1-10 「はい。いつまでも」
トシが持っていた竹刀を投げ捨てた。
「だから、侍は嫌いなんだ」
捨て台詞を残して去っていく。ワシもこれ以上は、やり合うつもりはなかった。
すぐさま駆け寄ってきたツネが、背中を心配そうにそっと撫でてくれる。
「イサミさん、大丈夫ですか?」
「大事ない」
「念のため、部屋で手当てを致しましょう」
ワシらは母屋の自室へと戻った。
「今、薬を持ってきますから」と、慌ただしく部屋を出て行ったツネを見送り、ワシは土方歳三という男の事を思い出していた。
トシの両親は幼いころに亡くなっており、六人兄弟の末っ子だった奴は兄や姉を親代わりに育った。その為か一つ年上のワシには甘えた態度を取ることがあった。人前では決して弱みを見せぬ男だが、一度信頼の置いた相手には人懐っこいところもあるのだ。
十歳を過ぎた頃、江戸でも評判の呉服屋へ丁稚奉公に上がったと言っていたのを思い出す。
その呉服店は商人でありながらも元は武士の家系で、庶民相手ではなく地位の高い武家を主な商売相手にしていた。そんな大店になぜトシが奉公に上がれたのかと言えば、トシの実家は日野でも有数の豪農だったからだ。
トシ自身も家が裕福であるという自覚はあったはずだ。そんな甘やかされて育ったトシに現実は重くのしかかった。丁稚など取るに足らない下働きとして扱われたのだ。どんなに裕福な家の出であろうと、農民は農民。そこには超えられない身分の差があった。
トシはわずか数日でその理不尽さに耐えかね、日野へと逃げ帰ったという。代わりに薬売りを始めたのも、誰かに命令されてやる仕事ではなく、自分の裁量だけで動ける自由を求めてのことだった。そんな身の上話を酒の席でポツリと語ったのを思い出した。
(あんな大立ち回りをやらかしたのだ、トシとはもう二度と関わることもなかろう……)
奴にしてみれば、こちらが一方的に難癖をつけて喧嘩を吹っ掛けたとしか思えないはずだ。未来の事情など知る由もないのだから。
去り際に吐き捨てた「だから侍は嫌いだ」という言葉も丁稚奉公での扱いを思い出したのであろう。思い返せば新選組時代、奴が侍らしくと必死だったのはそういう事情があったからに違いない。
ワシを局長として支えてくれたのも、農民でありながら武士へと成ったこの境遇に憧れを持っていたからかもしれぬ。
準備を整えたツネが戻ってきた。
「イサミさん、お薬です。飲んでください」
それは熱燗に溶いた、あの石田散薬だ。くしくもトシが売り歩いている薬であった。
(もう、忘れよう)
ワシは一気にそれを飲み干した。
「背中、見せてください」
巻いていたサラシを外し、ツネの指が背中をなぞっていく。
「痛むところは、ありませんか?」
「ああ、何ともない」
「でも、少し熱っぽい……念のため湿布、張っておきますね」
ツネは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
ここまで大事にしたのだ。今更、臆することもないと、ワシは聞いた。
「ツネ、トシとは……あの歳三という者とは、どういう関係なのだ?」
「どういう関係?」
「とぼけるでない。出稽古の時、あの者と親し気にしておったではないか」
「!?……あれは……」
「なぜ隠す?ワシに言えぬような事なのか?」
ツネは姿勢を正すと畳に両手を添え、頭を下げた。
「申し訳ありません、イサミさん。あの日、私は試合に負け、試衛館の門弟として面目を躍如する事が出来ませんでした。その上、あろうことか手首に怪我を負ってしまったのです。あの薬売りの方は、腫れに効く軟膏を持っていると言って、親切に分けてくださっただけで、」
「……それならば、なぜ隠す必要がある」
「イサミさんに余計な心配をかけたくなくて、何より手の怪我を父に知られては道場へ通う事を止められるかもしれない」
ワシはツネの弁明を聞くうち、全身から冷や汗が流れ始めた。
(もしや……ワシの早とちり?)
