2-10 「総司……?おい、どうした!?」
道場に心地よい緊張感が走る。稽古の再開だ。またワシが防具を身に付け、総司に打たせる。
だが、もはや総司の眼差しは先ほどまでとは違っていた。ワザと作った隙を打たせるような生ぬるい稽古では、既に物足りなさを感じ始めているらしい。ならば、ワシも打たせぬよう本気で相手をしてやる。
「よし!ここからは一切の手加減はせんぞ。本気で守るから、切り崩してみせよ」
「ハイ!」
総司の目は爛々と輝きだした。剣術が楽しくて楽しくてたまらない、あの頃と同じ目だ。
お互い一礼して竹刀を構える。と、同時にワシは腹の底から声を出し、鋭い気を吐いた。
「きえぇぇ――いっ!!」
真剣勝負は一撃で決まる。
ゆえに天然理心流では、打ち合う前に相手を圧倒する気組を重んじるのだ。恐れさせれば先手を取れる。それだけで勝敗は大きく傾く。だれも威嚇して吠える野犬に手を出そうとは思わない心理と同じである。
「声を出していけぇ!」
手を出せば痛い目に遭う、動けばやられる、そういう心理に持っていければ、こちらが先手を取りやすくなるというもの。しかし――
バシッ!バシバシ!
ダダン!
総司はワシの気圧をものともせず打ち込んでくる。実戦形式で鍛錬を積んでいるならまだしも、初日の稽古から気後れしない胆力は幼い子供のものとは思えん。
しかも切っ先が届くギリギリの間合いをはかり、果敢に打ち込んでくる。ワシが竹刀でそれをどう受けるのか見定めているのだ。
更には、足さばきで揺さぶりもかけてくる。ダン!ダン!と床板を踏みしめる音が響く度、飛び込んでくるのかと、身構えさせられる。
こうした間合いの駆け引きや相手の焦りを誘う揺さぶりは、あの頃の総司も得意としておった。目の前にいるのは、紛れもない一端の小さな剣士だ。
「きえぇぇ――いっ!!」
総司はワシの気合にひるまず、その口端をやや吊り上げた。顔には薄っすら笑みが浮かんでいる。愉しんでいるのだ。
息つく間もなく、目の前の小さな体が横に飛び竹刀を払う。正面からの攻撃では隙が出来ないと判断したのであろう、素早く回り込みながら絶え間なく動き続け、変幻自在の太刀筋でワシを翻弄する。
「きえぇぇーいっ!」
気を抜けばいつでも一本取られてしまうだろう。ワシも渾身の気を吐き、総司の踏み込みに合わせ一歩前へと踏み出した。
ダンッ!
間を一気に詰める――筈であった。そこからつばぜり合いに持っていき小さな総司を押し返して、打ち込み辛くしてやろうという戦法であった。
しかし!総司自身も確かに踏み込んでいたはずなのに、奴は前には出ず、寸前でなんと後ろへ飛んだのだ。全身の推進力を全て相殺して瞬時に後ろへ下がれる瞬発力と体のしなやかさ。そしてワシの行動を読む恐るべき判断力。驚愕に値する。
(なっ……!?)
驚く間もなく、目の前の総司がスッと間合いを詰めてきた。後ろに飛んだかと思えば今度は間髪入れず、前に飛んだのだ。しかも、正眼の構えを一切崩さず、上半身の動きは最小限に抑えたまま、足裏の力と関節のバネだけで。
押し込もうとしたワシは思惑が外れ、前のめりになってしまっている。いまや全身が隙だらけだ。
(来るッ!)
脳裏をよぎるのは、前世で総司が最も得意としていた、あの目にも留まらぬ三段突き!
ダンッ!!
ひときわ大きな踏み込み音が、道場内に激しく響き渡った――しかし
総司は鋭い突きを繰り出すこともなく、竹刀を抱えたまま、ドスンとワシの胸の中へ丸ごと飛び込んできた。
「なっ、なんじゃ?総司……?おい、どうした!?」
ワシの呼びかけに応えず、その体はぐったりとしている。




