2-9 「和歌、ですか……」
朝餉の席では昨夜の深酒が祟ったのか、師匠はほんのひとくち分の飯をよそってもらい、それを茶漬けにしてすするのがやっとという有様だった。他の門下生たちも似たようなもので、青い顔をしてどんよりと沈み込んでいる。
そんな二日酔いで苦しむ者たち横目に、稽古で腹をすかせた総司とワシはモリモリと食べた。
「おかわり!」
「私も!」
師匠が目頭を抑えて辛そうに言う。
「これ、イサミ……もうちそっと、静かに食べぬか……頭に響いて……いや、兄弟子としてソウジの手本にならねばならぬ……いたた」
喋るのもやっとのようで、そこには普段の剣術家としての威厳をまったく感じさせない。
気付けば、源さんが手で口を押えながらモゴモゴと何かつぶやいている。
「先生のおっしゃる通り、ウップ!……イサミ殿を見らなうのは剣の腕だけにしなさい……ソウジはもっとおしとやかに、うっ!」
その隣では林太郎が渋い顔して口を真一文字に結んでいる。二人とも箸を持つこともせず、朝食は手付かずだ。
ツネが茶碗に大盛のご飯を差し出す。
「はい。ソウジさん、おかわりどうぞ。育ちざかりですから、たくさん食べてください」
「ありがとうございます」
総司は嬉しそうな笑顔を浮かべ、美味しそうに箸を動かす。ツネにはもうすっかり懐いてしまったようだ。
「他の皆さんも、おかわりどうですか?」
門下生たちはもはや返事をする気力すらないのか、声も出せず唸っているのみだ。
「そうですか……では、余ったご飯はおにぎりにして、お昼に回しましょうか」
しばらく沈黙したあと、師匠は脂汗を拭いながら、どこか言い訳がましい声でポツリと呟いた。
「自宅で飲む酒というのはイカンな……どんなに酔ってもすぐに布団へ転がり込めるという安心感があるせいで……つい、深酒になってしまう……」
ワシは辛そうな師匠に小声で尋ねた。
「師匠、本日の稽古はどうしましょうか?」
「そうじゃな……」
師匠は差し込む朝日を手で遮り、眩しそうにしながら応えた。
「もう夏も終わり……季節の変わり目というものは、なんとも言い知れない余情があって良い……こんな爽やかな朝には、うっぷ!……はぁ、穏やかに和歌を詠みあって心を鎮めるとしようではないか……」
「和歌、ですか……」
確かに天然理心流では武士としての素養を深めるために和歌や書を学ぶ機会を設けている。書は武士に不可欠な教養であるし、和歌を詠むのは、その培った書を生かし嗜む場としても有用だった。
あのトシの奴も小さな手帳をいつも懐に持ち歩き、日常の合間、思いつくままに和歌をしたためておった。もっともワシは風流な和歌のたぐいよりも、どちらかと言えば武骨な漢詩の方が好きではあるが。
すると、二日酔いでぐったりしていたはずの源さんが、かすかに震える手をヒラヒラと挙げた。
「……賛成で、あります……武士たるもの、ただむやみに剣の強さを求めるものであっては、なりませぬ……心静かに教養を養い、文武両道を目指すことこそが肝要……」
源さんのある意味必死な意見に同意して、隣の林太郎も目を閉じ無言でうなずいている。この二人は元々、道場で竹刀を振るうより机に向かって書をしたためるのが好きなのだ。
「……異議なし」「賛成……」と、他の門下生達も、這うようなか細い声で同意の意を示した。
(みな二日酔いで、ただ動きたくないだけであろう……)
総司の方を見れば、その表情は少し残念で物足りなそうに見えた。体をうずうずとさせ、竹刀を振りたくてしょうがない様子だ。どうやら先ほどの稽古だけでは、まだまだ力を持て余しているらしい。
「師匠、私と総司はもう少し体を動かしとうございます。道場の方を使わせていただけないでしょうか?」
「ああ、それも良かろう……」
「総司もそれでよいか?」
「ハイ!」
嬉しかったのか総司が元気に答えると、周りの者たちはうめき声を漏らし辛そうに目頭を抑えた。
前世でのワシならこんな体たらく許すまじと、無理にでも皆を道場に引っ張り稽古をしていたであろうが、この平和な日常に浸るのも悪くはないと、今は思える。




