1-6 「トシの野郎っ!ツネはワシの嫁じゃぞ―ッ」
道場の落成祝いは、さすが日野の名主・佐藤家が取り仕切るだけあって、大勢の村人たちでごった返していた。試合を見物する人だかりは道場を取り囲み、祭りの様な賑わいだ。
そこへ料理や酒が惜しみなく振る舞われ、飲んで食べての合間に行なわれる野試合は、大いに盛り上がっていた。
この日、集まった日野の腕自慢達の多くは農民である。天然理心流の門下生も混じっているが普段から四六時中、剣を振るっているわけではない。しかし、クワを剣に持ち替えた男たちの力は侮れない。毎日の農作業で鍛え上げられた肉体は筋肉隆々で、たとえ竹刀であってもその一撃は重い。
とはいえ、出稽古に参じた試衛館の面々も日々精進している。それにこちらはクワではなく最初から剣を握って訓練しているのだ。その意地が祭りの野試合であっても負けられないという気概を生んでいた。
「次!島崎 勇」
「ハイ!」
気合十分、前に進み出ると、周囲からドッと歓声が上がった。
「おい見ろ、次はあの女剣士だぞ」
おなごが男と対等に剣を交えようというのだ、しかも近藤周助がその類まれな才覚を見込んでわざわざ養子に迎えた人物。好奇の視線は否応なしに高まる。
(ワシは師匠の名、ひいては天然理心流の名を背負っている。余興感覚で恥ずかしい試合など出来るものか!)
「はじめっ!」
試合開始の合図とともに、腹に力を込め大きく開けた口から渾身の気合を放つ!
「きえぇ――い!!」
剣で立ち会う時は『一にも二にも気組』相手に気合で組み勝つことが重要。案の定、目の前の相手はワシの圧倒的な気迫に気圧され、一瞬動きが止まった。
(勝負あり!)
怯んだ隙を見逃さず、ワシは一気に踏み込んだ。
「め――んッ!!」
辛うじて受け止めたという様子の相手を、そのまま強引に押しやる。
「やっ――っ!!」
体制を崩し、たたらを踏んだところへ……
「どぉ――っ!!」
乾いた打撃音が道場に響き渡る。
「一本!」の判定が下ると、周囲から一斉に喝采が湧き起こった。「さすが先生の見込んだ、お弟子さん」などと、称賛の声があちこちから飛んでくる。「女だから」と侮っていた者たちの視線も、いつしか敬意の色に変わっていた。これで面目は立ったようだ。
防具を外し、期待と重圧の重荷からも解放され、ワシは気になっていた事を思い出した。
(トシの奴、どこにおるのだ?)
歳三の姉・のぶは、この日野の名主・佐藤彦五郎に嫁いでいる。今回、彦五郎殿が入門した縁で、歳三も後に天然理心流に入門し試衛館にやってくる。
だから、ワシが「トシとの出会いは試衛館であった」そんな事を言ったら「勇さんを初めてお見かけしたのは、日野の道場です」と返された。
その事を昨日になって思い出したのだ。
(あやつ、ワシの事を泥が付いたままのジャガイモみたいな顔だから覚えていたなどと言いおって!挙句、自分は瑞々しいニンジンじゃと?どちらも田舎臭い野菜じゃろうが)
見た目も性格もまるで正反対であったが、なぜかトシとは妙に気が合った。本当なら入門はまだ先のハズではあるが、奴が側にいてくれると心強い。
(確か、今時分は実家の薬を売り歩いておったはず。師匠に試衛館で住み込み働き出来ぬか掛け合ってみるか。それにしても……)
ツネの姿も見当たらない。序盤に立ち会ったツネは、相手の強烈な小手を食らい負けてしまった。手首が腫れた様なので冷やしてくると言ったまま戻ってはおらぬ。
ワシは二人を探すため道場を出た。
そして、運命の悪戯か、それとも神仏の意地悪か。離れの井戸端で、ワシは見てしまったのだ!よりによって、トシとツネが親し気に言葉を交わしている姿を!その光景を見た瞬間、 ワシの全身に稲妻が走った。
(トシの野郎っ!ツネはワシの嫁じゃぞ――っ!)




