1-3 「私の憧れなんですよ、イサミさんは」
季節は変わり、おなごの体にも慣れた。人間、与えられた環境に慣れるよりほかないのだ。日々、剣の鍛錬に打ち込むうち、肉体的な違和感も薄くなっていく。
不思議なことに、おなごとしての幼少期の記憶もいつの間にか定着しており、自分はまるで男児同然に暴れ回って育ったらしい。男だった頃の記憶と照らし合わせても、さほど大きな違いは感じられなかった。
おなごとして振る舞わなくて済むのは正直ありがたい。
ある日、門下生たちと熱のこもった稽古に励むワシに、ツネがぽつりと呟いた。
「……イサミさんは、殿方と一緒にこうして稽古をされても、平気なものなのですね」
「平気とは?」
「女は、殿方の邪魔にならぬよう一歩引くものだと教えられてきましたから」
「気にするこたぁない。天然理心流は実力主義!強い者が正義だ」
「はぁ……」
実際、ワシはその剣の才覚を認められて近藤周助の養子に迎えられ、道場を継ぐ身となった。それに、ワシが育った多摩地域は幕府の直轄地(天領)であり、農民でありながらいざという時は武士として戦えるよう武芸習得が広く認められている。元々が武芸に対して熱心な土地柄なのだ。
ツネの実家は御三卿・清水徳川家の家臣である松井家。格式ある武家の娘であり、本来であればワシの様な農民に嫁ぐなどあり得ない話だが、試衛館の跡取りという立場がその縁を取り持った。
若い頃から厳格な武家作法を仕込まれてきたツネの凛とした佇まいを見て、あの頃のワシは『武士の娘とはこうあるものか』と、いたく感銘を受けたものだ。
「父は近習番として清水家の実務を務めております。うちは武家といっても剣術は嗜む程度で、私も小さなころから書道ばかりを教えられてきました。だからでしょうか……強い侍というものに、ずっと憧れを抱いていたのです」
「そのために剣術を?」
ツネがこくりと頷く。
「イサミさんの噂を耳にしたのです。男勝りの女剣士が居ると。試衛館なら女の私にも剣術を教えてもらえるのではないかと思って」
今度は少しはにかんで笑う。
「私の憧れなんですよ、イサミさんは」
その表情はみるみるうちに曇った。
ツネは『日中では殿方の邪魔になるから』と、早朝に稽古へやってくる。
『女だてらに』と陰口を叩かれるのを嫌っているのか、あるいは男を立ててくれているのだろうとばかり思っていたが、それだけが理由ではなかったらしい。
「道場に通う事は父に酷く反対されました。おなごなら剣術ではなく、せめて薙刀にしておけと。父の言い分もわかります。きっとこれは、ただの反骨心なのです」
ツネは自分を戒めるように小さく首を振った。
「剣術は、ただ胸の内を表す為の手段なのかもしれません。父もこの気性を察してか、そのうち熱も覚めるだろうと、今は見ないふりをしてくれています……」
「反骨心か……」
湧き上がる胸の内の焦燥や怒りを、すべて剣に託し駆け抜けたワシには痛いほどよく分かる。
あの京都で、尊王攘夷派も、佐幕派も、公武合体派も入り乱れて抗争を繰り広げた泥沼の時代、力こそが正義であった。それはある意味正しい。主義主張は声を大にして叫ばなければ、時代のうねりに押し潰されてしまう。
だが、別のやり方があったのではないかと、今のワシなら思える。国内で争うべきではなかったのだ。敵は見えている正面に居るとは限らない。日本人同士で言い争うのを後ろから、ほくそえんでいた者たちがいる。
「反骨心、大いに結構!どうだツネ、明日からはもう遠慮せずワシの隣で稽古をせぬか?」
「そんな!無理です、女の私なんかが、」
「なに、心配はいらん。文句を言う奴が居りゃ、まとめて相手になってやろう!ツネは堂々と胸を張って隣に居ればよい、ワシが守ってやる。」
「ん゙~っっ‼」
ツネは何故か顔を真っ赤にして、ポカスカ背中を叩いてくる。
「あんだ⁉ ワシ、何かおかしなことでも言うたか?」
「そういうところですよ!もうっ」
師匠に直接話を通すと、翌日からツネも一緒に稽古をするようになった。




