3-2 「みな、道着を着てこい」
「なっ!なんだと!?一体どいう事じゃ!?」
「そのままの意味ですよ。私は今日から天然理心流の内弟子となります」
「はあ!?……いや、どういう……」
あまりの事態に状況が飲み込めず面食らっているワシの事を笑って、ツネがにこやかに言う。
「よいではありませんか。今までだってこの試衛館の家事を手伝い、殆ど内弟子の様な生活をしていたのですから。それが今日から、ここで寝泊まりする様になるだけです。それにイサミさんも毎日、夜道を私の見送りに付いてこなくて済むじゃありませんか」
「いや、しかし……本当によいのか??」
「私がよいと言っているのだから、よいではありませんか。何か問題でも?」
「そうじゃ!お父上には許可を頂いたのか?嫁入り前の娘が男臭い道場で寝泊まりするのだぞ?」
「許可なんて貰っていません。どうせ反対されますから」
「だったら!」
「よいのです。嫁入り前と言っても、私はどこかへ嫁ぐ気はないのですから。だから、ここに置いてください。それに、松井家の家督は弟が継ぎますので、父も私の勝手はそのうち諦めてくれるでしょう」
「いやいやいや、そういう話では、」
「イサミさんこそ、ご自分がおなごであるにも関わらず、男弟子たちに囲まれて平然としているではありませんか」
「それは、それじゃ、」
「今はソウジさんもいますし、」
「いや、ソウジは……なんでもない」
「よいではありませんか……ね?お勝さん」
スッと細められたツネの瞳から、いつも以上の凄まじい「圧」がビシビシと伝わってくる。
(完全に本気じゃ!)
一歩も引く気がないどころか、断ろうものならそのまま力尽くで押し切られる気配しか感じられない。悲しいかな、言葉の口喧嘩でおなごを説き伏せるなど、ワシには逆立ちしても無理な話であった。
その時、天の助けとばかりに師匠がふらりと姿を現した。
「なんじゃ?お主ら、こんな所で。朝飯はどうした?」
「師匠の方こそ、今日はお早いことで」
「うむ……ちょっと女房を怒らせてしもうてな。朝飯を用意してくれなんだのだ」
(そっちも昨夜は修羅場だったのですね!)
師匠は事情を聞くと、風呂敷を背負ったツネと、薄っすら笑いを浮かべるソウジ、
そして狼狽しているワシを順番に見た。
「ふむ……」
あご髭を撫でながら考え込む。
ワシは期待を抱いた。流石に師匠なら止めてくれるであろうと。しかし――
「よいのではないか?」
あっさりであった。
「師匠!よいのですか?」
「なんじゃ?イサミは反対なのか?」
「いえ、反対というわけでは……ただ、あまりに突然の事で驚いたというか」
「反対する理由も無いのなら、よいではないか。それよりも、朝飯だ」
(本当によいのか?)
ワシだって、この先ツネとどう向き合っていくべきかは、ずっと頭を悩ませていたのだ。しかし、おなご同士で夫婦になる事は許されていない。世間で認められていない以上、そればかりはどうしようもないのだ。
だったら今まで通りの暮らしをこれからも続けていくだけだ。ツネもワシの側に居てくれると言っているのだから、それだけでいい。
そうは考えても、やはりツネは格式ある武家の娘。もう数年もすれば親の決めた縁談の話が持ち上がるであろう。その時、ワシの都合で手元に置き続けてよいものか?それにワシ自身にだって縁談の話は来るやもしれん。お互い、婚姻を断り続けて暮らしていけるのか?考えはまとまらないままだったのだ。
――その後。
ワシの乱れた心境をよそに、普段通りの朝餉が済んだ。お茶をすすっていた師匠がふらりと席を立ち、皆に言う。
「すまぬが、今日の稽古は各々《おのおの》で取り組んでくれんか。ワシはこれから、少し用事ができてな」
師匠の視線がこちらに向いた。
「イサミ、ツネ、ソウジ、お主らはワシと共に来い」
「師匠、どちらへ行かれるのですか?」
ワシの質問には答えず、師匠は奥の棚から大切にしまってあった秘蔵の酒瓶を取り出すと、唖然とする我らへ、にこやかに笑うのであった。
「ほれ、どうした?出かける準備をせぬか。みな、道着を着てこい」




