第7話 運命の出会い
誰かの悲鳴がして、俺は駆けつけた。
人が大勢いる休日の喧騒。刃物を持った男が、通りすがり、見ず知らずの他人を切りつけたのだ。
通り魔の出現に、場は騒然としていた。
パニックのなか、しかし冷静な者が1人だけいた。
俺、だった。
「観念しろ、悪党め」
俺には見える。通り魔は取り憑かれていたのだ。人の不幸を喰らい、この宇宙の平和を乱す存在。魔法少女の敵である、悪魔に。
「あいつをこのまま放っておけば災厄になる。ここで倒そう、大二郎」
「言われるまでもない」
会社のビルに地震をおこしたボスキャラと同格かもしれない。サイズは小さいが、禍々しさが凄まじい。
「一撃で仕留める」
俺は瞬きの間、敵の懐に潜り込み、拳を握りしめた。驚いた敵は、俺に向かって刃物を振り下ろす。
が、俺のマジカル・ジャケットが、刃物を通さなかった。それどころか、刃物は剛鉄に突き立てられたかのように、へし折れた。
人間世界の道具が、魔法に敵うはずもない。
「ーーッ!」
俺の拳が、敵の鳩尾に入った。
渾身の一撃が、敵を貫く。
「ウォォォーーーー!!」
悲鳴の後、敵は爆散した。
抜け殻となった本体の人間は、意識を失い、膝から崩れた。
事が終わってから間もなく、見知ったおっさんが話しかけてきた。
「いやはや、すごいじゃないか田中君」
「部長……」
部長はビジネススーツ姿だった。
敵を察知し、駆けつけてきたのだろう。ただ、人の目があるためか、部長は変身まではしていなかった。
「私の助けはいらなかったようだね」
「部長にはご家庭がありますから、無理なさらないでください」
「私だって魔法少女だ。いざという時は戦うさ。気を遣ってくれてありがとう」
二人の会話に割って入るように、それを見物していた若者が冷やかしの言葉を浴びせる。
「なんだあれ! コスプレしたおっさんじゃねぇか!」
「気持ち悪くて笑える!」
スマートフォンを向け、カシャカシャと写真を撮っている。昔の俺なら耐えれなかったかもしれない。だが、今は違う。
俺は、魔法少女だ。無敵の美少女だ。夢を叶えるための道のりだ。これくらいなんてことない。
「部長、私から離れてください。あなたも同じだと思われてしまう。世間的に」
「あ、ああ」
俺はSNSをしていないから分からないが、今は写真1つで簡単に世間に広まるらしい。顔も隠さず、魔法少女のコスプレで見えない敵と戦っている様は、さぞSNSの格好の餌食だろう。
「では、また会社で」
部長を尻目に、俺は帰路を辿る。
その背中に色々な声が浴びせられるが、俺は気にもとめない。ここで動じることは、俺の魔力の低下につながる。
魔法少女のまま、公衆の男子トイレに入り、置いていたボストンバックを開く。中にはスーツと、下着用のスポーツブラと女の子用のパンツがある。
俺はいつものルーティンを崩さない。
無言のまま、俺はいつもの表向きの格好に着替えた。
公衆トイレから出ると、見知らぬ女の子が立っていた。なんだかこっちを見ているようだったが、俺には関係ないと思って視線をそらす。そらして、その場から去ろうとした。
「待ってください!」
周囲には人はいなかった。
その呼びかけは、俺に向けられていたのだ。
にわかに信じられず、俺はその子を二度見した。
「あの! 私、見てました! あなたが悪魔を倒すとこ!」
「え、あ……」
真っ直ぐに見つめてくるその子を直視できず、言葉が吃った。
この子はきっと、先程の通り魔のことを言っているのだろう。魔法少女の敵は魔法少女にしか見えない。
「どうやったら、あんなに強くなれるんですか!」
「いやぁ……」
俺が言いにくそうにしているのが伝わったのか、その子は突然、はっとした顔になった。
「あっ、私も見えてます!」
「え、え、見えて……る?」
「はい! だって私も――」
●
最初は、なにかの間違えで声をかけられたのだと思った。
話を聞くと、彼女は14歳で、塾から帰る途中に俺を見たらしい。
興奮気味に話す彼女の口調、俺を見る眼差しは、それまでの周りの奴らとは違った。
「いやー、よもやよもや。君も魔法少女だったんだねぇ」
久々に奇譚なく部長以外の人と話した。ついつい俺も口調も前のめりになる。
「私も驚きました! 私なんかより全然強くて! それに……」
彼女は口ごもった。
言いにくそうな様子を見て、その先は俺が言うことにした。
「男なのに魔法少女だもんね。驚くよね」
何でもないことのように、俺は笑う。それを見て、彼女の顔も綻んだ。
「驚きました! 男の人でもなれるんですね!」
俺達の楽しげな会話に、淫獣が余計な口を挟む。
「男女は関係ないよ。人間世界ではジェンダー? っていうみたいだけど、大二郎のジェンダーは魔法少女だったんだ」
「やめろ! それ以上言うな!」
俺の必死の制止に、この人外生物は構わず話を続けようとする。それ以上は余計な話だということが分からないらしい。せっかく仲間になれそうなのに、彼女に無駄な偏見を与えることになるだろうが。
しかし、それは杞憂だったらしい。
彼女は、それよりも得意げに話す人外生物の方に興味があったようだ。目を見開いて、「やっぱりそうだ!」と会話を遮る。
「モキュちゃん、こんなとこにいたんだ!」
「え? モキュ……?」
一瞬、俺のことかと思ったが、様子が違うようだった。
「やぁ、舞。契約以来だね」
「いきなりいなくなったから心配したよー!」
「舞……?」
俺は困惑した。俺の最愛の人と同じ名前。そして魔法少女。そんなことがあるのか。
そこから先は、二人の話は耳に入ってこなかった。
「僕にも魔法少女を増やすっていう仕事があるからね。突然いなくなったのは謝るよ。でも、こうして再開できたのも何かの運命だ。改めて、よろしく頼むよ」
何を言っているのか分からないと、あっけらかんとする俺を見て、彼女は言う。
「私、この子と契約したんですよー」
屈託のない彼女の笑顔。例えそれが彼女にとっては愛想笑いでしかなくても、俺にとっては眩しくて、とても直視できなかった。
「あ、あぁ……そう、なんだね」
俺もだよ……舞ちゃん……。




