第6話 魔法の真理
結局、俺は部長に同行して、何を学んだのだろうか。
投げ飛ばされた俺は、途中で意識を失っていた。
いつまでそうしていたのか分からないが、気がつけば、よく分からない新興宗教の集団に捕まっていて、手足を縛られていた。
ガソリンをかけられ、意味の分からない祈りと共に殺されかけたその時、どうにかしてあの巨大な悪魔を倒したらしい部長が現れ、また俺を助けてくれた。
始まりも地獄、終わりも地獄。
振り返っても、そんな嫌な思い出しか残っていなかった。
●
溜め込んだ有給休暇を消化しつつ、今日の俺は、自分の進退を考えていた。
あの会社に戻れる気がしない。築き上げてきた信頼も、地位も、エントランスで変身したあの瞬間に失ったんだ。
受付嬢が俺をみる軽蔑の眼差しが、瞼の裏に焦げ付いている。
だが、この問題は一生付きまとうものかもしれない。今の会社をやめて新しく働き始めても、敵が攻めてきて、魔法少女に変身したら、また同じことになる。
俺はいつ戦いとなるか分からない身だ。こちらが悪魔を無視しても、悪魔は俺を認知して攻撃してくる。見ないふりをして通り過ぎようともしたが、悪魔に後ろから襲いかかられた。
だから、職場にバレるリスクは常にある。かと言って、俺にだって生活がある。働かないわけにもいかない。
どうしたものか。
「えぇー、そんなこと僕に聞かれてもなー。人間社会のことはよく分からないよ」
淫獣に聞いたのが馬鹿だった。
こいつらは俺の生活がどうなろうと関係ない。ただ悪魔どもを倒し、エネルギーを回収して、正常な宇宙の循環を取り戻したいだけだ。
その後に残される俺のことなんて、どうも思っていないだろう。
「これからどうしようかなぁ」
「どうするって、大二郎は魔法少女なんだから、僕としてはガンガン悪魔討伐してくれることをお願いしたいな」
今日は暇なのか、俺の独り言にいちいち反応してくる。
「俺は部長と違って、武器も持ってないんだけど。拳で戦う魔法少女とか見たことないんだけど」
そもそも少女でもなく、魔法も使えないのなら、それはもうただのおっさんだ。
俺のどこが魔法で少女なのか、教えてほしい。
「でも、それが弱いわけじゃない。どんな魔法少女にだって強みがある。大二郎は大二郎なりの強さを見つければいいんだよ」
「笑わせてくれる。そんな魔法少女、見たことがない」
「わかった! 大二郎の魔法は接近タイプなのかも! 肉体強化とか、攻撃が当たってから効果が出るとか」
「それ、敵の攻撃を受けるリスクが相当なもんじゃん。絶対に遠距離攻撃のほうがいい。わざわざ近づきたくない」
「避ければいいじゃん? 当たらなかったらどうってことないよ」
「簡単に言うっ」
「だって、そのための魔法だし」
こいつも俺の受けた痛みと恐怖を味わえば、そんな軽口は言えなくなるだろう。もっとも、人間じゃない奴に、俺の気持ちが理解できるわけもないか。
言い合いは不毛と理解して、そこまでの言葉は飲み込んだ。
「大二郎。魔法は心だよ。大二郎の想いが、願いが、魔法になるんだ」
「なんだそれ。気の持ちようってこと?」
「そうとも言うね。君のまとうマジカル・ジャケットも、部長が持っている空飛ぶステッキも、すべては心の力が源さ」
しれっと重要なことを言ってくれる。
そういうことはもっと早くに明かすべきだ。
俺がどんな辛い目にあってきたと思っている。
「じゃあ、俺が素手以外を望めば……」
「かなり大変だろうけど、他の魔法だって扱えるかもね」
その時、真っ暗だった俺の魔法少女キャリアに、希望の光が差し込んだ。
「無敵のマジカル・ジャケットをイメージすれば……」
「あんなこと、にはならなかっただろうね」
「もし俺が、魔法少女に、女の子になりたいと望めば……」
「前例はないけど、可能性は否定できないね。魔法には無限の可能性がある」
そうか。全ては、俺の想いが足りなかったからなのか。
