表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷徹CEOは路地裏のΩに番の印を刻む〜効率主義のスパダリが小さな古書店と俺を溺愛して離しません〜  作者: 水凪しおん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/15

第11話「刻まれる絆」

 週末の昼下がり。

 九条の広大なマンションの一室は、静寂と光に満ちていた。

 高層階の大きな窓からは、眼下に広がる街並みと、遠くの海がきらきらと輝いているのが見える。

 無機質で機能性だけを追求したかつての部屋の様子は、今はもうない。

 窓辺には文が持ってきた古い木製の小さな本棚が置かれ、リビングのテーブルには色鮮やかな花が飾られている。

 九条はソファに深く腰掛け、淹れたての紅茶の香りをゆっくりと楽しんでいた。

 キッチンからは、文が軽やかな足音を立てて歩く気配が伝わってくる。


「九条さん、お茶菓子にクッキーを焼いてみたんですけど、少し焦げてしまって……」


 エプロン姿の文が、少し困ったような笑顔でプレートを運んできた。

 九条はプレートを受け取り、いびつな形をしたクッキーを一つ口に運ぶ。

 サクッとした食感とともに、素朴な甘さが口いっぱいに広がった。


「いや、とても美味しい。一流のパティシエの菓子よりも、ずっと私好みだ」

「ふふ、お世辞が上手になりましたね」


 文は嬉しそうに笑い、九条の隣に腰を下ろした。

 九条がマンションの合鍵を文に渡してから、休日のたびに文はこの部屋を訪れるようになっていた。

 二人の生活は、互いの領域を侵すことなく、ごく自然に混ざり合っている。

 九条はクッキーを食べ終えると、紅茶のカップをテーブルに置き、文のほうへと身体を向けた。

 真剣な表情に変わった九条を見て、文も自然と背筋を伸ばす。


「文さん。今日は、あなたに伝えたいことがある」


 九条の声は低く、そしてどこか緊張を含んでいた。

 文は息を呑み、九条の次の言葉を待つ。


「億田の件も解決し、小鳥遊書房の経営も安定している。私の会社も、千石たちの働きのおかげで、今はかつてないほど順調だ」


 九条はそこで一度言葉を切り、深く深呼吸をした。

 そして、文の手を取り、その細い指を自分の両手でしっかりと包み込む。


「すべての準備が整った。だから、今日、あなたに正式に申し込みたい」


 九条の目が、これまでにないほど熱を帯びて文を見つめる。

 文の胸の奥で、期待と緊張が入り混じった激しい鼓動が鳴り始めた。


「私と、番になってほしい」


 その言葉が、静かな部屋に響き渡った。

 オメガバースの世界において、「番になる」ということは、単なる結婚以上の重みを持つ。

 互いのうなじに印を刻む。

 魂のレベルで永遠の伴侶となることを意味するからだ。

 九条は文の手を強く握りしめ、言葉を続ける。


「あなたを愛している。データや論理では説明のつかない感情で、私はあなたを求めている。この命が尽きるまで、あなたを守り、あなたと共に生きていきたい」

「九条さん……」


 文の目から、せき止められていた涙があふれ出した。

 それは悲しみの涙ではない。

 自分のような小さな存在が、こんなにも深く、強い愛情で包まれることへの喜びと感謝の涙だった。

 文は九条の胸に飛び込み、その背中に腕を回して強く抱きしめた。


「私でいいなら……どうか、私を九条さんの番にしてください。九条さんと一緒に、これからの時間を生きていきたいです」


 文の震える声を聞き、九条の腕に力が入る。

 九条は文の身体を抱きしめたまま、そのうなじへとゆっくりと顔を近づけた。

 Ω特有の甘く穏やかな香りが、九条のαとしての本能を優しく刺激する。

 しかし、そこにあるのは暴力的な支配欲ではない。

 大切なものを永遠に自分のそばに留めておきたいという、深く純粋な願いだった。

 九条の唇が、文の白いうなじに触れる。

 文の身体がびくっと震え、小さく甘い吐息が漏れた。


「少し、痛いかもしれない。……だが、すぐに終わる」


 九条の低い声が耳元で囁かれ、次の瞬間、鋭い痛みが文のうなじを貫いた。

 文は思わず九条の背中のシャツを強く握りしめ、目を閉じる。

 しかし、その痛みはすぐに、身体の奥底から湧き上がるような強烈な熱と、言葉にできないほどの深い幸福感へと変わっていった。

 九条の牙が文の肌に印を刻み、二人の魂がひとつの輪郭を結んだ瞬間だった。

 印を刻み終えた九条がゆっくりと顔を上げると、文は涙で濡れた顔で、しかしこれまでで一番美しい笑顔を浮かべていた。


「これで、もうどこにも行けませんね」

「ああ。あなたを誰にも渡さない。永遠に私のものだ」


 九条は文の唇に、誓いのキスを落とした。

 二人の間にある社会的格差も、価値観の違いも、すべてがこの深い愛情の前に溶け去り、深く静かな調和を見せていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