2-15 「お勝さんの浮気ものっ!」
「……おぬし……おなごだったのか……」
総司は観念したように目を閉じ、小さく頷いた。
そんなはずは無い。確かに総司とは一緒に銭湯へ通い、その立派なモノを何度も見ているのだ。しかし……それはあくまで前世での記憶。ワシ自身がおなごとして生まれ変わっているこの世界ならば、総司もまた女として生まれてきていても何ら不思議ではないのではないか?
ドタドタドタッ!バンッ!!
足音と共に、勢いよく風呂場の引き戸が開いた。
「イサミさんっ!?ナニしてるんですか!?やめてください!!」
ツネが平手でバシバシと、ワシの無防備に晒した背中を思いっきり叩いてくる。
「ッ!?つね!い、痛い!やめぬか!!」
「お勝さんの浮気ものっ!」
肌が真っ赤になるまで散々叩かれ、最終的に総司が誤解だと間に入って弁明してくれたことで、ようやくその場は収まった。
夕餉の席は皆、無言であった。ツネが不機嫌なのは誰の目にも明白だったからだ。普段であればおかわりをするはずの面々もそのただならぬ気配に怯え、一杯のみで箸を置いた。
「……どうであろう?これから飲みに行かぬか?」
「そうですな、行きましょう行きましょう」
居心地の悪さに耐えかね、門下生たちは全員そそくさと外へ飲みに出ていってしまった。
それに続き、ツネまで無言でスッと席を立つと、いつもは済ませてくれる後片付けをせず、そのまま帰って行ってしまった。
総司が隣でぼそりと呟く。
「あのぉ……いつもの様にツネさんを送らなくていいのですか?」
「……う、うむ……行った方がいいと思うか?」
「ええ、たぶん……いや、行かないと更に怒らせる気がします」
「そ、そうか……」
男であるワシなら『不機嫌な時は放っておけばそのうち気が晴れるだろう』と放置を決め込むところだが、おなごになった今はその複雑な心境も分かる気がする。『放っておいてほしいけれど、本当に放っておかれると寂しい』それが乙女心というものであろう。
それに幼いとはいえ、同性である総司が言っているのだ、その忠告に従う事にした。
「……ならば行くとしよう」
片付けは総司に任せ、ワシはツネを追った。
少し駆けると、直ぐにツネの後ろ姿が見えた。
「待たぬか、ツネ」
「……」
ツネは返事をしないまま、振り返りもせずにスタスタと歩いていく。ワシも無言でその後ろをついていきながら、なんと弁明すべきか必死に知恵を絞った。
「あれは、誤解じゃ」
「それは、聞きました」
「ワシは総司が女だとは、一緒に風呂に入るまで知らなんだのだ」
「お勝さんは、やっぱり気付いていなかったんですね。そういうところですよ、まったく……」
(どういうところなんじゃ?)
聞き返すと余計に怒らせそうなので、グッと言葉を飲み込む。
ツネの怒りの矛先がどこを向いているのか、ワシにはよく分からん。
もし、その向けられた刃を上手くいなすことが出来なければ、修羅場と化すのは何となく感じている……
(こんな緊張感、池田屋でも味わった事は無いわ!)
そもそも、何が気に入らんと言うのだろうか?ワシはただ、総司と風呂に入っただけではないか。妙な場面を見られはしたが、やましい気などこれっぽっちも無かったのだ。それは総司の弁明でツネも理解しておるはず。
(そういえば……先ほどは浮気者と叫んでおったな)
もしや、ワシが総司を手籠めにするとでも思ったのか!?
(ありえぬ!)
総司は弟の様なものじゃぞ?そもそも、男だと思っておったのだ。男のワシが手をつけるわけ……
(いや!ワシ、女じゃった!!)
これまでツネは総司とワシが男女の過ちに陥らぬよう、気を揉んでいたという事だろうか?ならば、あの素っ気ない態度も頷ける。
(いや、待てよ?)
ツネは総司がおなごであると早くから気付いておったのだ。だったら男女の関係になるはずも無かろう。怒る理由が分からぬ。
(ん?……まてまてまて!)
であれば、女の総司をワシに近づけさせない様にしておったのは、なぜなのか?
(ツネにはワシが女知音だと思われておるのか?いやいやいや!)
確かにワシは中身が男ゆえ、おなごは好きじゃ。体がどうであろうと、ツネの事を好いておる。しかし、はたから見れば女同士の関係という事になろう。
心は男、体は女……ではワシとは何なのだ。
(分からん!)
ただ、これだけはハッキリと言える。
「ツネ!」
ワシは前を行くツネに駆け寄ると、その華奢な身体を後ろからギュッと抱きしめた。
「すまんかった。ワシには、お前しかおらんのだ」
「……でも、ソウジさんの事ばかり見ていたではありませんか」
「総司は、弟のようなものだ。大切ではあるが、好きとは違う」
「……本当ですか?」
「ああ、間違いない。ワシが好きなのはツネただ一人じゃ」
「……まったく、そういう所ですよ」
フッと、ツネの強張っていた身体から力が抜けた。やはりよくは分からぬままだが、ツネは許してくれたようだ。
(なんとか修羅場にならずに済んだ……)
ー補足ー
・女知音は元々、女性同士が仲良く親しく交際することを意味する言葉。それが転じて女性同士の同性愛を意味する様になった。現代で言う「百合」「GL」に近いニュアンス。
語源の由来:「知音」は中国の故事に由来し、自分の心の音(本心)を理解し合える無二の親友を指す。
江戸時代の浮世草子である井原西鶴の『好色一代男』などの文学作品において、女性同士が親しく交わる様子や同性愛を指す言葉として既に使われていた。




