3-6 「この酒は特別であるからな」
あとひと押しとばかりに師匠が畳みかける。
「それにしても、ツネ殿は剣の筋がよろしい。教えたことは、とても素直に忠実に守るので、着実に腕は上がっておりまする」
「そうなのですか……それは知りませんでした」
「ええ。これはワシの持論なのだが、元々女性の方が剣術に関しては才能が開花しやすいのではないかと思っていましてな」
「ほう……というと?」
「例えば、家事をする様子を見ていれば分かります。おなごは鍋で煮炊きをしている合間に手際よく掃除や洗濯をこなし、おまけに子をあやすことも出来る。同時に複数の状況を意識しながら動くことができるのです。これは大人数が入り乱れる戦場において有利に働くでしょう。対して男というのは掃除なら掃除、洗濯なら洗濯と、一つの事を完全にこなしてから、次の仕事に取り掛かる。この時、子供に話しかけられようものなら途端にその子にかかりっきりになる事でしょう。つまり、一つの事に対する集中力は高いゆえ、一対一の立ち合いであれば威力を発揮するでしょうが、敵味方入り乱れての戦いでは我を見失いがちだ。実戦を重視する天然理心流では剣の極意を臨機応変と教えておりまする。これはあらゆる場面において、全てに目を配れる器量が必要となるのです。故におなごの『目』というものは、実は我が剣術の極意に適しておるのです」
「なるほど、確かに」
八十五郎の反応を見て、師匠が満足そうに頷きあご髭をさすった。
「それに、おなごは力こそ男に比べて非力ではあるが、こと剣においては腕力だけがものをいう訳ではないのです。刀を力任せに叩きつけても、切ったとは言えぬ。正しく切るには腰を使って刃を引かねばならぬのです」
師匠はその場で両ひざ立ちになると、また実演して見せた。腰をクイッ、クイッっと、ひねっている姿はどこか卑猥さを帯びている。
「この腰のキレさえ身につければ、刀の重みも相まって力はそれほどかけずともバッサリいくのです」
「そういうものなのですか、」
「そう。まるでまな板の上の鯉を捌くが如く――」
師匠が大げさな感じに、手刀を真一文字に振る。その顔は持論を披露することに酔っている様に見えた。
(ちょっと、喋り過ぎでは?)
相変わらずの悪い癖だ。酒が入ると饒舌になる。いや、今日はまだ一滴も飲んでいないはずだが……なぜこうも調子が良いのか。
「普段から包丁を握っているおなごの方が刃の扱い方にも慣れているものでしょう?……慣れと言えば、男と違っておなごは血を見る機会も多いですからな、月のさわり……」
危うい気配を感じ、ワシはすかさずワザと咳払いした。
「ゴホン!」
「あ、……ああ!鶏を絞めたり、魚を捌いたりする時の話ですぞ。ハハハ、」
昨晩、師匠が女房殿にナニをしたのか想像がつく……
収集がつかなくなる前にと思ったのか、ツネが話を制す様に姿勢を正した。
「お父様、私に改めて天然理心流の内弟子となる事をお許しください」
畳に手を添え、深々と頭を下げる。
「うむ……剣術とは男の世界だと思い込んでいたが、そればかりでもなさそうだ。お前がやりたいというのなら、好きにしなさい」
「ありがとうございます」
ツネはもう一度深々と頭を下げた。
「いや、めでたい!めでたいぞっ!!これで天然理心流に新たな家族が増えるのだ。それを祝して、さっそく一献!」
師匠は持参した酒瓶をドンと置いた。
「ツネ殿、すまないが盃を用意してもらえぬか?せっかくのめでたい門出なのだ、上等で見栄えのするものが良いな。そうだな、朱塗りの盃など、なかろうか?」
なぜか師匠はツネの事をじっと見ている。
「朱塗りですか?確か棚の奥にあると思いますが……おちょこではなく?」
「うむ。朱塗りの平盃が良い。この酒は特別であるからな」
にっこり笑って酒瓶を掲げて見せる。その目は笑ってはいたが、ツネの事を凝視いている様に思えた。
「……少々、お待ちください」
そのやり取りを見届けながら、ワシは胸を撫で下ろし深く息を吐き出した。
(どうにか、なったか)
こうして無事にツネの内弟子入りを取りまとめることができたのも、すべては頼れる師匠のおかげだ。




