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誠の乙女!黄泉がえりの局長は新選組の結成を全力で阻止する  作者: 二コ・タケナカ
第二章 「ソウジ」

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2-5 「ツネ、お茶を淹れてはくれぬか」

胸をなでおろしたのか、源さんと林太郎は和やかに語り始めた。

「いやぁ、ソウジの事は何とかなりそうで助かりもうした。沖田家は武士とはいえ足軽の家系。禄も微々たるもので、養っていくのもやっとなのです」

「それでも武士は武士。こうして農家である井上の血筋から、見事に武士へと転身できた林太郎殿は我が一族の誇りですぞ」

「井上家が千人同心ゆえ認められた部分も大きいでしょうな。ただの農民の出では藩も婿養子を認めてはくれなんだでしょう」

「全くもって林太郎殿は運がよろしい。私も羨ましい限りです」

「羨ましい、ですか……私などにしてみれば、農民として暮らしていた方がよっぽど気楽だったかもしれませぬ。こうして天然理心流の門を叩いたのも、剣術を修めるのが武士の務めだからと必死になっているだけで……元より私には剣の才能などからっきしですからな。よほど源三郎殿の方が、婿養子として相応しかったのでは?」

「ハハハ、まこと惜しいことをした。私があと二つばかり早く生まれていれば、養子縁組の話はこちらに回ってきていたかもしれぬのに」

「まったく、運命とは分かりませんな。……それでも最近はミツと結婚して良かったと思える様になってきたのです」

「確か、おミツさんが十一歳の時に祝言を挙げられたのでしたな」

「ええ、沖田家の父君が急に亡くなられ、藩に出仕できねば無嗣断絶(むしだんぜつ)で沖田家はお家取り潰しになるところでしたから。足軽とはいえ武士は武士。家名を守るには致し方ありませぬ」

「それにしても十一歳とは……」

「最初は年端も行かぬ子供と思っておりましたが、近頃は家の事もけなげに尽くしてくれるのです」


黙々と飯を食いながら、ワシはこの林太郎という男の事を思い出していた。

前世で奴は多摩の有志として、ワシや総司と共に浪士組へ参加した。だが、京へ到着した際、浪士組を指揮していた清河八郎(きよかわはちろう)が幕府よりもまず朝廷に忠義を尽くすべきだと主張し尊王攘夷(そんのうじょうい)を唱えた。

過激な尊王攘夷派を抑えるため、なにより徳川幕府の窮地を支えるために集まったものだとばかり思っていたワシら公武合体派(公・天皇と、武・徳川幕府が共に支え合うという思想)は対立した。

結果、清河八郎の派閥は急遽江戸へと呼び戻されることになり、ワシらは京に残って街の警備に当たる道を選んだのだが――この時、林太郎は清河らと共に江戸へ帰る道を選んだのだ。

江戸へ戻る直前の奴に、ワシは強く問いただした。『徳川幕府のために立ち上がったのではなかったのか!』と。

奴は何も言い返すことなく、ただ静かに去っていった。当時は裏切りだと激怒したが……今にして思えば、林太郎には残してきた家族を守らねばならない事情があったのだ。

あの時代の空気に当てられ、自分こそが正義だと信じて疑わなかった傲慢さ、ワシにもそんなところがあったと思う。その同調圧力によって林太郎は断れず京まで付いてきたものの、迷いは常にあったのであろう。清河八郎の件は渡りに船だったのかもしれぬ。今なら、同志からののしられようと、家族の元へ帰ったこ奴の事も許せる。


「ツネ、お茶を淹れてはくれぬか」

「急須なら、そこにありますよ」

「お、おう……そうか」

ツネの冷ややかな返事にタジタジになりながら、ワシは食べ終えた茶碗にお茶を注ぎ、静かにそれをすすったのだった。


ー補足ー


沖田林太郎(おきたりんたろう)

文政九年(1826年)武蔵国 多摩郡 日野宿に生まれる。

弘化四年(1847年)頃に白川藩(福島県)士である沖田家の婿養子となり、長女ミツ(総司の姉)と結婚。沖田家を継ぐ。

文久三年(1863年)に浪士組に参加し上京するが、清河八郎らと共に江戸へ戻る。その後、浪士組は庄内藩(山形県)預かりの新徴組(しんちょうぐみ)と改め、江戸の警備にあたる。林太郎はそこで小頭となる。


・思想

ペリー来航をきっかけに、幕末の頃はそれぞれの思想を掲げ国内の対立は激化していた。

開国を推し進めようとした徳川幕府に対し、天皇を尊び(尊王)外国勢力を武力で追い払う(攘夷)を訴える尊王攘夷派(そんのうじょういは)が生まれる。

尊王攘夷派の中でも過激な浪士が京都に集まり問題となった為、治安維持の名目で浪士組(後の新選組)が結成される。

徳川幕府は天皇をないがしろにするつもりはないと、天皇と共に外国の脅威に立ち向かう公武合体を唱える。(新選組は、一応この立場)

しかし、徳川幕府ではもう政治を任せられないと倒幕を唱えるものや、今こそ徳川幕府を支えるべきだと過激な佐幕派(徳川幕府を補佐)が生まれるなど、国内は混迷を極めた。

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