2-6 「よく、女のようだとからかわれておったな」
「ではイサミさん、私はこれで」
片付けを終えたツネがそそくさと帰って行こうとするので、ワシは流石に引き留めた。
「もう、外は暗い。おなごの一人歩きは心配だ、送っていこう」
日中はまだ日差しも強いが、季節はもう夏の終わり。日が沈むのもすっかり早くなり、外は完全な闇に包まれている。
ツネからは小声で「申し訳ありません」とだけ聞こえてきた。態度が素っ気ないと思っておったが、どうやら本人にも自覚はあったらしい。
「さあ、行こうか」
すると、源さんも立ち上がり穏やかな笑みを浮かべて言った。
「送ったイサミ殿は帰り道をどうされるのです?心配だから私も一緒に付き添いましょう」
「いや、ワシの事なら心配ご無用」
浴衣の帯に差した刀を、ポンポンと軽く叩いてみせる。もっとも、いま差しているのは本物の刀ではなく竹光なのだが。それでも見た目、帯刀している武士に喧嘩を吹っかけてくる奴など、まずいない。もし居たとしても鞘を木刀がわりに使えばワシが負けるはずもなかった。
だが源さんがハハッと笑って首を振る。
「イサミ殿の強さは知っていますよ。けれど、あなたもおなごだ。やはり心配なのです。どうか付き添わせてください」
本当に、この男はどこまでも温厚で誠実だ。源さんとはこういう人なのだ。正直、自分がおなご扱いされるのは身の毛がよだつほど居心地が悪いが、兄弟子の親切心を無下にするわけにはいかぬ。
ツネが羽織を着るのを待っていると、源さんは自分の羽織をワシの肩へスッとかけてくれた。流石にこれには苦笑いするしかない。
「もう秋口だ。浴衣一枚では湯冷めしますよ」
「そういえば源さんは十人兄弟で、妹も沢山いるのでしたな」
「おや、よくご存じで。話したことがありましたかな?なんだかイサミ殿を見ていると、やんちゃな妹たちを思い出すのです」
「ワシは源さんの妹などではないぞ」
「ハハッ!これは失敬」
その翌日。源さんと林太郎は師匠へ挨拶を済ませると、連れだって日野へと帰っていった。さっそく数日中には、総司を連れて戻ってくるという。
ワシは久しぶりに見る幼い総司の事を思うと、未来は決して楽観できぬとしても、やはり胸の奥から嬉しさがこみ上げてきた。
ただ、ツネはどうにも素っ気ないままであったが……
総司の弟子入りは反対であったのか訊ねてみても「イサミさんがお決めになったことですし、私はただ従うだけですから」と、やはり素っ気ない。
(一体、何がそんなに気に入らんのじゃ?)
まぁいい、きっと幼き総司の容姿を見れば、ツネも考えが変わるであろう。なにせ、この頃の総司といえば、その愛くるしい見た目は、正におなごの様であったのだから。
そして数日後。ついに、その総司が試衛館の門をくぐった。
「ソウジと申します。本日より天然理心流に入門いたしました。何卒よろしくお願い致します」
皆の前で総司は背筋をピンと伸ばし、折り目正しく見事な挨拶をしてみせた。だが、その姿はワシの知っている前世の記憶とは、どこか少し印象が違って見えた。
前世の幼い総司といえば、もっと子供らしくて人懐っこい、天真爛漫な振る舞いをしていたものだ。しかし目の前にいる総司は、礼儀作法を叩き込まれた実直な「武家の子」そのものといった気品をまとっている。
(以前は質素な小袖だけで、農民の様な格好をしておったのだが……)
きっと、入門に合わせ源さんや林太郎が恥ずかしくないよう気を配ってくれたに違いない。総司はれっきとした武士の子なのだから。
身なりは置いておくとして、その愛らしい幼顔は記憶とたがわぬものだった。まだ髪を切り揃えず、柔らかく伸ばしっぱなしの童髪を後ろでひとつに結い上げている。肌は陶器のように白く、クリッとした大きな瞳は、どう見ても少女のようにしか見えない。
(よく、女のようだとからかわれておったな)
だが、京へ上る頃には体はすっかり鍛え上げられ筋骨隆々として、そのうえ背も高くなり、誰もが認める凛々しい剣士に成長しておった。
「まあ!疲れたでしょう?さあ、今お茶を出しますからね」
さっきまでの素っ気ない態度はどこへやら、ツネは総司の幼くして武士の凛とした佇まいをいたく気に入ったようで、すぐさま世話を焼きはじめた。




