3-7 「かなわないな……」
ツネが探してきたのは三段重ねで朱塗りの盃だった。
「朱塗りは、これしかないのですが……」
「おお!さすがは由緒正しき武家屋敷、まことに立派な盃を所蔵されておる」
その盃を見て八十五郎は怪訝そうに眉をひそめていた。
「それは……」
師匠が何も言わせないとばかりに、強引に場を仕切っていく。
「さ、イサミはここに、ツネ殿は隣へ、お父上はどうぞこちらへ、ソウジお前は二人に酒のお酌をしてやるのだぞ」
「し、師匠!?私がここに座るのですか?」
ワシとツネが上座を正視する形で座敷の中央に座り、そしてツネの右隣に父上が、ワシの左隣には師匠が、それぞれこちらを向いて座った。目の前には何が起きるのだろうとニヤついているソウジという位置取りだ。
「無論だ。イサミは次の宗家になるのだから、その内弟子であるツネ殿の面倒はお主が生涯みるのが道理であろう?」
「いや、しかし、これはまるで……」
八十五郎もさすがに黙っておられず、口をはさむ。
「これは一体、何をしようというのです?」
「ハハハ、松井殿は武道や古式にはあまりお詳しくない故、ご存じないのも無理はない。これは式三献というものでしてな、室町時代に武家社会で確立された格式の高い饗宴の礼法。これより、四代目宗家イサミと内弟子ツネとの間に縁を結びます」
「はぁ……式三献?」
「説明いたしますと、武家社会におきましては古来より奇数を、中でも三を吉兆で縁起が良いものとして尊んで参りました。それゆえ、三回に分けて酒と肴を供したのです。『しきさんこん』を文字にいたしますれば、儀式の「式」に数字の「三」献上の「献」をこんと読む訳です。戦での勝利を祝し、武将が臣下の者へ酒を振舞ったのが始まりとされておりますが、「献」の字は神仏に酒をもてなす意味があり、転じて神に誓いを立てる場としても広まったのです」
「ふむ……さようか」
八十五郎は依然として、どこか狐につままれたような顔をしていたが、師匠の淀みない講釈には納得しているようだ。
ワシは畳の上で正座したまま、どうしていいものか考えあぐねていた。
新しく内弟子を迎えるからといって、これほど格式ばった式を執り行うなど、これまで無かったのだ。先日、ソウジを内弟子に迎えた時も、宴会は開いたが、ただ皆で飲んで食べての気楽なものだった。
これではまるで――
(祝言ではないか!?)
隣のツネは静かにうつむき加減で控えており、その白い頬が朱色に染まっている様に見える。
(分かっているのか?ツネは、)
師匠も酒の席の単なる余興で、この様な式を開くようなことはしない。分かってやっているのだ。ワシたちの関係を、世間では認められぬ祝言を、ツネの父上の前で「式三献」という形で執り行ってくれているのだ。
(……いいのか?)
こんな席を設ける事はもう二度とないやもしれぬ――ワシも腹を据えた。
「では、ソウジ。まずはイサミに一番小さな盃を渡してやるのだ」
ソウジから受け取った朱塗りの盃に酒が注がれる。
「イサミ、やり方は心得ておるか?縁起のいい三回に分けて飲むのだぞ」
「ハイ。」
一、二、三、と三度に分けて盃を傾け、飲み干す。その盃をソウジが受け取り、ツネに渡す。そして酒が注がれ、同じように三回に分けて飲み干した。またその盃が戻ってきて、飲み干す。それを中型の盃ではツネが先に口を付け、大型の盃ではまたワシから口を付けと繰り返し、順に三度ずつ、計九度の盃を交わす『三三九度』が済んだ。
パチン!
静寂の広がる居間に、師匠が手にしていた扇子を自分の膝へ叩きつける音が響いた。
「めでたい!不肖ながらこの近藤周助、二人の門出を祝し一曲舞わせて頂く」
師匠は持っていた扇子をパッと開いて見せ、朗々たる声で謡いながら隣の座敷に進み出ると『高砂』を舞い始めた。
『高砂や~ぁ この浦舟に 帆をあげて~ぇ……』
舞っている師匠の姿が徐々に滲んでいく、この人には最初から全てお見通しだったのだ。
(かなわないな……)
『千秋楽には民を撫でぇ、萬歳楽には命を延ぶぅ……』
隣ではツネが静かに泣いていた。
ー補足ー
・式三献
室町時代の武家社会で確立された饗宴の礼法。戦国時代には出陣や勝利の宴で行われ、江戸時代以降に庶民の婚礼儀式としても定着した。
・高砂
能の演目の一つ。大変めでたい祝言曲であり、結婚披露宴などで謡われる。




