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魚たちは西京とダディを包む球状のサイコガードを背に乗せ、水路を流れる水に逆らい、死ぬ気で泳いでいた。
「おう、結構早いものだな!! その産後姫とやらの元へも早く着きそうであるな!! ガーーーーハッハッハ」
「ンダディ君、珊瑚だよ」
「あ、姉さんのところはまだまだ先でっせ! もう少しだけ時間いただきたいですわっ! せやさけ、い、命だけは……」
魚の群れの中から命乞いが聞こえた。どうやら西京とダディに対し相当な恐怖心を持っているようであった。
「ふむ、まぁ私もそこまで短気ではないさ。ただ間違ってもサボったり時間稼ぎをしようものなら、君達の心臓の鼓動はあと数えるほどで打ち終わると思ってくれるかな?」
「ガーーーーッハッハッハ!! 握り飯でもあれば良かったな!! どれ、時間がかかるのであれば立っておるのも疲れたわい!!」
そういうとダディはサイコガードの中で胡坐をかきはじめた。
尻が接地するかしないか、そのタイミングでとても大きな嫌な音がダディの尻から漏れ出た。
「おーーーと、失礼つかまつったぁ!! ガーーーーーーハッハッハ!」
「ン゛ッ!! ニ゛、ニ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!! ブェッ!」
サイコガードとは、外からの物理的な干渉を防ぐ防御壁であるが、内からの干渉や意図的な通過は可能である。
ダディの、老朽化により荒廃した腸内環境で熟成された嫌なガスは、一生懸命に命をかけて仕事をしているお魚ちゃん数名に直撃し、エラをバタつかせながら戦線離脱を余儀なくされてしまった。
「ん!! そろそろ便意と尿意が戻ってきおったな!! あん? なんじゃ? もう限界か!! 近頃の若者は体力がないであるな!! ガーーーーーッハッハッハ!!」
「もちろん脱落した数名分の速度低下は残った君達でカバーするようにね。私がいいと言うまで、少しでも速度低下を招いたら君達全員、ここの水流ではなく、三途の川の水流を泳ぐことになるからそのつもりでいるようにね」
「は、は、はいっーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「シャル……」
「何よ……」
「う、うちら迷ったんやないん?」
「……そのようね」
「……そのようね、やないやん!! ど、どうするん!?」
「あなたね!! あたしにばかり頼らないでよ!! 初めて来たのだから仕方ないじゃないの!!」
「シャ、シャルが分からんもん、うちも分からんよ?」
「はぁーーーーー……もうチョンカったら……確かに迷ってるわよ。マスターの反応が反対方向にすごい勢いで遠ざかってる。多分マスターのことだから目的があって移動しているのだと思うけど……」
「え、じゃあ先生のところに行く?」
「そうね、そうしたほうが……え?」
「どしたん?」
喋っていた言葉を中断し、前方を凝視し固まってしまっているシャルロットを見て、チョンカもシャルロットの見ている方向へ視線をやった。
前方の通路の脇に、上へあがる階段があった。
その階段から大きな蟹の鋏が見えていたのだ。
「あれって……なんなん??」
「あ、あたしにも分からないわよ!! か、蟹の鋏かしら……? お、大きいわね」
階段の通路から飛び出ているように見える蟹の鋏は上下に動いてはいるものの、一向にこちらの通路に出てくる気配がなかった。
チョンカとシャルロットは恐る恐る近付いてみた。
「しゅ、主任~!! 堪忍して下さいや!!」
「やかましいんじゃボケェ!! グネグネゆうとらんと、もっと力入れて押さんかいっ!!」
「そやかて主任、なんでこの道、通らはったんですか? なんぼ近道やゆうても通れんことは分かってはったんやないんですか!?」
「お前さっきから誰に口聞いとるんじゃボケコラァ!! い、急いでたさかい、忘れとったんじゃ!! それよりもはよ押せやっ!!」
二人の怒鳴り声でのやり取りを聞いて、チョンカとシャルロットは顔を見合わせた。
「なんか、面倒そうな奴じゃね……」
「あたしも同じことを考えていたわ」
「助けるん?」
「え、嫌よ! 助けたいならチョンカだけでやってよね」
「うちもあんま助けとぅないかな……なんか助けても逆に襲われそうじゃけぇ」
「言えてるわね」
意見が一致し、通り過ぎようとしたとき通路からタコがヌルリと出てくるのが見えた。
「あ、お前ら!! なんか声がする思うたら!!」
「あ、タコじゃ」
「あたしタコってあんまり好きじゃないのよね。気持ち悪いから」
「な、な、なんやとコラァ!! 誰がキモイやて!? もういっぺん言うてみいやコラァ!!」
そう言うとタコはプリプリ怒りながら精一杯自分を大きく見せようと足を伸ばし体を空中で静止させた。
「えータコって器用なんじゃね」
「な、何あの格好!? うぇぇ」
「なんやとコラァ!! ……あ、お前らまさか!! 正義のエスパーチョンカか?」
タコの発言を聞いて、チョンカの鼻の穴がブッと膨らんだ。
チョンカはそのままの顔でシャルロットを見た。
「……なによ」
「う、うち、うちの名前ってそんなに轟いとるんじゃろか!? 正義って……正義って!!」
「……その顔やめなさいよ。ムカつくわ……はぁ、そんなわけないでしょ? 大方そこのタコが騎士君のことを知っているんじゃないの?」
