2-2 「まさに、あの話をしに来たのであろう」
ワシは湯船に浸かりながら、今後の身の振り方について頭を悩ませていた。
そう、新選組結成の阻止についてだ。
脳裏に、浪士組募集の知らせを聞いた日の記憶がよぎる。
文久三年(1863年)に十四代将軍・徳川 家茂公の上洛に伴う警護のため浪士組が結成された。
当時の京都には、天皇の威光を笠に着た尊王攘夷(外国人排斥を主張)を唱える過激な浪士たちが集まり、不穏な動きをみせていた。
その者たちから京の都を守るという名目で、幕府は武士以外の身分からも広く人手を集めたのだ。この時の浪士組が後に新選組となる。
ワシの地元である多摩地域は元々、半農半士として普段は農業を営みながら有事の際には、武士と同じように徳川家に忠義を尽くし働いてきた。
浪士組の募集があった際も、多摩の男たちは真っ先に名乗りを上げた。当然、前世のワシも『剣の鍛錬を積んできたのは、まさにこの時のためだ!』と勇み立って参加したわけだが――
もし、この浪士組に参加しなければ。いや、ひいては局長であるワシさえ新選組に関わらなければ、これから出会うであろう多くの仲間たちの命を、悲惨な運命から守れるのではないか?
(しかし……)
本当にワシだけが京都に行かねば、新選組は結成されずに済むのだろうか?誰ぞが第二の局長として幕末の動乱に身を投じては意味がない。
であれば、未来の惨状を知りながら、自分だけ見ぬふりをして戦乱の世から身を潜めているなど、男の誇りにかけて到底看過できるものではなかった。
(おそらくトシは、もう大丈夫であろう)
『だから侍は嫌いなんだ』と吐き捨てて去っていったトシの顔を思い出す。
奴は侍という身分を激しく嫌いながらも、その裏返しとして自らが侍になり、これまで自分を見下してきた者たちを見返し、認めさせたいという強い執念を持っていた。
その焦がれるような想いは、常に行動を共にしていたワシには痛いほどよく分かる。天然理心流の宗家として農民から武士になったワシの背中を、あ奴はずっと目標にし、憧れてくれていたのだから。
ワシがこの先トシと関わらなければ、将来も一人の薬売りとして血なまぐさい争い事とは距離を置いた人生が歩めるであろう。
問題は他の隊士だ。特に新選組で組長を務めた人物たち……今日の稽古では丁度、その懸念する人物が顔を見せていた。
(まさに、あの話をしに来たのであろう……)
ザバーッ!
意を決してワシは風呂から上がった。
夕餉の席に顔を出すと、皆は既に食事を終えているところだった。
「イサミ殿、先に頂きましたぞ」
「ああ、構わぬよ」
「では!皆の衆、今宵も繰り出すといたしましょうぞ」
腹を満たした者共は一杯ひっ掛けるために、ぞろぞろと出て行った。
「イサミさん、どうぞ」
ツネがご飯をよそって出してくれた。隣には手つかずのまま食事が用意されている。いつもツネはワシが食卓に着くまで、手を付けず待っていてくれるのだ。
(いじらしいやつめ)
サッサと食べて、飲みに行く奴らとは大違いだ。
今日の稽古には日野や周辺地域から十数人が集まった。試衛館は十八畳しかない小さな道場ゆえに、十人も入れば足の踏み場もなくなるほど手狭になる。
稽古後はそのまま帰る者もいれば、夕飯を楽しみ食べたら帰っていく者もいる。今夜、道場に泊っていくと言ったのは5人。多摩からわざわざ足を運び、稽古に励む者は何日か泊っていくし、食客として他の流派から腕を磨きに来ている者もいるので、その者たちも泊っていく。今のところ住み込みの内弟子として、常時この屋敷に寝起きしているのはワシだけだ。
ツネが酒盛りに加わらず静かに寛いでいる二人にも世話を焼きはじめた。
「源三郎さん、お茶はどうですか?」
「いただこう」
「林太郎さんは?」
「ええ、かたじけない」
お茶をすする姿を眺めつつ、ワシは心の準備をしていた。
井上 源三郎 後に新選組 六番隊 組長を任せる実直で誠実な人物。
沖田林太郎は新選組 一番隊 組長を任せた総司の叔父だ。




