2-13 「男同士、裸の付き合いを」
すっかり涼しくなり気候は秋の装いとなった、ある日の事。
稽古を終えたあと、いつもの様に三人で家事を分担してこなしていると、水汲みをしていた総司が足元をふらつかせ誤って桶の冷たい水を自分の袴にひっかけてしまった。
「これはイカン。体を冷やしては、また風邪をひいてしまうぞ」
ワシは直ぐさま総司の濡れた袴を脱がせようと、その小さな腰の帯をほどきにかかったのだが、
「い、いえ!これくらい直ぐに乾きます!」
と、総司は袴をギュッと抑え、頑なに拒んでくる。
「何を馬鹿なことを言っている。乾くまで待つより、ちゃっちゃと脱いでしまった方がいいじゃろ。どうせ直ぐに風呂に入るのだから、同じことだ」
ワシが帯を引っ張り、総司は顔を真っ赤にして抵抗する。幼い子供というのは変なところで意地を張るものだ。この騒ぎを聞きつけ、ツネが勝手口から飛び出してきた。
「何をしているのです!?イサミさん!」
慌ててワシから総司を引き離し、その背の後ろへ隠してしまった。
「いや……袴を濡らしたようじゃから、脱がしてやろうと……」
「お勝さんは、本当に気遣いというものが足りません!」
なぜかツネに幼名で呼ばれ、本気で怒られてしまった。
「……イサミさんは、直ぐにお風呂を沸かしてください……さあ、ソウジさんはお風呂が沸くまでかまどの側に」
ツネはワシに目もくれず、総司の肩を寄せ大事そうに連れて行ってしまった。
一人残された、ワシ。
(そんなに無神経だったかのう?)
前世では、夏ともなれば総司と二人で井戸の前に裸になり、水を頭からかぶって行水をよくしたものだ。
(男児が裸になるくらい、別に構わんじゃろ……)
これ以上ツネの雷が落ちるのも嫌なので、大人しく風呂のかまどに薪をくべながら一人モヤモヤと考えを巡らせた。
(それにしてもツネの奴、最近おかしくはないか?あんなに怒りっぽかったかのう?)
かくいうワシ自身も、この体がおなごに変わってしまったことで、女という生き物には定期的に感情の激しい浮き沈みがある事を身をもって知った。
だから、ツネが少し不機嫌になろうとも、寛容な心で受け止めるよう心がけていたのだが、流石にさっきの理不尽な態度には納得がいかない。
(もしやツネの奴、総司が取られるとでも思っておるのか?)
考えてみれば、ツネは試衛館にやってきた総司のことをえらく気に入り、何かにつけてお菓子をあげたり世話を焼いたりしている。その反面、ワシが総司に近づこうとすると、理由をつけてワシを総司から遠ざけようとしている節があるのだ。
そう考えると、少し腹が立ってきた。
「イサミさん」
不意に声をかけられドキリとした。振り返ればツネがそこに立っている。
「私、お豆腐を買ってきますので、お鍋の様子を見ていてください」
「あ、ああ、分かった……」
ツネはもう普段と変わらない様子であった。しかし、ワシは騙されぬ!おなごという生き物は感情を隠すのが上手いのだ。ワシには分かる。
ツネの後ろ姿を見送ってから、ワシは鍋の前で袴を乾かしていた総司に声をかけた。
「総司、風呂が沸いたから入ってしまえ」
「はい。ありがとうございます」
そう言って総司は風呂場へ向かった。
鍋のフタを開けてみると、野菜たっぷりの味噌汁がぐつぐつ煮えてしまっている。袴を乾かすために薪を多く、くべたのだろう。かまどの火をいじり、少し火加減を整えてからワシも風呂場へ向かった。
(ふふん、『鬼の居ぬ間に洗濯』とは、まさにこのことだな!)
いつも総司の面倒を見てやろうとすると、ツネが割って入って邪魔をする。ならば、ツネが買い出しで居ない今こそ、兄として心置きなく総司の相手をしてやろうではないか。
「総司、入るぞ!」
脱衣所に入ると浴室の方から、ひっくり返った様な声が帰ってきた。
「イサミさん!?なっ!何の用ですか?」
「いやな、一緒に風呂へ入ろうと思ってな」
「な、な、な、なんで!?」
「何でも何も……」
『男同士、裸の付き合いを』と言いかけて、着物の帯を緩めていた手がピタリと止まった。
(イカン。ワシ、女じゃった……)
前世の記憶があまりに鮮明なため、総司と向き合うとつい男の感覚のまま接してしまうのだ。なるほど、こういう配慮の無さが、ツネに『気遣いが足りない』と怒られる原因なのかもしれぬ。
――が、もう入ると言ったのだ。別に構わんであろう。銭湯など、混浴であるし、母親が幼い男の子を連れて一緒に入る事はよくある事だ。これも、姉が弟を連れて入っているくらいのものだろう。それに今更、弟弟子である総司に裸を見られたところで、どうって事は無い。
ワシは服を脱ぎ捨て、湯気の立ち込める浴室へと堂々と足を踏み入れたのだった。