シャルロットの言葉はあまりチョンカには届いていなかったのだろう、チョンカは表情を崩さずにタコに向き直った。
「う、う、うちは!! うちは!!」
チョンカは前々から考えていた正義のポーズをとるべく、両手でサイコルークスを発動させ、腕を顔の前で交差させた。
そして一気に両腕を降ろし、足を開き、サイコルークスの手刀をつくりながら右手を胸の前へ、左手を体の少し後方で固定させた。
「正義の味方!! エスパーーー…………チョンカ!!!(シャキーン) シャル!」
「ダッサ……はいはい……」
ポーズを決めるチョンカの後ろでシャルロットのパイロキネシスの炎が燃え上がる。旅の中で二人は事前に打ち合わせをしていたのだ。もちろん、チョンカの一方的な要望ではあったが、そんな場面は一生来ないと思っていたシャルロットは生返事で了承をしていたのであった。
「な……なんやねんな……自分、ごっつかっこええやないけぇ……」
「ほ、ほんま!?」
「ええ!!?」
信じられないと言わんばかりにシャルロットが大きな声で驚いているがチョンカには聞こえない。
「ラブ公がゆうとった通り、あいつのこと助けに来たんやろ? 安心しぃや、あいつ牢屋に閉じ込められとるけど、別になんもされてへんし、ごっつええ奴やさかい、ワイが今上のもんにゆうて逃がしてやろう思うてんねん」
「あ、そうじゃラブ公!!」
「はぁ~~~……」
いつもはラブ公のことを忘れたりなどしないチョンカであるが、今回ばかりは「かっこいい」と言われ、一瞬すっぽりとラブ公のことが抜け落ちてしまっていた。シャルロットもそれを分かっているので特に責める気にはなれないのだが、聞いていてため息が出るくらいは仕方のないことであった。
「ラブ公、捕まっとるん?」
「そやで。今ここはものごっつデリケートなんや。いつ敵が攻めてきてもおかしない。そやさかい、危険人物かも知れんゆうて牢屋に放りこんだんや。まぁでもワシが危険やないって確認したさかい、ここの偉い人に言うて開放してもらおう思うとるんやで」
「おぅこら壷輔」
ビクリと飛び上がりタコが肩(?)を震わせた。ゆっくり後ろを振り返り、蟹が未だ通路に挟まれたことを確認し安堵のため息を吐く。
「なんでっかぁー?? ワシ忙しいんですけどぉー??」
「あああ!? なんやその言い方は!! コラおどれ誰に言うとんじゃコラァ!!」
「ワシ、珊瑚姫に会いに行きまっさかい、主任は自力でそっから出てきてもらえまっかぁ? ほな、さいならぁ」
「なんやとタコ助がコラァァァァ!! 戻ってこんかいコラァ!! 殺す!! おどれ絶対殺したるぅぅぅぅ!!」
「え、え、あの蟹、ぶち怒っとるんじゃけど……え、ええのん??」
「野蛮な言葉……聞くに耐えないわ……」
「ええねん、ええねん、あんなザコ蟹、ほっといたったらええんじゃ。ほな行こかー」
タコは触手でチョンカとシャルロットの手を引き歩き出した。シャルロットは手を掴まれ体に震えが走る。
「ちょ、ちょっと!! 行くってどこに行くのよ? 騎士……ラブ公君のところじゃないの?」
「あーワシもさすがに勝手には開放できんさかい、ここで一番偉い人に直接許可貰いに行くんですわ。お姉さん、ごっつ美人やん。ワシ好みやわ」
今まで褒めてくれるような人物が周囲におらず、あまり褒められ慣れをしていないシャルロットは直球で褒められて悪い気はしなかった。むしろほんのりと頬を染めている。
「あ、ありがとう……って、そうじゃなくて! その、珊瑚姫? っていうのかしら? そのお姫様にお願いすればラブ公君は解放してもらえるのね?」
「せやで」
「チョンカ、どうする?」
「うーーーーん、別にラブ公が無事なら喧嘩する必要もないけぇ、お願いして解放してもらえるならそれでええよ? もうワカメシティのときみたいに失敗しとうない」
「あなた、ワカメシティで何したのよ……」
「建物壊してしもた。えへっ」
ペロッと舌を出すチョンカを白い目で睨みながらシャルロットは心に誓った。せめて自分だけでもしっかりしていようと。西京はシャルロットが思う以上に無茶苦茶なのだが、シャルロットから見ても、チョンカ以上に無茶苦茶な部分があるのだ。
「ん……待って。マスターが止まってるわ」
「あ、ほんまじゃね。結構遠いね。随分上の方で止まっとるみたい」
「ねぇタコさん、もしかして珊瑚姫ってここから結構遠い場所にいるのかしら?」
「せやなー、こっから真っ直ぐ泳いでセンター溝抜けて更に真っ直ぐ、そのあとは螺旋溝で昇っていって……」
タコは何もない空中を見上げ触手を動かしながら順を追って道筋を考えていた。その独り言のような呟きを聞いていたシャルロットはやはりといった面持ちで頷いた。
「チョンカ、恐らくだけど、どうやらマスター達も珊瑚姫のところにいるみたいね」
「え!! シャル、なんでそんなん分かるん!?」
「いいからっ! とにかくマスターのところに飛ぶわよ!! タコさんも来て!」
「フ……ワシのことはウルフって呼んでもらえまっか?」
「ウルフ? 壷輔じゃろ?」
「ぷっ、チョンカ、あなたってそういう記憶力だけはいいのね」
「あーーーシャル!! なんか分からんけど今うちのこと馬鹿にせんかった!?」
「あーもう、いいから行くわよ! ほら、ウルフさんも!!」
こうしてチョンカ達はウルフを連れ、西京の元へテレポーテーションをしたのであった。
「壷輔ぇ……ワレほんま覚えとけや……」




