3-5 「ツネはもう十四になります」
八十五郎の興味を引き付けたところで、師匠が身振り手振りを交え勢いよく、まくしたてる。
「薙刀の様な長物は間合いを取れる故、おなごが扱うのに良しとされますが、あれはどちらかと言えば、戦場で横一列に並んだ武者集団が持つことによって効果を発揮するのです。もし、平穏な街中で突如暴漢が襲ってきた時、薙刀では咄嗟に身を守れんでしょう?いつも持ち歩くわけにはいかんのですからな」
「確かに、」
「我が天然理心流では薙刀こそ教えませんが、剣術だけでなく柔術や棍術も取り入れ、日常生活でも起こり得る実戦を想定しておるのです」
師匠がその場でヒョイと片足立ちになり、実際の護身の動きを豪快に再現して見せる。
「例えば、不意に掴みかかられようとも、素手で綺麗に投げ飛ばす! あるいは手近にあるもの――箒でも何でも構いませぬが、棒切れさえあれば、それを構えて瞬時に応戦する!」
師匠はスッと佇まいを正し、改めて言い放った。
「箒を構えるなどチャンバラ遊びではあるまいしと、侮られてはなりませんぞ。頭の中でいざとなればそれぐらいの事は出来ると考えていても、実際にその場面に立ち会うと恐怖で体は動かぬものです。だから道場で鍛錬を積み、慣れておくのが肝心。たとえ稽古とは言え、実際に経験があるのと無いのとでは雲泥の差ですからな」
うんうんと、納得して頷いていた八十五郎は、ツネの方に視線を走らせた。
「おなごであっても武術を習わせる重要性は理解いたしました。けれど……娘には清水家の奥奉公に上がらせるつもりで育ててきたのです。その為にこれまで書や礼儀作法を教えてまいりました。なのに最近は書よりもお宅の道場に通う事が多く……」
師匠がカラカラと笑う。
「清水家の奥奉公!それは、それは、大変にご立派な事で。ならば、なおのこと我が道場での経験は、そのお勤めの大いなる一助となりましょうぞ。なにせ、書も出来て、いざとなれば主の身をお守りすることも出来るのですからな」
「それは……そうかもしれませんが、」
ツネの道場通いに否定的だった八十五郎の心境が、揺らぎ始めているのが見ていてわかる。さすが師匠だ。伊達に九人もの女性と結婚を繰り返してきただけの事はある。その言葉の巧みさは、とてもではないがワシには真似できん。
「剣術道場というと荒々しい稽古を想像されておられるのでは?まずは、鍛錬の一環として弟子たちは掃除や料理といった雑用をこなす事から始めますゆえ、これは花嫁修業にもなる」
「うむ……花嫁修業と言えば聞こえはいいかもしれませんが、やはり剣術道場は男の世界。ツネはもう十四になります。今は本人のやりたいようにさせていますが、親としてはそろそろ縁談のことも考えねばなりません。その歳頃の娘が男勝りに剣術道場へ通っていると知られれば、肝心の縁談が上手くまとまらないのではと気を揉んでいるのです」
師匠はまたカラカラと笑うと、ワシの隣に並び、いきなり背中をバシバシ叩いてきた。
「ご心配には及びませぬ。こちらに控えておりますのは昨年、養子に迎えた勇と申す者」
師匠に促され、両手を畳に添え頭を下げる。
「島崎 勇でございます」
「この者、おなごながらに見込みがある故、いずれ天然理心流の四代目を継がせるため迎え入れたのです」
「娘に継がせるのですか!?」
八十五郎は目を見開き、ワシと師匠を交互に見た。
「ええ、天然理心流は実力主義ですからな。おなごであっても強ければ、道場を継げると、新たな道を示し開きたいと考えておりまする」
「いや、しかし、おなごが道場を……」
「松井殿はご存じないか?北辰一刀流の道場には鬼小町と呼ばれる、男顔負けのめっぽう強いおなごがいるのです。また、上野国で盛んな法神流にも相当な使い手のおなごがいると噂ですぞ」
「いや、私は武芸には詳しくなく……」
「さようか。これだけのおなごが剣を手に取っておるのです。今、時代は変わろうとしておるのやもしれません。我が天然理心流もその波に乗り遅れぬよう、変わっていかねばなりませぬ」
続いて師匠はソウジの隣に並ぶと、その華奢な背中を先ほどと同じように叩いて見せた。なかば叩き伏せられるようにソウジが頭を下げる。
「沖田惣子です」
「この子はまだ内弟子となって間もないのですが、その剣の冴えはまさに天賦の才!数年もすれば、江戸市内にその名を轟かせる剣豪になること間違いなしと、密かに期待を寄せている娘なのです」
「その子もおなごでいらしたか……」
(師匠もソウジがおなごだと知っておったのか、)
ワシはまだ昨日知ったばかりだというのに……考えてみれば身内の林太郎や源さんは、もちろん知っていたであろうし、内弟子の話を通した時点で師匠はおなごだと聞き及んでいたのかもしれぬ。
もしや、ワシだけが知らなかったのか?
「いずれは男女の区別なく、誰もが等しく剣術を習えるようにしたいと考えておるのです。この二人はその先駆けという訳ですな」
師匠は豪快に笑うと、またワシとソウジの背中をバシバシと叩いてきた。




