでも生き残れる方を──
「物分りがいい子は好きだよ」
「ガーーーーッハッハッハ!! 魚が空を飛ぶとは何とも不思議な光景であるな!!」
西京とダディを包むサイコガードを魚たちが後ろから体当たりで扉のほうへ、少しずつ押しやっていた。
もちろん陸上である、西京にサイコガードを使う必要などない。
ただ、魚たちに案内を続行させるためだけに、サイコガードを使用していたのだ。
魚たちが次々と、決死の覚悟で水中から飛び出してくる。
次々とサイコガードに体当たりし、次々と地面に落ち、次々と窒息していった。
扉が近い。
扉は古代の技術によって作られており、近づくと生体反応を感知してうっすらと消えていった。
「な、なんや!! 誰やお前ら!!」
中にはロブスターが数多く立っており、突然の来訪者に自身の鋏を構える。
その後ろには、大きな椅子に座った人魚、珊瑚姫の姿が見えた。
珊瑚姫は驚いた表情で立ち上がり西京達を見ていた。
「ふむ、あれが珊瑚姫だね。人魚とはまた珍しいね。さて、魚君たちは案内ご苦労だったね」
窒息した大勢の魚たちで、西京達が辿った道が出来上がっていた。
「ゆっくりおやすみ、サイコシャドウ」
西京から伸びた影が、窒息して眠る魚たちを飲み込んでいった。
影は水中に入り生き延びることが出来た魚たちも飲み込んでいく。
「わっ! わっ! な、なんでや!! 姉さんに会え……うぷっ!!」
「君たち、水中にいただけで結局案内をしなかったではないか。ふふ、私は不正行為には敏感なのさ」
そして西京から伸びた影が魚たちを飲み込んでいくのを見ていたロブスター二匹が西京に襲い掛かってきた。
西京は魚をサイコシャドウで飲み込んでいたため、来た道のほうへ振り返っていたので、背後から襲われる形となっていた。
「ワ、ワレ! なにしとんじゃい!! ウチのもんを殺しおったんかい!? よくも──」
ピタリ、と──
唐突に、不自然な形で、自身の鋏を振り上げ走り出そうとした体勢のままロブスター二匹は静止してしまった。
「サイコディレイだよ。これからは永久に続く時の狭間で生きるがいい」
珊瑚姫の周囲を別のロブスターたちが囲んだ。
突然攻め入ってきたように見えているのであろう。当然の判断である。
西京達には攻め入っている感覚などないのだが、第三者から見ればそう見えて当たり前であった。
「ガーーーーーッハッハッハッハ!! そこに見えるが産後姫とやらかな!? ワシはダンダ・ンダディと申すもの!! 産後にも関わらず押し入ってしまいまずは謝罪しよう!! ガーーーーーーッハッハッハ!!」
「珊瑚だよ、ンダディ君」
ロブスターたちの間から珊瑚姫が顔を覗かせた。
「あ、あんたら……第五のもんが雇ったエスパーやな? ウチらをどうするつもりやの!?」
珊瑚姫には足があった。恐らく多くの文献にもあるように水中に入れば足がひれになるのだろうか。
青く長い髪に貝殻の髪飾りをつけ、カーデガンを羽織っている。
カーデガンの下には貝殻の水着をつけており、非常に露出が高い装いである。姫と言うわりにはラフな格好をしていた。
「ガーーーーーーハッハッハッハ!! ちょっと聞きたいことがあってな!! それでお邪魔したのじゃな!!」
「き、聞きたいことやて……?? く、黒あわびか!?」
珊瑚姫はダディを強く睨んだ。
珊瑚姫から見れば、西京とダディは自分の命を狙いに来た者、それも第五おさかなちゃんパラダイスからの刺客であると思われるエスパー達という認識である。
特にダディの、全身タイツを身に纏い髭だるまという見るからに変質者然とした風貌は、珊瑚姫に嫌悪感と恐怖感を抱かせていた。
とにかく、第五からの刺客とあれば、狙うものはただ一つ、秘宝黒あわびであろう。聞きたいことも当然そのことであると思っていた。
「君が珊瑚姫君かい? 私は旅のエスパー、西京というものさ。聞きたいことというのは、この古代の施設のことなのだが……この施設は一体何の施設なのかな?」
「ガーーーーーハッハッハッハ!! 恐らくであるが海に関する何かではないかと思われるがそれ以上はさっぱりじゃな!!」
西京と、ダディの言葉を聞いて、珊瑚姫の目が点になった。
第五おさかなちゃんパラダイスも同じ施設であろうに、ここまできて聞きたいことが施設のこととは、理解が出来ない。
「…………は? 旅のエスパー……?? え? は?」
「産後姫よ!! ワシはの、今便意と尿意を我慢しておるのじゃ!! ガーーーーーーハッハッハ!! この施設のことを調べはよぅスッキリしたいものじゃな!!」
「ふふふ、ンダディ君、その言い方だとまるで教えてくれないと暴発しても知らないぞと言っているも同じではないのかい?」
「いやいや、西京殿!! そのようなつもりは全くない!! しかし案外ちょっとした刺激で漏れてしまうものではあるな!! ガーーーーーーハッハッハ!!」
「な、なんやねん……こいつら……意味が、全然意味が分からん……!!」
「せ、先生!!」
西京達の後ろから、西京を呼ぶ声が響いた。
もちろんテレポーテーションをしてきたチョンカの声である。
「先生、大丈夫やった? あ、おっさんも」
「マスター、ここは? 珊瑚姫という人がいる場所なの?」
子供たちが帰ってきたことで一気に場がかしましくなった。
「…………ああ、大丈夫さ。チョンカ君も無事なようだね。そう、ここは珊瑚姫の部屋のようだよ、シャルロット君」
「ガーーーーーッハッハッハッハ!! 西京殿!! せっかくのフィーバータイムも終わってしもうたの!!」
「ああ、もう少し堪能していたかったね、ンダディ君」
「…………??」
何のことか分からないチョンカとシャルロットは顔を見合わせていた。
もう一人、何のことか全く分かっていない女性、珊瑚姫もその場の流れに置き去りにされていた。
「あ、あんたら!! もうええ加減にしぃや!! 結局どこの誰なんか知らんけど、乗り込んできて好き勝手さらして!! 死ぬ覚悟があるゆうことやろ!? ロブスター隊!!」
珊瑚姫の叫ぶような指示で、その場で珊瑚姫を取り囲んでいたロブスターたちが一斉に横一列に整列し、鋏を構えチョンカ達の前に並ぶ。
「え、え、何? なんでいきなり戦うことになってるの??」
「あの海老みたいなん、うちらに怒っとるの??」
「ガーーーーーハッハッハ!! 扉のノックの仕方が少し刺激的であったかもしれぬな!!」
「困ったね、あれは話を聞いてくれる様子ではないね」
「ちょ、ちょっと!! マスターたちはどんな扉の開け方をしたのよ!!」
そして珊瑚姫が掲げた腕を振り下ろした。
「かかれっっっ!!!!」
珊瑚姫の号令と共にロブスターたちが一斉にチョンカたちへ襲い掛かった。