逆に、それ次第で俺は、無敵で可愛い美少女にだってなれるってことだ。
「ただ、どんな魔法にも魔力が必要だ。大二郎の場合、まずは魔力を鍛えることが必要かな」
「どうしたらいいんだよ」
「願いや想いって、自己肯定のうえで成り立っていると思うんだよね。まずは自分自身を信じる強さ。自分を騙せない人が本物にはなれないでしょう?」
「確かに……」
思えば、なぜ部長はあれだけ強いのか。魔力がすさまじいのか。
部長は、もともと自分に自信を持っている。仕事でも決して折れない。そのうえ、魔法少女の姿に抵抗がないどころか、そこに誇りさえ感じているように見える。魔法少女になっても、部長は部長だった。
部長にあって俺にないもの。それは、魔法少女としての自分を受け入れること。自己肯定感だ。
ただ、俺と部長とでは決定的な部分が違う。
部長は女装プレイ趣味の変態野郎だから、魔法少女姿は夜のユニフォームと同じ。何も苦に感じることはない。しかし、俺にとっての魔法少女は女の子なわけで、俺が俺のまま魔法少女になることではない。
俺は、可愛い魔法“少女”になりたかったんだ。舞ちゃんみたいになって、舞ちゃんと一緒に戦いたかったんだ。
イメージと違うものを、そんな簡単に受け入れられるはずがない。
「大二郎の場合、なんだか自分に卑屈なような気がする。オタクやニートにあるらしいけど、そういう人はまず見た目からこだわったほうがいいってさ。着ている服を買い直したり、美容室にいったり、ダイエットしたりね。そしたら、自信がつくんだってさ」
「それ関係ある? ハゲとおっさんが強すぎて、お店の人に笑われちゃう」
「うーん、そういう所じゃないかなぁ」
そういう所、という言葉がやけに引っ掛かった。そして、気がつく。
「……なるほどね」
俺は、この見た目が悪いんだ。こんな見た目だから、自分を魔法少女として認められないでいる。そこから来る拒絶反応、思っていたのと違うという自己否定が、俺の成長を止めているに違いない。
悔しいが、こいつの言う通りだった。
まずは自分を騙すこと。そのためには、見た目を変えること。その結果が自己肯定につながっていく。そして、自己肯定は魔力の源であり、願いや想いの礎なのだ。
そう言いたかったんだろう! 俺は課長だから、難しい話でも理解したぞ!
「俺、変わるよ」
そうと分かれば、俺のやるべきことは決まっている。
●
まず、見た目を変えることにした。
――俺は魔法少女、魔法少女なんだ。
魔法少女は女子中学生。スーツの下にVネックのインナーなんて着ない。黒一色のビジネスソックスなんかも履かない。もっと可愛い柄の靴下でないとおかしいし、パンツだって、きっと動物の絵とか描かれているに違いない。
「んー、前よりも見た目が悪化している気がするけど……」
「黙ってみていろ!」
俺は真剣だった。
舞ちゃんが着ていそうな服や下着を買いあさり、それを身につけた。最初は家の中だけで、そういう格好でいた。
次に、女の子が持っていそうなリップやカバン、靴といった小物も身につけるようにした。筆記用具やノート、メモ帳なんかも可愛らしいものにした。仕事でもそれを使うようにしている。
周りは俺のことを、心が壊れた人のように扱うが、まったく気にしない。
朝起きてから寝るまで、食べる物から食器まで、俺は女の子を意識した。
「これだと、部長と同類に思われても仕方ないね」
ある意味、そうかもしれない。だが、受験と同じように、自分を騙すには形や環境を変える必要がある。そうすれば、自然と自信もついてくるし、モチベーションも上がるというものだ。
何故、こうまでして俺が魔力を強めたいのか、この淫獣にはわかるまい。
ただ敵を倒すことだけが目的ではないのだ。
こいつは俺に、魔法ならば女の子にもなれると言った。正真正銘の魔法少女にだ。
それが分かれば十分。俺は、俺の夢に向かって突き進む。
