第9話 舞ちゃん、舞ちゃん……
魔法少女は惹かれ合う。
自分で部長に言っておきながら、それが何を意味しているのか不安になっきてた。
俺は今までになく、淫獣を問い詰めた。
「言葉のままだよ。魔法少女はその運命を避けることができない。強力な敵が現れた時、お互いの魔力を必要とした時、いつも必然的に魔法少女同士は出会うんだ」
「それは決められた運命なのか? それとも、そういう状況に陥った時の話か?」
「決められた運命?」
「そうだ。何もかも決まっていて、俺達はその上を歩いてるだけなのかってこと」
「あー。それはないね。それは君らが言う、まさに神の領域だよ。そういう話でいけば、君の質問に対する答えは後者かな」
「じゃあ、俺が魔法少女として一人で十分やっていけるなら、他の魔法少女と出会うこともないのか? 例えば、部長と小鳥遊舞ちゃんが出会わないで済むこともあるのか?」
部長に何があったか分からないが、あの様子で彼女に会わせるのは危険な気がした。
少なくとも、部長が元の部長に戻るまでは、2人の距離を保ちたい。
「それは分からない。同じ街にいる以上、戦い以外のことで出会うこともある。大二郎と舞のようにね。何より、お互いに見えない敵が見えて、魔力を感知し合えるんだ。その先で魔法少女同士が出会うことは、必然なんじゃないかなあ」
相変わらず回りくどい言い方をするが、とりあえず言いたいことは理解した。
「どうして、そんな事を聞くんだい?」
「こんな風にはっきり質問しないと、お前は答えないだろ」
「そうかなぁ。もっと信用してよ」
「人間社会ではな、契約前にそれがどういう内容なのかを十分に説明するんだ。それをお前はしていない。人間社会では信用されないことだ」
こいつは、あの子にどういう風な甘言をもって、魔法少女の契約をさせたのだろうか。
14歳は判断能力が十分とされているとは言え、まだ子供だ。周囲の大人が、あの子を他人の悪意から守ってやらないといけない。
こいつはその監視を通さず、ダイレクトで接触して、一対一の契約に及んだ。俺の時と同じく。
「あの子の時はどうだったんだ?」
「小鳥遊舞のことだね? 彼女には、十分な理解を得たうえで契約したよ?」
「よく分からないまま契約したって言ってたぞ」
「認識の相違だね。人間は自分の思い通りにいかなかったとき、その不利益を他者のせいにする。魔法少女は、君達人間にはよく知られている存在なのに。そうだと知らなかった、なんてはずがない。でも、それが絵の世界ではなく、現実として目の当たりにした時、君達は こんなはずじゃなかった と言うよね」
「何が言いたい。よく分からなかった」
「この世の不利益は当人の能力不足。魔法があるんだから、君達が魔法少女としてどう生きるのかも、君達次第のはずだ。今までにない大きな力を手にして、無限の可能性を有していながら、不満を言うのはどうなのかなぁって話」
確かに、自分の思い方1つで、それが魔法の力になるというのなら、それを有効に使えば大きく人生を変えることができるだろう。
無限の可能性。この生物の言う事も一理ある。
「えらく小鳥遊舞のことを気にかけているようだけど、大二郎は自分自身をもっと心配したほうがいいと思うよ」
「どういうことだ?」
「最近の君は少し浮かれていたようだね。魔法少女としての意識が低下している」
「だから、どういうことなんだって」
「大二郎。君、魔力が落ちてるよ?」
●
俺はどうしたらいい。
あの子の前では、俺は頼もしい先輩の魔法少女でいたい。大人としての余裕を見せ、いろいろアドバイスもしたい。あの子がピンチのときは、俺が勇ましく助けたい。なのに、何故……。
「あれ? 思ってたより効いてない」
俺は舞ちゃんと共闘していた。
彼女の勝利のために、俺は先陣切って悪魔と戦っている。
相手を弱らせてから、彼女にとどめを刺してもらう作戦だ。
「いやいや、田中さん! 十分効いてますよ!」
彼女の目には、俺の攻撃は凄まじいものに見えているらしい。しかし、本人の俺には、それが以前よりも力が落ちていることが分かった。
原因は自覚していた。
あいつが言う通り、俺は浮かれていたんだ。どんなに強い敵も一撃で倒せる自分に。何より、この子に頼られる自分に。
以前は魔法“少女”を目指し、全てを捨てる覚悟でいたのに、今は違う。今は、この子に嫌われたくない。その想いが、俺が俺を魔法少女でいることを否定していた。
「舞ちゃん、今だよ!」
