1-5 「これは女の務めですから」
実家の宮川家には事前に知らせてあったため、その日の夕飯は腕によりをかけた豪勢なご馳走が並んでいた。
「このおうどん、美味しい」
ツネが嬉しそうに箸を動かすのを見て、父が自慢げに語り出す。
「この地域は土が水田に向いておらんからのぉ、昔から麦を育てるのが盛んだったんじゃ。だから、うどんはここの名物でな」
「味付けは、お味噌なんですね」
「今朝、鶏を絞めて一日かけてじっくり煮込んだ。骨ごと煮込むから味噌に合う良いダシが出るんじゃ」
「へえ、私も作れるようにならないと」
ツネは歩き通しで疲れているはずなのに、先ほどから夕飯の支度や何やらを甲斐甲斐しく手伝っていた。『客人なのだから休んでいればいい』と言っても『これは女の務めですから』と、首を縦に振らない。
「ツネさんは、本当にいい嫁になりますなぁ!」
などと言われ、父にはいたく気に入られたようだ。ツネもまんざらでもない様子で、こちらをチラチラ見てくる。
(女の務めか……ワシも手伝った方がええのか?)
「お勝も剣術ばかりしてないで、少しは見習ったらどうじゃ?」
「お勝はやめてください。今は勇と名乗っております」
「よいではないか、家族の間で呼ぶくらい」
母は早くに亡くなった為、父にはこうして世話を焼いてくれるおなごの姿が可愛くてしょうがないのだろう。我が家は父と兄二人の男所帯。その中で唯一のおなごとして過ごしたワシは、すっかり男勝りに育ってしまい、父の期待にはなかなか添えなかったのかもしれん。
(……やはり、少し肩身が狭いのぉ)
長男の音五郎が妻を娶ったこともあり、どこか息苦しさを感じたワシは、ちょうど持ち上がった師匠の島崎家との養子縁組に飛びつき、江戸での暮らしを選んだのだった。
家族は嫌いではない。だが、この家にいてはワシはいつまでも、お勝のままだった。
「どうじゃ、粂次郎。いっそツネさんをうちの嫁に迎えては」
いきなりの事で言葉を失った次兄に先んじて、ワシはすぐさま声を張り上げた。
「なりませぬ!」
ツネが、驚いたように丸い目で見てくる。
「いや、その……ツネ殿は格式ある武家の娘ゆえ、我らのような農民とは身分が違います」
「おお、そうであったか。ツネ殿、それは失礼した。」
変な空気になるのを嫌い、父がとりなすように皆へ酒を振る舞い始めた。
「お勝さんは、お酒より甘い物の方がいいわよね」
兄嫁がぼたもちを大皿ごと目の前に置いた。その目はこちらを見たまま微笑んでいる。甘党であるワシは男の頃なら遠慮なく食べていた所だが、おなごになった今はなぜ目の前にわざわざ大皿ごと置かれたのか察しがついた。皆に取り分けて気を回しなさいという意味なのだ。
(おなごとは、かような生き物なのか)
ワシは構わず自分の分のぼたもちを取り、縁側へと向かった。
縁側に腰を下ろすと、ツネも付いてきて隣に座った。
「イサミさんは子供の頃、お勝と呼ばれていたんですか?」
「ああ、そうだ。師匠と養子縁組して宮川 勝から、島崎 勇に改名した。師匠も島崎の姓から宗家として改名して近藤を名乗っている。ワシがいずれ天然理心流の四代目を継いだ暁には、次の近藤の名を背負う事になる。そうなれば、ワシは正式に武士の身だ」
ツネがフフっと楽しそうに笑った。
「まるで未来の出来事が全て決定しているみたいに言うのですね」
(しまった……)
今のあまりに平和で穏やかな時間に浸るあまり、すっかり失念していた。ワシは、何度も同じ生を繰り返している身だ。この時代がどう転ぶかを知っている。だが、それを今ツネに言ったところで、混乱させるだけだろう。
「決まった様なものだ。お前は、ワシが四代目になれぬとでも思うておるのか?」
「いいえ。イサミさんならきっとなれます」
隣のツネが、まっすぐな瞳でワシの顔を覗き込んできた。
「お、おう、そうか」
「私も、イサミさんのことを陰ながらお支えしますから」
「ツネにはいつも感謝しておる」
今度はうつむいてしまったツネが、ためらいがちに尋ねてきた。
「イサミさん……その、私も二人だけの時は、お勝とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「好きにせい」
照れ隠しに、ワシはぼたもちにかぶりついた。
甘いぼたもちを飲み込んで、ワシはこの時になってようやく思い出した。明日、向かう日野には、あやつが居るはず!佐藤彦五郎の義弟・土方歳三が……