「すごいよ大二郎。以前に比べて魔力が増している」
やはりか。この行いは正解だったらしい。
このまま魔力を高めていって、俺は本物になるんだ。
「でも、まだ足りない。次は、これで外に出てやる。そうしたら、俺は俺に、もっと自信を持てる気がするんだ」
何故そうしたら良いと思ったのかは分からない。だが、俺はそこに確信めいたものを感じていた。
こうすれば、今よりももっと魔法少女に近づける。そんな気がした。
「大二郎がそう言うなら、仕方ないね。応援するよ」
俺の魔力アップは、こいつの目で見ても明らかならしい。効果が見えてきた以降、こいつは俺の修行に口を出さなくなった。
「臆するな俺! 俺は魔法少女だ!」
人気のない夜中を狙った。
そろそろ部屋から出て、俺は女子中学生として外出する。
はじめは近所の公園まで。そこから次第に距離を延ばしいき、最後には隣町まで行けた。
必然的に通行人と遭遇する頻度も増えたが、どうってことはない。数をこなせばすぐに慣れた。
俺に向けられる奇異の眼差しも、俺の夢が叶うまでのプロセスと思えば何も怖くはない。
そうやって、俺は昼間でもその姿のまま出歩くようになっていった。
「君、その格好は何? どこ行こうとしてるの?」
警察の職質も慣れたものだ。
俺は何の罪も犯していない。堂々としていればいいのだ。向けられた質問には真摯に話す。彼らは正義の味方で、俺と同じなのだから。敵ではないのだから。
「普段着です」
「どこで手に入れたの?」
「近場のお店で買いました」
「本当? 盗ってきたりしてない? 最近、多いらしいんだよね」
「いえ、そんなリスクは犯せません。私は魔法少女になるために頑張っているんです。そんな暇はありません」
「どうでもいいけど、ちょっと署でゆっくり聞かせてよ」
「邪魔しないでください。俺は俺の誇れる俺になるんです。忙しいんです」
それなのに、何回も交番に連れて行かれては、この日どこにいた等のアリバイを調べられたりする。
真面目に働いている警察官には悪いが、修行の邪魔だ。目標に向かって一生懸命な俺ではなく、もっと悪いやつを捕まえろ。と、声を荒げたくなるところだが、俺は魔法少女だ。女子中学生はそんな風に言わない。
感情をぐっと堪え、両手を膝の上に置き、誠実に答える。
「私が本気を出せば、どんな悪いやつでも魔法で一撃です。逆に困ったことがあったら教えてください。私も協力します」
「僕らとしては、あなたがそんな格好で出歩くから、今困ってるんだよね」
「なんでです? 私は悪いことはしていません」
「娘さんを持つ親御さんとかがねぇ、何かされるんじゃないかって不安がってるんだよ。子どもだって、君を見たら怯えている」
「それは気の毒ですが、今は多様性が尊重される時代です。いつも皆と同じでないといけない、なんてことはないんですよ。自分とは違った人を認められる大人にならなければ……。今は令和です。私としては、逆に皆さんへ考える場を与えていて、良い影響を及ぼしていると思いますよ」
本心だった。人間よりも高次元生物のはずの淫獣も言っていた。現代は多様化社会だと。
もっとも、俺が本物になる日は近いから、本物にさえなれば、皆も俺を認めざるを得ないだろう。多様もクソもない。
「すごいよ大二郎。以前とは比べものにならない。このままいけば、君はエントロピーをも凌駕するんじゃないか?!」
「奇跡でも魔法でも何でもいい。これまでの努力に、想いに、報いる日まで、進み続けるんだ。俺、行くよ……舞ちゃん?!」
お母さんへ。
世間から見たら、僕はもう、ホンモノなのかもしれません。
しかし、俺が思う本物は、そのホンモノとは違う。
今に見ていてください。
あなたは昔、娘が欲しい、と言っていましたね。
お母さんの願いのためにも、僕は頑張りますよ。
僕は、魔法“少女”になってみせます。




