1-7 「こんな筈ではなかったのに……」
すぐさま飛び出し、トシとツネの間に割って入ろう――そう踏み出した足が、ピタリと止まった。
トシはツネの手を取り何か声をかけながら、さすりだしたのだ。一方のツネも、どこか恥ずかしそうに、しおらしくうつむいていた。
(あんだってんだ……一体、これはよぉ……)
あのスラリとした涼やかな容姿だ。新選組時代も、トシはおなごから黄色い声を向けられることがよくあった。奴は表向き「隊の規律を乱す」と冷たくあしらっていたが、ワシにだけは自慢げに、言い寄って来るおなごの数を誇っていたものだ。
腹の底からドス黒い怒りがふつふつとわき上がってくる。これから修羅場を共に駆け抜ける事となる土方歳三であろうと、ワシの妻に手を出すことは、到底許せるものではない!
しかし、足は石の様に固まったまま、一歩も動くことが出来ん。その間も、ツネはトシにされるまま、肌に触れる事を許している。
(ツネまで……あのように照れおって)
怒りはワシに飛び出せと急かす。
(だが、何と言う?その手を離せ、と?ワシはツネの何なのだ。)
その時、怒りと同時に冷たい波が全身を駆け抜けた。ワシは、自分のおかれている残酷な現実を嫌でも思い知らされていたのだ。
今のワシはおなご。ツネと結ばれようハズもない。なのにワシは当たり前の様にツネがこの先ずっと隣に居てくれるものと決めつけていた。
(何が、一生守るじゃ……)
そんなものは、ただの独りよがりの妄想に過ぎない。ツネの本当の幸せを考えるのなら、おなごであるワシがいつまでも側で縛り付けているわけにはいかないのだ。
いっそ、どこの誰とも分からぬ男に嫁ぐより、ワシにとっても気心の分かるトシと結ばれた方がよっぽど幸せになれるのではないか?
「……イサミさん?」
立ち尽くすワシに気付き、ツネが顔を上げて声をかけてきた。
「……何をしておる?」
やっと絞り出した声は、怒気を含んでいたのかもしれない。あるいはこの目が無意識に睨んでいたか。
ツネは体を一瞬ビクつかせ、トシに握られていた手を後ろに隠してしまった。
「な、なにも……私、戻りますね」
ツネはそれだけ言い残すと、小走りでその場を去っていってしまった。残されたトシも、気まずそうにちらりとこちらを見て、軽く会釈をしながらすごすごと下がっていく。
(こんな筈ではなかったのに……)
奴には悪気など無いのだ。まだワシの事を知らぬのだし、ツネの事も、そして将来はワシの嫁となるはずだった事も知らぬのだから。一方的に食って掛かったところでこちらの印象を悪くするだけだ。トシはこの先、新選組を結成する上で無くてはならぬ存在。こんなところで仲違いをするわけにはいかぬ。
それから、祭りの様な出稽古は無事終了し、そのまま道場は盛大な宴会会場となった。誰かが笛や太鼓を持ち出してきて歌って踊り、師匠もすっかり上機嫌な様子で刀を抜いて演武を披露した。
しかし、宴もそこそこにツネが疲れたから先に帰ると言い出した。一人では心配ゆえ、ワシが送ろうとしたのだが、
「いえ、心配には及びません。せっかくの宴席なのですから、イサミさんは師匠の側に居てあげてください」
そう言い残して、そそくさと宮川家に戻ってしまった。
(……避けられた? ワシが、ツネに……?)
いつも行動を共にしてきたツネがワシの事を避けている。信じたくないという気持ちがあったが、その嫌な予感は翌日、最悪の形で確信へと変わった。
帰りの道中、ツネの隣に並んで歩こうとしても、なぜか彼女はスッと歩幅を変えて距離をとる。「どうした?」と声をかけても、返ってくるのは生返事ばかり。
結局、江戸の試衛館に帰り着くまで、言葉を交わすことは一度もなかった。
そして……その日を境に、ツネはパタリと道場へ姿を見せなくなった。