「結局、父には怪我がバレてしまいましたけれど……完治するまでは道場を休むようにと厳しく申し渡されてしまい、致し方なくこの数日ほど通えなかったのです」
「で、では、なぜ歳三がそなたの実家へ足を運ぶ必要があったのだ?」
「あの方には本当に良くしていただいたので、何かお礼がしたいと思い、薬売りなら父の伝手で清水家へ薬を卸す事が許されないかと思いまして、」
その瞬間、ワシはすべてを悟った。
取り返しのつかない勘違いを、盛大にやらかしてしまったらしい。あまりの後悔の念と、トシに対する申し訳なさに、ワシは顔を上げていることもできず、両手で自分の顔を覆ったまま布団の上で悶絶した。
(すまぬっ!トシ――っ!!)
「イサミさん?……あの、もしかしてイサミさんは何か勘違いをなさっていたのでしょうか?」
図星を突かれ体をピタリと止める。
「言うなっ……ツネ」
「ふふっ……フフフフ!」
何も言わない代わりに、笑い声が聞こえてくる。
(こんな辱め、耐えられぬ!いっそのこと切腹した方がましじゃ!それならばトシにも申し訳が立つ)
死ねばまた、やり直せるのであろうか?そんな邪な考えが浮かんだが、直ぐさま振り払った。死んではツネを悲しませてしまう。何のための誓いだったのか。
(しかし、これでもう新選組にトシは居ない事になってしまう……⁉)
その時、驚くべき天啓がひらめいた。これこそ天の思し召しか!
(なにも新選組を結成する必要はないんじゃ!)
新選組がいくら抗ったところで、時代のうねりは維新へと濁流の如く突き進んでいた。ワシが処刑されず、生き延びたとしても、もう結果は見えていたのだ。ならば、最初から維新や佐幕だと対立を起こす必要はないはずじゃ。トシだって負け戦に命を賭ける羽目にならなくて済むのだ。
(これで良かったのだ!なぜこんな簡単な事に早く気付かなかったのか!)
霧が晴れた思いで、ワシはツネの前に雄々しく立ち上がった。
「イサミさんっ⁉ 胸っ!」
はだけた着物など気にせず、胸を張って言う。
「ツネ!ワシはお前の事を守って見せる!」
「フフ、今回の事でよく分かりました」
「ツネ!笑い事ではない。ワシは、お前がおらんと困る」
笑っていた表情から、しおらしくなりツネの顔が赤く染まる。ワシも耳がジンジンとしていた。酒の影響だけではなかろう。
「この先の未来もお前と一緒に居たいのだ……ずっと、隣に居てくれるか?」
ツネがまた両手を揃えて頭を下げる。
「はい。いつまでも」
ー補足ー
・土方歳三
天保六年(1835年)武蔵国 多摩郡 石田村(現在の日野市)に生まれる。
土方家は豪農であり、歳三は六人兄弟の末っ子。
父は歳三が生まれる数か月前に亡くなり、母も歳三が三才の頃に亡くなる。
十一歳で江戸の松坂屋呉服店に丁稚奉公に上がるが、数日で日野に帰ったという。
その後、姉ののぶが嫁いだ日野宿の名主・佐藤彦五郎の屋敷に身を寄せる。
日野の道場で剣術を学びながら、家伝の「石田散薬」を売り歩いていたという。
嘉永四年(1851年)天然理心流に入門。(この頃は仮入門)
安政六年(1859年)正式に近藤周助の門人となる。
文久三年(1863年)近藤勇と共に浪士組に参加。後に新選組の副長となる。
戸塚村(現在の新宿区)の遠縁で、三味線屋の於琴を許嫁にしたと言われるが、結婚には至らなかった。
明治二年(1869年)五月十一日に函館の五稜郭で戦死。




