2-8 「何としても、総司は守ってやらねば」
「イサミ……すまぬが、ソウジに稽古をつけてやってくれ……」
「ハイ。お任せください」
ワシの返事に師匠は痛そうに頭を抑えて母屋へ下がっていった。完全に二日酔いらしい。
「翌日、辛くなるが分かっていように……酒飲みとは本当に学ばないものだな」
下戸のワシには、呑んべえの気持ちなどさっぱり分からない。呆れたものだが、総司が隣で目を点にしていたので、師匠の面目を保つために言う。
「ああ見えて、天然理心流の三代目 宗家なのだ。腕は確かだから気にするな」
「は、はあ……」
朝飯前の稽古は、ここ試衛館に泊った者が参加する決まりなのだが、他の門下生も師匠と同じく二日酔いなのか一向に起きてくる気配はない。
しっかり者のツネは既に母屋へ来ている。最近は剣の稽古よりも朝ご飯の準備をすることが多くなった。ワシが稽古に打ち込めるようにと支えてくれているのだろう。ありがたい事だ。
ワシは改めて総司に向き直った。
「さて!早速、鍛錬を始めるか」
「ハイ!」
清々しい返事に昔の記憶が重なり、こちらの胸も躍る。二人きりでの鍛錬開始だ。
ビュッ! ビュッ! ビュッ!
静かな道場に、鋭い風切り音が響く。
目の前で素振りを始めた総司の姿を見て、ワシは思わず目を見張った。体の中心に一本の芯が通っているかの様に、一切のブレなく竹刀を振り下ろしているのだ。まだ幼いというのに、その佇まいには風格すら漂っている。林太郎が「ひとかどの剣士になるかもしれない」と、期待を寄せるのも当然であった。
ただ、総司の並外れた才能をワシも認めるところではあるが、前世の記憶を辿っても、これほど早い段階から才能を開花させていたとは思えない。記憶の中の幼き総司といえば、近所の野良犬と戯れて無邪気に駆け回っていたはずなのだから。
(ワシの知る世界とは、少し変わってきておるのやもしれぬな……)
それは生を繰り返しているワシはいつも感じている事であった。なにせワシ自身が本当は死んでいるはずなのに生き返り、その先の時代を歩んでいたのだから。世界が変わるのは当然だ。
「よし!やめぇ!」
総司は最後の一太刀を振り抜くと、 ゆっくり竹刀を下ろした。額にはうっすら汗が浮かんでいる。だが肩はほとんど上下しておらず、 息も乱れてはいない。無駄な力みを一切削ぎ落とし、切っ先が相手に届く瞬間にだけ力を使えている証拠だ。これならば何百と素振りを続ける事も可能であろう。
「いや、驚いたぞ。既に基礎が出来上がっているではないか」
ワシの言葉に子供らしい笑顔を見せると、照れながら言った。
「叔父と一緒に毎日練習していたからでしょう……たいしたことでは、」
「いやいや、立派!立派!太刀筋を見れば分かる。その歳で、そこまで体得しているとは。これなら当たり稽古もいけるのではないか?どれ、防具を付けてやろう」
道場に余っている一番小さな防具を選んでやったが、華奢な総司には大きすぎた。面や小手はぶかぶかで、胴など大きく隙間が空いてしまっている。
「ちと、大きすぎたか……仕方がない。打ち込みの練習をするとしよう」
天然理心流は徹底した実戦形式を重視する流派だ。激しい当たり稽古で実戦の勘を養うのだが、防具が合わないのでは怪我の元だ。そこでワシだけ防具を付け、総司には好きに打ち込ませるやり方に切り替えた。
お互い一礼を交わし、竹刀を構える。
「打てると思った所に打ってこい」
「ハイ!」
剣先が触れるか触れないかまで間合いを詰める。
「きえーぃ!声を出していけぇ」
ワシは正眼に構えた竹刀を、剣の表へ僅かに傾けた。総司がすかさず打ち込んでくる
「めーん!」
(いい反応だ)
竹刀で受け、鍔ぜり合いになったところで、総司の小さな体を押し返し、再び距離を取る。今度は中段に構え、飛び込みをけん制しつつズカズカと間合いを詰める。そして、切っ先を上げ面を打つ動作を見せる。腕を振り上げようとした刹那、総司の鋭い一打が小手を打つ。
「こてーっ!」
その一打たるや竹刀がまるで鞭のようにしなり、切っ先がほんの三寸ばかりしか上下していない。
ワシが構わず、そのまま上段に構えると――
「どーっ!」
がら空きとなった胴を鮮やかに絶って、総司は横を切り抜けていった。
そうやって暫く稽古をつける内に、ワシは更に驚かされることとなった。ワザと隙を作っているとはいえ、迷いなく的確に切り込んでくる。とても9歳児の判断力とは思えない剣の冴えなのだ。
(よもや、これほどとは……)
前世での総司は結核にかかり隊を離れた。その頃の新選組は鳥羽・伏見の戦いにて敗北を喫し、敗走を重ねていた時期であり、ワシは総司の看病どころではなかった。
療養所に入った後の総司の事を何も知らぬ。結核は一度発病すれば治らぬと医師から聞かされていた為、おそらくは……
もし、総司に剣の道を究めるだけの時間が残されていたのなら、並ぶ者のない剣豪へと成長していたに違いない。
「朝ご飯の準備が出来ましたよー」
ツネが手拭いを持って道場に姿を見せた。
「では、ここまで!」
「ありがとうございました!」
汗を拭う総司の小さな背中を見つめながら、ワシは心の中で決意を新たにした。
(……何としても、総司は守ってやらねば)
ー補足ー
・多くの流派では剣を構えた時、自分から見て右側を「表」左側を「裏」という。
竹刀の柄を持つ手は、右手が上、左手が下。
攻撃に移るとき「面」と「突き」は表の技、「小手」と「胴」は裏の技とされる。