「えいっ!」
剣のような見た目をしたそれは、まさにマジカル・ブレードと呼んで差し支えない代物だった。
彼女の袈裟斬りを食らい、敵は爆散する。
戦いの興奮が冷めてから、ちゃん付けで口走った自分の言葉に、少し気まずくなった。
「……あっ、ごめん」
「ん? なんですか?」
「いや、その……」
苗字ではなく、下の名前で呼んでしまった。
舞ちゃん……言い慣れた言葉なのに、今はただただ気恥ずかしかった。
俺がバツが悪そうにしているのを見て、彼女はニッコリ笑う。
「好きに呼んで頂いて大丈夫ですよ。あまり苗字で呼ばれないので、舞のほうがしっくりきます」
彼女は名前だけでなく、性格まで天使だ。
彼女の気遣いに、顔が熱くなる。
「じ、じゃあ、舞ちゃん……」
「はい、なんですか?」
特に話題を考えずに名前だけ呼んだ。
そのせいで、妙な沈黙が訪れた。
これ以上黙っていると変な空気になる。そう思った矢先、天使が助け舟を出してくれた。
「田中さん、ありがとうございました。私、はじめて悪魔を退治しましたよ! 田中さんに助けられて、やっとですけど。でも、すごく嬉しいです!」
俺1人だけであれば、べつに人目の多い街中でも構わなかった。しかし、彼女には生活がある。彼女の魔法少女姿は目の癒しになるが、正体がバレては色々な支障が出るに違いない。
そのため、今回はなるべく人気のないところで悪魔が出現したことを察知してから、彼女を連れていった。
河川沿いの高架下。悪魔は中ボスくらいだったが、俺のアシストがあれば、彼女が怪我をすることはない。そう踏んで挑んだが、思ったより手間取った感覚があった。
「ありがとうございますね」
「いいんだ。舞ちゃんの力があったから倒せたんだよ」
「田中さんは優しいですね」
彼女はアニメの小鳥遊舞とは違う。
顔も、声も、アニメとは違う。
だけど、それを脳では分かっていても、胸が高鳴るのを抑えられなかった。
現に、彼女はアニメの小鳥遊舞と同い年で、魔法少女で、武器や衣装までアニメのそれで、俺を慕って、俺の名前を呼んでくれる。先輩魔法少女と、言ってくれる。
アニメ放送終了から10年。忘れかけていたあの頃の情熱が帰ってくる。
「仲間なんだから、当然だよ」
「ううん。田中さんなら、きっと私が魔法少女じゃなくても、こうして助けてくれてますよ」
彼女は大人の俺をもドキっとさせることを、こんなにも無邪気に言う。人生経験の浅さからくるのか、自分の行いの効果について、彼女は無自覚だ。
「そ、そうかな?」
「そうですよ。だって、通り魔を倒した時も、皆を助けるために戦ったんでしょう? 街中でも、何のためらいもなく変身して」
「ああ……それは、いつものことだから……」
自分の魔力を高めるために、自己肯定のために、それ以外のことはどうでもよかった。とは言えなかった。
俺がどう思っていたとしても、彼女の目には、その時の俺がヒーローに見えたに違いない。
ガッカリさせたくなかった。嫌われたくなかった。だから、それ以上は答えなかった。
「私、田中さんが皆に誤解されているのが耐えられません。誰にも見えない敵と戦って、皆を守っているのに……」
「そんな大したもんじゃない。人は見た目から入る。仕方ないよ」
「田中さんは、それでいいんですか……?」
そこまで言って、彼女はその言葉が俺を傷つけるものと気がついた。それでいい、と思っているはずがない。どうにもできないことだから、そうしているだけなのだ。
彼女は、いや舞ちゃんは、「あっ、すみません……」と目を伏せた。
「いいんだ、いいんだよ」
なんというか、親の気持ちに近い気がした。庇護欲、というのだろうか。俺がこの子を守らないといけない。そう思った。
魔法少女は戦いを避けられない。無視したくても、悪魔はこちらに襲いかかってくる。
もし、舞ちゃんが街中で敵に襲われたら、俺が退治するんだ。舞ちゃんが強くなりたいと思うなら、俺が修行に付き合う。舞ちゃんが倒したいと思う敵がいれば、俺が倒す。
舞ちゃんが、舞ちゃんが……。
この時、俺は油断していた。
この場は2人だけだと思って、注意を怠っていた。
俺と舞ちゃんの楽しげな会話を、遠巻きに物陰から見ている第三者――部長がいたことに、俺は気が付かなかったのだ。
「田中くぅん……約束、したのに……」
もし、ここで俺が部長に気づいていれば、未来は違っていたかもしれない。
今となっては、そんな後悔だけが残る。




